「湯っ歩の里」の先にある橋を渡り宿に引き返します。蔦の絡まる橋の銘板です、なかなか絵になります。昭和48年の竣工です。
橋を渡って左に折れて直ぐ、蕎麦屋さん駐車場で40代と思われる女性が、バックの中からデジカメを取りだし、対岸の「湯っ歩の里」を撮っていました。
この女性、蕎麦屋の周囲を行きつ戻りつ、何やらウロキョロとしていました。この年代での女性の一人旅、場所は塩原、かなり珍しいと思います。
遠くで、それとなく様子を探っている、50代の男もかなり珍しいです。怪しいです。
この女性、撮り終わるとバス停に向かい、時刻表を確認して何処かに消えて行きました。
それで、この蕎麦屋の「三條屋さん」なんですが、10年ほど前に配偶者と訪れた時、ガイドブックを見て、昼食はこの店で蕎麦と決めていました。
ところが、駐車場が満車の為、蕎麦は諦め「木の葉の化石館」辺りのコンビニで、サンドイッチを食べた想い出があります。元湯の元泉館に泊まった時の事です。
その時は、店の前を車で通り過ぎただけでしたが、今回、改めて、じっくりと、店の佇まい、メニューサンプル、価格を見ると、あの時ここで蕎麦を食べなかったのは正解だと思いました。
ふつうの温泉地の、ふつうの蕎麦屋でした。温泉地の食い物価格は「ふつうに高い」のです。
観光地に来ると、ふつうの人が「観光客」となり、舞い上がり、観光地価格をふつうに受け入れてしまうのです。でも、私は観光地でも価格には冷静なのです。
観光地の食べ物は、“不味い”“高い”が“ふつう”になっています。これからは、ふつうに地道に商いをして貰いたいです。
それとなんですが、写真を見ていて、アレッ? と思ったのです。サンプルが並んでいる上段の右隅に、見覚えのある「イノシシ模様」の「夫婦湯飲み」を発見。
私も、コレと似た絵柄の「夫婦湯飲み」を持っているのです。この湯飲みには「それなりの想い出」があり、間違いなく「亥年」に貰ったものです。
思い出しました。配偶者と塩原温泉に来たのは、この湯飲みを貰った年で、亥年です。
そうすると、今年は「子年」ですから、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥で、11年前だったのです。
「あの時」の、あの年に、三條屋さんのメニューサンプルの横に、この「亥年湯飲み」が飾られたのです。たぶんそうなのです。
茶箪笥の奥から引っぱり出してきました。湯飲みの感じはそっくりです。不思議な気がします。三條屋さんが「他人」とは思えなくなりました。
これは、何だか? 三條屋さんと、何か? 縁がありそうです。今度行った時には、蕎麦の一杯でも食べなければいけません。
もしかして? きっと! 「美味しい」お蕎麦屋さんかも知れません。そう思えてきました。
明かりが灯り始めた温泉街のメインストリート。11年前と同じ風景に見えてきました。
暗くならないうちに、宿に戻ります。
それでは、また明日。