学問空間

「『増鏡』を読む会」、第9回は2月22日(土)、テーマは「上西門院とその周辺」です。

「慶応大学の速水融教授は日本での私の最初の助言者」(by スーザン・B・ハンレー)

2017-07-17 | 渡辺浩『東アジアの王権と思想』
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2017年 7月17日(月)11時19分5秒

『江戸時代の遺産─庶民の生活文化』(中公叢書、1990)は、ウィキペディアには対応する英文著書がないので、あれれ、と思ったのですが、指昭博氏の「訳者あとがき」によれば「本書は著者が日本の読者を対象として新たにまとめられたもの」(p233)だそうですね。
同書「あとがき」には、日米の歴史研究者間の交流が具体的にどのように展開されたのかを知る上で、なかなか興味深い記述が続きます。(p230以下)

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 著者というものは、だれしも自分自身の作品は独力で作り上げたものだと考えたいものです。しかし、実際にはだれであれ他の多くの人々に負うところがかなりあります。本書もその性格上、日本の多くの方々の助力がなければ完成することはできなかったでしょう。一〇年以上親しくしていただいている京都の歴史学者のご夫妻にいちばん初めにお礼を述べたいと思いますが、どちらの御一方に先に感謝すべきか決めかねますので、西洋流に「レディ・ファースト」で、まず鳴門教育大学の脇田晴子教授に謝意を表したいと思います。そして、大阪大学の脇田修教授にお礼申し上げます。ご夫妻には生活史研究の最初から助けていただきました。さまざまな史料をお示しいただき、その解読を助けていただいたばかりか、西日本各地の案内もしていただきました。それに、お宅に泊めていただいた回数も数えきれません。ご夫妻は私にとって「良き助言者」以上の存在です。
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ということで、脇田晴子・修氏への謝辞が最初に挙がっています。
脇田晴子氏は去年亡くなられましたね。

「女性史研究の歴史学者、脇田晴子さん死去 文化勲章受章」(朝日新聞、2016.9.28)
http://www.asahi.com/articles/ASJ9X3FT0J9XPTFC006.html

ついで、翻訳者と編集者への謝辞の後、速水融氏の名前が出てきます。

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 慶応大学の速水融教授は日本での私の最初の助言者で、先生のもとで歴史人口学と宗門改帳を読むことを学びました。生活史を研究するうえで、慶応大学の速水教授を中心とするグループから受けた影響の大きさをいまさらながらに認識しています。というのも、当時は、生活史の研究は自分自身の考えで決めたことだと思っていたのです。大阪大学の安場保吉教授には前近代の生活水準について、公での、しかし温かい学問的議論を通じて、私が自分の立場を形成し、練り上げるのを助けていただきました。金沢大学の中野節子さんは江戸時代の原史料、とくに他人に読ませようとして書かれたのではない─ましてや二〇世紀のアメリカ人が読むようには書かれていない─日記類を通じて、私の研究の進展を助けて下さいました。
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「エール大学のいくぶん生意気な大学院生であった一九六〇年代」の若手アメリカ人研究者にとって、「マルクス主義の枠組みを用いている日本の歴史家たち」が作り上げた「封建的な江戸時代の後進性や停滞、さらにこの封建制度のもとでの農民の苦労や搾取を強調する」歴史像は本当に息苦しいものに感じられたでしょうが、その息苦しさを突破する上で先ず参考になったのは、やはり速水融氏の歴史人口学なんですね。
速水氏は1929年生まれでスーザン・ハンレー氏より10歳上ですが、速水氏自身も若い頃は自らが進むべき学問的方向がなかなか見つからず、三十代半ばでの留学を契機に歴史人口学に目覚めるまではけっこう苦労されたようなので、時期的にはそれほど先行していた訳でもなさそうですね。

【復活!慶應義塾の名講義】
「苦しかった講義、楽しかった講義~歴史人口学・勤勉革命・経済社会~」
http://keio-ocw.sfc.keio.ac.jp/j/meikougi_5.html
http://keio-ocw.sfc.keio.ac.jp/j/meikougi/Prof_Hayami_lec.pdf

さて、著者は「特に次の方々にはお礼申し上げたいと思います」として、生活史研究に助力してくれた石毛直道・平井聖・大河直躬・鬼頭宏・桑原稔・白木小三郎・小泉和子・田中綾子氏の名前を挙げた後、アメリカの研究者へも謝辞を述べます。

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 また、アメリカ合衆国の何人かの人々にも感謝しなくてはなりません。エール大学名誉教授ジョン・W・ホール先生には、最初に人口研究を勧めていただき、物質文化についての論文を書くように求めていただいたのも最初でした。『ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・スタディーズ』編集部のマーサ・レインからいろいろ有意義な論争をふっかけられてきたことにも謝意を表したいと思います。最後に、夫のコーゾー・ヤマムラについて一言。彼はもっとも厳しい批判者で、おかげで私の仕事の進展は何度もスピード・ダウンすることになりました。しかし、結局は、その批判によってさらに良い作品を生み出すことができました。
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ということで、日本の研究者夫妻への謝辞に始まった「あとがき」は「夫のコーゾー・ヤマムラ」への謝辞で大団円を迎えており、なかなか均整美がとれていますね。
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「エール大学のいくぶん生意気な大学院生であった一九六〇年代」(by スーザン・B・ハンレー)

2017-07-17 | 渡辺浩『東アジアの王権と思想』
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2017年 7月17日(月)10時07分47秒

スーザン・B・ハンレー氏、ウィキペディアには日本語版はなく、英語版もあっさりした記述ですね。

https://en.wikipedia.org/wiki/Susan_Hanley

『江戸時代の遺産─庶民の生活文化』(中公叢書、1990)の脇田修氏による「解説」の冒頭には簡明な著者紹介があります。(p220)

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 著者であるスーザン・B・ハンレー氏は一九三九年アメリカ合衆国に生まれ、ハーバード大学のラドクリフ・カレッジの出身で、イェール大学大学院でジョン・W・ホール教授の指導を受けた。現在はワシントン大学教授で、海外でも唯一といってよい日本研究の専門誌『ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・スタディース』の創設に参加し、その編集長を務めるアメリカにおける第一線の日本研究者である。著書・論文としては、これも日本研究者として令名の高い夫君コーゾー・ヤマムラとの共著である Economic and Demographic Change in Preindustrial Japan 1600-1868, Princeton U.P.1977.(邦訳『前工業化期日本の経済と人口』速水融・穐本洋哉訳、ミネルヴァ書房、一九八二年)などがある。
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また、著者自身の「序」には、『前工業化期日本の経済と人口』執筆に至る経緯として、

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 一九五〇年代末に、ハーバード大学で日本についての研究を始めたとき、二つの点が気にかかっていた。まず第一に、日本も欧米諸国もともに封建制と工業化を経験したという事実にもかかわらず、なんと日本人は欧米人とは違っているのだろう、ということであり、もうひとつは、一九世紀には、たいへん貧しい国民であり、西洋に遅れをとっていて、そのため工業化も遅れた日本人が成し遂げたことが、まさに「日本の奇跡」というべきものであった、という点である。
 日本が工業国として経済的に成功を収めるとともに、こういった思いが解消されていくどころか、むしろ、ただ人並みにというばかりでなく、学問的なレベルでも、その思いは強まった。マルクス主義の枠組みを用いている日本の歴史家たちは、封建的な江戸時代の後進性や停滞、さらにこの封建制度のもとでの農民の苦労や搾取を強調する。日本およびアメリカの非マルクス主義的な研究者も、伝統的な経済と急速に工業化した近代日本とを切り離して、明治維新を日本史における大きな分水嶺のひとつと考える。
 エール大学のいくぶん生意気な大学院生であった一九六〇年代、既成の学者の結論に疑問をいだき、再解釈しようとしていた私は、ジョン・ホール教授の勧めによって、新しい研究が示していたように江戸時代の経済が成長していたのであれば、人口学者のいうような「堕胎や間引き」が日本人のあいだで広く行われていたのはなぜか、という謎を追究することになった。
 この問題についての私の最終的な結論は、日本人は人口増加を調整していたのであり、それも赤貧のためではなく、自分たちの生活水準を維持、向上させようとしていた。「堕胎・間引き」といった過激な方法をとったのは一部で、それよりは、一家に一人の息子にしか結婚を認めないとか、経済的な後退期には結婚を遅らせる、農村では一家を養うのに十分な一定の土地がなければ新たな世帯を作らせない、といった社会的コントロールがごく普通に行われていたことのほうが重要である、というようなものであった。このような発見は、夫のヤマムラ・コーゾーの協力を得て、一九八二年、ミネルヴァ書房から『前工業化期日本の経済と人口』として日本語訳を出版した。
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との説明があります。(p3以下)
『前工業化期日本の経済と人口』はスーザン・ハンレー氏が主導したもので、ヤマムラ・コーゾー氏は協力者という位置づけなのですね。
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