学問空間

「『増鏡』を読む会」、第9回は2月22日(土)、テーマは「上西門院とその周辺」です。

0017 赤松俊秀氏『鎌倉仏教の研究』について

2024-01-19 | 鈴木小太郎チャンネル2024
第17回配信です。


一、『鎌倉仏教の研究』(平楽寺書店、1957)の構成

-------
親鸞をめぐる諸問題
  覚信尼について
  「いまこせんのはは」について
  親鸞の消息について─服部之総氏の批判に答えて─
  初期真宗教団の社会的基盤について
  教行信証(坂東本)について
  「獅子身中の虫」と「諸仏等同」について
  親鸞像について
  西本願寺本親鸞伝絵について
  「鏡御影」の賛について
一遍について
  一遍上人の時宗について
  時宗芸術史上の一、二の問題について
  一遍の著述と推定される聖教について
  藤沢市清浄光寺の時衆過去帳
慈円と未来記
  愚管抄について
  南北朝内乱と未来記について─四天王寺御手印縁起・慈円和尚夢想記─
  慈円和尚夢想記について

  御影堂について
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二、「はじめに」

-------
 「鎌倉仏教の研究」の書名に纏められて、発表される親鸞・一遍・慈円関係の論文十六篇のうち、十一篇は専門雑誌に発表した旧稿であり、「覚信尼について」「いまこせんのははについて」「一遍上人の時宗について」の三篇は終戦以前に発表されたものである。今回これらの旧稿を再録するに当つて、仮名遣いを新仮名遣いに統一した外、改訂は用語用字の誤りなどを二三訂正削除するに止め、大体は旧稿のままにしておいた。この書で初めて発表される五篇は、一昨年の秋この書の出版を計画した後に、起稿したものである。
【中略】(親鸞・一遍・慈円に関する研究動向)
 私は北海道の片田舎の真宗寺院に生まれたが、第三高等学校に入学して、中村直勝博士の手ほどきを受け、国史研究を志望するようになり、京都帝国大学史学科に入つた。在学中は主として故三浦周行博士の厳格な教授を受けて、実証的な研究法を身に付けるようになり、中世社会経済の究明を生涯の研究課題に定めた。三浦博士は、私が大学を卒業すると間もなく、退官され、次いで死去されたが、大学院在学中は西田直二郎博士の指導を受け、大学院退学後は、博士の推薦で京都府庁の史蹟国宝の調査嘱託となつた。それ以来、昭和二十六年八月京都大学文学部の教官となるまでの満十五年間、私は文化財の調査保存を主な職務としていた。
 私が中世仏教に深い関心を持つようになつた始めは、大学院に在学した間であつた。当時親鸞の女覚信尼をめぐつて、激しい論争が行われていたが、この論争は誤つた史料解釈の上に惹き起されたことに気づいたのが、その動機であつた。宗教・史論など思想を取扱う歴史研究では、施策の論理追求に重きが置かれ、ややもすると社会との交渉面の史料考証が閑却されたり、行われても厳密でなかつたりする。また史料蒐集の範囲が限られているために、史料考証が独断に陥つたり、重大な史実を見逃したりする。このような欠陥に気づいた私は、寺院の文化財調査の傍ら、この方面の史料蒐集にも心がけた。この書に収められている数篇の論文は、このようにして蒐められた史料を基にして、纏められたものである。東西両本願寺・専修寺・清浄光寺・青蓮院など、多くの寺院が快く私に所蔵の文化財の調査を許可したことに、衷心より御礼を申上げる。
【中略】(出版社・恩師・学友・親族への謝辞)
 最後に、困難な学術論文集の出版を申出られた井上氏、原稿の取揃清書に尽力して頂いた黒田俊雄氏と勢津子夫人、激務のなかで索引を作製された石田善人氏、困難な写真撮影をして頂いた高橋猪之介氏の好意によつて、この書が出来上つたことを銘記して、御礼の言葉とする。

   昭和三十二年四月二十八日
                 満五十回の誕生の日に
                      赤松俊秀
-------

三、「覚信尼について」

-------
【前略】
 現在知られている史料のなかにて、最も早く覚信尼に就いて概括的にその一生を録しているものは覚信尼の孫覚如の手になると認められている、本願寺留守職相伝系図であるが、覚信尼に関する部分を抽記すると、次の如くである。

 覚信尼 元久我太政大臣通光公女房、号兵衛督局、皇太后宮大進有範孫、親鸞上人息女
     日野宮内少輔兼左衛門佐広綱妾、以当敷地、寄付本師親鸞上人影堂敷財主也。
-------

2022年10月の中間整理(その1)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/a51ac87b2f3a875e870d8c9f1d1663e6

四、浄土真宗とマルクス主義

服部之総(はっとり・しそう、1901-56)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%8D%E9%83%A8%E4%B9%8B%E7%B7%8F

田中真人「日本戦闘的無神論者同盟の活動」を読む。(その1)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/9779cb4e1113df86574119a5ba3c1b9c
「細い顔に金縁眼鏡が似合うこの学習院出の紳士」(by 色川大吉)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/84eb8f1926d6a80699fce2e084af732c
村上重良を探して(暫定的、そして残念的結論)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/c0c5e72106e7076d4bc0abf07954accb
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0016 黒田俊雄とは何者だったのか。(その3)

2024-01-18 | 鈴木小太郎チャンネル2024
第16回配信です。


「権門体制論」の出生の謎(その4)(その5)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/ef6c700445f368687ac03b4e62feb377
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/fb92ff25119dcffc96c08f87906f6f4d

赤松俊秀(1907-79)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E6%9D%BE%E4%BF%8A%E7%A7%80
最創山光岸寺本堂(「文化遺産オンライン」サイト内)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/187230
藤島達朗「赤松俊秀著 鎌倉仏教の研究」(『史林』41巻3号、1958)
藤島達朗(1907-85)
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0015 黒田俊雄とは何者だったのか。(その2)

2024-01-17 | 鈴木小太郎チャンネル2024
第15回配信です。

「権門体制論」の出生の謎(その2)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/7eecdc7146373565de322d33459f41de

ゾンビ浄土真宗とマルクス主義の「習合」
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/33c77b57ad5d51d0ef3bdbfbe9c1e67d
安丸良夫(1934-2016)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E4%B8%B8%E8%89%AF%E5%A4%AB

新年のご挨拶(その2)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/c17a2e0b20ec818c1ab0afd80862eb6f

「権門体制論」の出生の謎(その3)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/baa83cda8ef16abbf349e24d732a423f

『増鏡』巻二「新島守」
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 その年十一月九日権大納言になされて、右近大将を兼ねたり。十二月の一日ごろ、よろこび申しして、同じき四日やがて官をば返し奉る。この時ぞ諸国の総追捕使といふ事、承りて、地頭職に我が家のつはものどもなし集めけり。この日本国の衰ふるはじめはこれよりなるべし。

https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/4e8214126e5263a36d1acb0cc4c029fb

流布本『承久記』
-------
 同年夏の比より、王法尽させ給ひて、民の世となる。故を如何〔いか〕にと尋れば、地頭・領家の相論とぞ承はる。古〔いにし〕へは、下司・庄官と云計〔いふばかり〕にて、地頭は無りしを、鎌倉右大将、朝敵の平家を追討して、其の勧賞〔けんじやう〕に、日本国の惣追捕使に補せられて、国々に守護を置き、郡郷に地頭をすへ、段別兵粮を宛て取るゝ間、領家は地頭をそねみ、地頭は領家をあたとす。

https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/8ce17f2c51d4e775757e1a1365739939

「権門体制論」の出生の謎(その4)(その5)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/ef6c700445f368687ac03b4e62feb377
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/fb92ff25119dcffc96c08f87906f6f4d

今は亡き黒田俊雄氏に捧ぐ「権門体制論音頭」(POWER GATES DANCE SONG)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/c304c5042baf0b82d2ccb5f2cf4e9fb2

「権門体制論」の出生の謎(その6)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/08cd5a4b0ffa1f416e12f640643c3512
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0014 黒田俊雄とは何者だったのか。(その1)

2024-01-17 | 鈴木小太郎チャンネル2024
第14回配信です。

マルクス主義者の黒田俊雄は何故に宗教を重視したのか。

黒田俊雄(1926-93)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E7%94%B0%E4%BF%8A%E9%9B%84

大門で生まれた権門体制論
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/7ec7182e18f586fe4cb82ca24199fc18
大門素麺
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/b377fb50b3fa34383aa559e3e4017692
素麺補遺
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/21c62ddb458dd5194b2f2d69b82fc2a6

「君らは赤松先生の弟子や」(by 黒田俊雄)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/c8d2c693994475579755825f793c1bb0

吉田晶氏「『権門体制論』のころ」
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/764ad928d0cb9539784895c4783ed9b7
吉田晶(1925-2013、岡山大学名誉教授)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E7%94%B0%E6%99%B6

「権門体制論」の出生の謎(その1)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/a6bca5899bb804a3b901bc48b40e5eed
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0012 川合康氏の奇妙な権門体制論(その2)

2024-01-16 | 鈴木小太郎チャンネル2024
※配信の途中で若干のトラブルがあり、二回に分けました。
第12回配信
第13回配信

一、前回配信の補足

近藤成一(1955生)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%91%E8%97%A4%E6%88%90%E4%B8%80
「三十四年間もかけてたった三年足らずの分しか編纂できなかった」(by 近藤成一氏)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/bdf8e212f65ccf8fbcbd04615366c75b

「寺家」の異質性
国家の本質を一定の領域での「正統的暴力の独占」と考えれば、朝廷(公家)は、鎌倉幕府の登場までは日本全体で「正統的暴力」を独占していた。
鎌倉幕府も東国で「正統的暴力」を独占している。
朝廷と幕府は一定の領域支配への指向性を持つ点で共通。
しかし、「寺家」はそもそも一定の領域を支配しようなどとはしない。
もちろん、個々の寺院は荘園を支配している。
しかし、「寺家」全体が一定領域を支配することはない。
そもそも、「寺家」は個々バラバラな存在の単なる集合であって、朝廷や幕府のようなまとまりはない。
黒田は「八宗」でまとまりがあるように言うが、例えば同じ天台宗の山門(延暦寺)と寺門(園城寺)は仲良く統一的な行動をしたことがあるのか。
山門と興福寺はどうか。
個々の寺院が、主として朝廷に宗教サービスを提供するのみ。

権門体制論にとって、東国の寺社(例えば鶴岡八幡宮寺や走湯山・箱根・三島)はいかなる存在なのか。
東国の寺社は、黒田の分類では「寺家」には入っているのか。
朝廷ではなく幕府に宗教サービスを提供しているだけではないか。
それが最も鮮明に出るのは承久の乱。

二、幕府の「超権門的性格」

川合康氏「鎌倉幕府研究の現状と課題」を読む。(その3)~(その5)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/c86ac9836376b48ac6ffc692e720e03a
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/445055e235c4074de2517fb032953962
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/605611b8db9d85327161d4bce4139188
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0011 川合康氏の奇妙な権門体制論(その1)

2024-01-14 | 鈴木小太郎チャンネル2024
第11回配信


一、前回配信の補足

私は定義莫迦ではない。
「国家」の定義がないとしても、「国家」の本質論が語られていればオッケー。

例えば「幕府」については、多くの研究者は「幕府」の本質論を語っている。

【呉座勇一の日本史講義】鎌倉幕府はいつ成立したか
https://www.youtube.com/watch?v=d-acC3TRHdc&t=4374s

もっともオーソドックスな「国家」の本質論は「正統的暴力の独占」(by マックス・ウェーバー)
「国家」の本質論から国家の定義も要件も出てくる。

https://kotobank.jp/word/%E5%9B%BD%E5%AE%B6-65173
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E5%AE%B6

権門体制論には国家の本質論が存在しない。
黒田が重視する宗教などはおよそ国家の本質と関係ない。
国家を論じているのか、社会を論じているのか判然としない。

『新体系日本史1 国家史』
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/d11b8a4cd53f6ebeec7ada9557201c65
宮地正人他編『新体系日本史1 国家史』(山川出版社、2006)
https://www.yamakawa.co.jp/product/53010

「理論を生むのに必要な渇きが足りない」(by 桜井英治)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/e14112e16ddd3903222e2dccab922120
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0010 権門体制論・東国国家論の現状(その2)

2024-01-14 | 鈴木小太郎チャンネル2024
第10回配信です。


一、前回配信の補足

野口華世(共愛学園前橋国際大学教授)
https://www.kyoai.ac.jp/course-teacher/course-teacher-1453/

「第42回群馬学連続シンポジウム 鎌倉武士のアーバニズム」(その1)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/654d557d30a4fbb82d6bae8a3c6e6f4c
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/3361bc13210203407b82fce9dc8f9dc6

共愛学園の歴史
https://hs.kyoai.ac.jp/history/

深沢利重(1856-1934)
https://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000198152

「誰もが検証しうる, 帰納的な論理によって構築された, 歴史学的な分析」(by 中林真幸氏)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/1417ca4ab10e986e2bd1a2cc1088844e

二、秋山論文の続き

秋山哲雄氏「鎌倉幕府論 中世の特質を明らかにする」を読む。(その1)~(その5)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/19baebe9b4dc92ff486665b0aa746b2a
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/5bafbbf39beb86543a14824a100ac792
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/33d6ee1e3db10ae91ea95944500c90c2
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/a1008bdcbf78597a3afc9e95ab01f86a
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/503df80f7ac867852ebbba528d584aea

秋山氏:「「国家とは何か」という抱えきれないほど大きい問題」 
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0009 権門体制論・東国国家論の現状(その1)

2024-01-13 | 鈴木小太郎チャンネル2024
第9回配信です。


権門体制論・東国国家論について、現在の研究状況を概観するのに便利な論考
秋山哲雄氏「鎌倉幕府論 中世の特質を明らかにする」

秋山哲雄・田中大喜・野口華世編『増補改訂新版 日本中世史入門 論文を書こう』
https://bensei.jp/index.php?main_page=product_book_info&products_id=101192
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0008 石井進氏の青春

2024-01-13 | 鈴木小太郎チャンネル2024
第8回配信です。


『日本中世国家史の研究』 「序章 問題の所在-回顧と展望」

-------
【前略】 上に述べたように私は、断続的にではあっても十五年以上も、この第一論文のテーマにかかり合ってきたわけであるが、思えば、その底にはやはり私なりの執念ともいうべきものがあったのかも知れない。一九五〇年から五五年春まで大学生活を送った私にとって、もっともつよい印象をやきつけられたのは、周囲の友人たちの参加していった学生運動であり、「国民的歴史学」運動であり、「山村調査」であった。のちにみずから極左冒険主義路線として否定された戦術に指導されたそれらの運動に、敢然として参加していったすぐれた友人たちをみながら、しかも私はどうしてもそれについて行くことができなかった。その運動に色濃くまつわりついていた「事実への尊敬」の念をかいた主観主義への疑問と、その上に立って強要される、敵か味方か、味方でないものは敵だという二者択一への疑問からであった。
 こうした運動への緊張関係をつよく感じながら文学部国史学科での勉強をはじめた私は、たとえ「素朴実証主義」といわれようとも、できるだけ確実な論証方法をとりつつ、歴史上の変革期について、そこをつらぬいている連続面を明らかに見定めたいと考えるようになった。佐藤進一先生の講義「中世政治史」を聴講して鎌倉幕府の成立期に興味をいだき、『吾妻鏡』の演習では初期の頼朝の権力が、律令系の地方行政機関である国衙機構を利用しつつきずかれて行った事実に目を開かれた。前年の演習のレポートとして提出されたという山本(現、尾藤)さき子氏の常陸国衙と頼朝との関係の究明の内容を紹介されたことも刺戟となって、幕府による国衙支配のテーマにひきつけられ、やがて卒業論文では、そのもっとも顕著な場合と考えられる大宰府の事例をとりあげて、幕府による大宰府支配の成立とその前提をあとづけることとなった。

https://web.archive.org/web/20061006213323/http://www015.upp.so-net.ne.jp/gofukakusa/ishii-susumu-kaikototenbo-01.htm

「運動も結構だが勉強もして下さい」(by 坂本太郎)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/06ac5441a8971a3ada912df93428d77f

尾藤正英氏「戦争体験と思想史研究」
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/374c0c8c4c719c85bc48c81710595a2b
「国史学界の今昔」
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/85973fb60a7ab3ff5e3f348dc5cb7438
林健太郎氏「国史学界傍観」
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/42cbebf025ab3c471233d1b18081e9af

網野善彦を探して(その1)─「民主主義学生同盟」副委員長の頃
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/344193180a4815652c4f1cbfaea2f3b9
【中略】
網野善彦を探して(その16)─「『井上清なり、山辺健太郎』なりを送るから待っていろ」(by 松島栄一)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/97491474634c9e8f8f70bc5ffe3305ae
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0007 ミスター武士道氏と本郷和人氏の対談について

2024-01-12 | 鈴木小太郎チャンネル2024
第7回配信です。


【スペシャル対談】本郷和人先生登場!完成まで800年!?東京大学史料編纂所での仕事とは?
https://www.youtube.com/watch?v=FxVZpvG_gM0&t=1297s

15分過ぎから権門体制論と東国国家論の議論

武士道氏:
NHK「鎌倉殿サミット」は頼朝個人の話が多かった。
しかし、「頼朝のビジョン」ではなく、「鎌倉幕府とはどういうものか」の議論のはずではないのか。
それなのに頼朝がどうしたかった、みたいな話が続いて、議論が嚙み合っていなかった。
朝廷と鎌倉は対等に見える。権門体制論はピンとこない。

本郷氏:
学界では権門体制論支持者が圧倒的多数派。80%くらいか。
藤原道長の「関白」と豊臣秀吉の「関白」は同じか。
昭和天皇と四条天皇と持統天皇は同じか。
「同じ肩書だけど中身が違う」のが東国国家論、「肩書が同じなら中身も同じ」が権門体制論。

中世にも「国家」ってあったよね。
 ↓
じゃ、「国家」の王様って誰?
 ↓
天皇だよね。
 ↓
天皇を中心として「国家」を考える。

石井進
「国家」ってなあに。
何と何と何があれば「国家」といえるの。
分かってないのに「国家」があったと勝手に決めてはだめ。
石井進は中世における「国家」って何かを一生考え続けた人。

何で権門体制論が主流なのかわからない。
「実態」なのか「名前」なのか。

石井進(1931-2001)
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0006  『とはずがたり』の概要(その4)

2024-01-11 | 鈴木小太郎チャンネル2024
第6回配信です。


一、前回配信の補足(網野善彦氏のこと)

網野善彦氏のお墓
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/f6067a7b272715e60c09c7d712ad804c
善照院学峰史聖居士
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/f28d975096e27f16467653855778ba8d
南照院 (山梨県笛吹市) 姥塚古墳
https://tempsera.seesaa.net/article/202208article_7.html

海老澤衷研究室
https://www.f.waseda.jp/ebisawa/ebisawa/index.html

網野善彦『蒙古襲来(上)』
https://web.archive.org/web/20150830053422/http://www015.upp.so-net.ne.jp/gofukakusa/amino.htm
「有明の月」ストーリーの機能論的分析(その1)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/f1db6de82f14d8b00d924a83f5e67774

二、『とはずがたり』の「リアル」さ

https://web.archive.org/web/20150829035943/http://www015.upp.so-net.ne.jp/gofukakusa/2002-zantei01.htm

『とはずがたり』巻2.「酒宴の後、院の黙契で大殿作者と契る」
https://web.archive.org/web/20150830053437/http://www015.upp.so-net.ne.jp/gofukakusa/genbun-towa2-28-innomokkei.htm
『とはずがたり』巻2.「舟遊、ふたたび大殿と逢う」
https://web.archive.org/web/20150830053442/http://www015.upp.so-net.ne.jp/gofukakusa/genbun-towa2-29-funaasobi.htm

次田香澄(1913-97)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AC%A1%E7%94%B0%E9%A6%99%E6%BE%84
日比谷高校の次田香澄先生
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/29a0b3995cf3184ba6d99fce7e4ad668
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0005  『とはずがたり』の概要(その3)

2024-01-11 | 鈴木小太郎チャンネル2024
第5回配信です。


一、旧サイトの「私の考え方(2002年暫定版)」についての反省
   
  『とはずがたり』作者の知性のタイプと現代の研究者の知性のタイプのずれを強調したかった。
  そのために文体を工夫した(つもりであった)。
  しかし、やはり研究者対象の固い文体の論文を書き、それとは別に一般読者向けの文章を書くべきであった。
  研究者には判断材料を提供して、是非の判断は先方に委ねる形が良かったはず。
  しかし、非常に押しつけがましい文章となっていた。


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0004 『とはずがたり』の概要(その2)

2024-01-10 | 鈴木小太郎チャンネル2024
第4回配信です。

一、前回投稿の補足

山岸徳平 「『とはずがたり』の思出」
https://web.archive.org/web/20061006211510/http://www015.upp.so-net.ne.jp/gofukakusa/yamagishi-tokuhei-towa-omoide.htm
図書寮
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%B3%E6%9B%B8%E5%AF%AE

二、『とはずがたり』の虚構性

第一章 『とはずがたり』と後深草院二条
https://web.archive.org/web/20150829035943/http://www015.upp.so-net.ne.jp/gofukakusa/2002-zantei01.htm

細川涼一「洛東山科における寺院の成立と展開-醍醐寺の歴史と真言密教寺院の展開」
https://web.archive.org/web/20150830053512/http://www015.upp.so-net.ne.jp/gofukakusa/hosokawa.htm
森茂暁「西園寺公衡」
https://web.archive.org/web/20150512051815/http://www015.upp.so-net.ne.jp/gofukakusa/mori-shigeaki-saionji-kinhira.htm
森茂暁「皇統の対立と幕府の対応-『恒明親王立坊事書案 徳治二年』をめぐって-」
https://web.archive.org/web/20150515165002/http://www015.upp.so-net.ne.jp/gofukakusa/mori-shigeaki-kotonotairitu.htm

『とはずがたり』の「証言内容はすこぶる信頼性が高い」(by 森茂暁)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/2b59444914a0703c0d05ca3e4cb2b225
「赤裸々に告白した異色の日記」を信じる歴史学者
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/fa66061f66ed71ab9b43beec1ff4c7ed
『とはずがたり』の何が歴史学者を狂わせるのか。
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0003 『とはずがたり』の概要(その1)

2024-01-09 | 鈴木小太郎チャンネル2024
第3回配信です。


一、前回投稿の反省
 「中世国家論の研究」の説明は理屈っぽい話なので省略

二、『とはずがたり』の概要

「後深草院二条-中世の最も知的で魅力的な悪女について-」
https://web.archive.org/web/20150830085744/http://www015.upp.so-net.ne.jp/gofukakusa/

はじめに:古典や中世史になじみのない人のために
https://web.archive.org/web/20150429002151/http://www015.upp.so-net.ne.jp/gofukakusa/hajime.htm
久我美子(くが・よしこ、1931生)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%85%E6%88%91%E7%BE%8E%E5%AD%90

私の考え方(2002年暫定版)
第一章 『とはずがたり』と後深草院二条
https://web.archive.org/web/20150829035943/http://www015.upp.so-net.ne.jp/gofukakusa/2002-zantei01.htm

細川涼一「洛東山科における寺院の成立と展開-醍醐寺の歴史と真言密教寺院の展開」
https://web.archive.org/web/20150830053512/http://www015.upp.so-net.ne.jp/gofukakusa/hosokawa.htm
松本寧至『中世宮廷女性の日記-「とはずがたり」の世界』
https://web.archive.org/web/20061006211407/http://www015.upp.so-net.ne.jp/gofukakusa/matumoto-mokuji.htm

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0002 研究対象(その1)

2024-01-09 | 鈴木小太郎チャンネル2024
第2回配信です。

一、初回投稿の反省

1 文字が小さすぎて読めない
2 マイクの使い方が下手

二、研究対象

1、中世史と中世文学の中間領域の研究
(1)『とはずがたり』
(2)『増鏡』
(3)『五代帝王物語』

弓削繁 「五代帝王物語解説」
https://web.archive.org/web/20110128225148/http://www015.upp.so-net.ne.jp/gofukakusa/yuge-shigeru-godaiteio-monogatari.htm
後深草天皇と西園寺公子の年齢差(その1)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/5a7b792ff5ee6cb2bd99999017f9bf2d
後深草天皇と西園寺公子の年齢差(その2)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/e743a41596fcdc67e5caffe467aa917d
もしも西園寺公子(東二条院)が『五代帝王物語』を読んだなら。
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/ac87402194e0c5348b6a84138974ace4

(4)流布本『承久記』と慈光寺本『承久記』

後鳥羽院は「逆輿」で隠岐に流されたのか?(その1)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/5ec3d9321ac9d301eca3923c022ea649
もしも三浦光村が慈光寺本を読んだなら(その65)─後鳥羽院は「流罪」に処せられたのか
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/2c1e4d8f0bf9457827eb230860c538aa
市川猿之助と「逆輿」の場面について(雑感)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/b74f73b579012c492ad4ce5cedd7fade
目崎徳衛氏『史伝 後鳥羽院』(その13)─目崎著の評価
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/94fa4612d2502729b8708bc170bafc8f

(5)『太平記』

兵藤裕己・呉座勇一氏「歴史と物語の交点─『太平記』の射程」(その1)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/db63ea4c3d8fad2ca351f503f523a7d5
四月初めの中間整理(その16)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/ccc27cc6ee235a7fdee81021fcdbf7ef


2、中世女性の個別研究
(1)後深草院二条
(2)「姫の前」(北条義時室。離縁後に京都で歌人・源具親と再婚。大河ドラマ『鎌倉殿の13人』では堀田真由が演じた人)
(3)竹殿(義時と「姫の前」の娘。大江親広と離縁後、京都で土御門定通と再婚)
(4)遊義門院(後深草院皇女、母は東二条院。後宇多院が略奪?)
(5)赤橋登子(足利尊氏室)


3、中世国家論の研究
(1)「国家」概念の源泉
(2)権門体制論批判
(3)新・東国国家論
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