起き抜けで半分寝ている状態で、やっぱりと云うか、とうとうその時がきたのか・・・と、紙面を暫くボンヤリと見つめたのです。
夢を見ているような気分のまま二階の部屋に戻り、床の中で紙面を見つめ記事の一文字、一文字ゆっくりと目で辿ったのです。
少しずつ頭がハッキリし始め、一面だけなの?関連記事は?と探したのです。これだけの出来事?ですから、関係者の談話とか、批評家のコメントとか関連記事が別の紙面に?と思ったのですが、一面に4段の記事だけでした。
たぶん、関連記事は夕刊か明日の朝刊に載ることでしょう。
※なかなかイイ写真を使っています。
昭和の大女優と云っても、昭和は遠くなり、原節子を知る人は、関心のある人は、もう、かなりの少数派なのでしょう。
それにしても、他の記事では、8月半に「神奈川県内の病院」に入院し、9月5日に肺炎のため死去とありました。
と、云うことは、です。たぶん、やっぱり、原節子さんは、ずっと、ずっと、浄妙寺に隣接する自宅に居たのだと思えてきました。
去年の5月8日に私が、彼女の自宅周辺を彷徨っていた時、きっと彼女は家の中に居たのです。これは、きっと、絶対に間違いありません。
奥の瓦葺きの別棟にお住まいだったようです。手前は甥の方の住居だそうです。
ホントに、ホントに、原節子さんは亡くなったようです。
ご冥福をお祈りいたします。合掌。
寒い、冬のような一日になりそうです。
録画してある「東京物語」を観ようと思います。
それでは、また。
※ここまでお読みになった方、よろしければ画面左側のカテゴリー欄の「原節子」クリックしてみて下さい。
※12月1日追記
※12月3日追記
※12月11日追記