二年八ヶ月、痴呆の親と暮らしたり、病院に通ったりした、朝日新聞社の記者の書き下ろしの本
時は1993年ぐらい、東京に住む父親を大阪に連れてきて一緒に暮らし始めた頃から始まる
父親は新潟出身で、医者
戦時中は中国の満鉄系病院で医者、新潟でも医者、その後東京の下町で医院をやり、最後は都内の無医村の島で奉仕したという、大変立派な父親
著者の父親の記憶が、現実に起きている父の痴呆をなかなか受け入れられない
何かの間違いで、きっとまた記憶の中の父親に戻ると期待して、介護する日々
介護すると言っても、それは当然妻の仕事だと考えていて、ほぼ妻に任せっきり
妻は一緒に暮らし始めて、義父が正常でないと知り、著者に再三訴えるが、それを受け入れることができない
おむつなどの介護用品を買いに行くのに、知り合いに見られないようと願う著者
この親が痴呆になった!という事を職場や知人に知られたくないという気持ちが、私には理解できなかった
年を取り、ボケることが恥ずかしいと思う人がいた時代
老人性認知症という言葉もなく、介護保険制度もスタートする前、痴呆の親を自宅で世話する妻の苦労が綴られている
私の記憶では、家庭で世話のできなくなった寝たきり老人や、認知症の親を病院に預けて、あちこちにそんな老人を金蔓にする病院が増えていた時代のことである
私の母は、舅を晩年自宅に引き取り世話をした
何年続いたのかさえ、今は覚えていないが、母の苦労はしっかり覚えている
まだ紙おむつもない時代で、晒しの乳児用おむつでは用をなさないと、白いネルの生地を巻きで買い、正方形にカットしておむつを作っていた
ネルとは木綿素材で表面を起毛加工してあり、保温と保水に優れた布である
舅をひとり留守番させて出かけたある日、帰宅すると冷蔵庫の前でひっくり返り、バタバタともがいていた舅
冷蔵庫からロースハムのブロックを取り出し、その塊を噛んで入れ歯ごと喉に詰まらせて悶えていたという
びっくりして、耳鼻科の医者に往診してもらい、鉗子を使って取り出したと、ことの顛末を話してくれたことがある
母も痴呆老人と暮らしたことは、舅が初めてだったらしい
おむつの中に手を入れて、自分の糞を取り出してあちこち汚す事ももちろん何回もあった
舅は寡黙で穏やかで背の高いハンサムさんだった
そんな舅に、母は後始末をしながら
じいちゃんはよか人だけど、この手がどうも悪さをしていかん
と、言っていた
学生時代、帰省中の私は、祖父の食事の介護をしてと頼まれたことがある
野菜を細かく刻んだ雑炊を作り、ベッドの枕元でスプーンで口に入れて世話した記憶がある
祖父は何も言わず、私がスプーンで運ぶ雑炊をひたすら飲み込んでいた
それから二ヶ月もせず、祖父は旅立ち、母は寝たきり老人の世話から解放された
その頃の父の記憶があまりない
入浴は母と2人でさせていたようだが、そのほかの世話は母に任せっきりだったと思う
父も母も認知症の親を引き取り世話をしている事を、世間に隠したりはしていなかった
家にはしょっちゅう近所の人が出入りしていたし、母に苦労かけたという言葉は私も何回も聞いている
舅が亡くなり、老親の世話から解放された母は、お茶の稽古やお花の稽古を再開し、友人や父と旅行を楽しんでいた
学生時代の軟式テニスも再開した
あんなに生き生きといろんな事を楽しんでいたのは、それまでの介護が母の生活を縛っていたからなのだろう
父もそんな母の様子を、仕事から帰って聞くのを楽しみにしていたという
あるきっかけで手にした、この本を読んで、母の老人性痴呆になった舅を世話していた頃のことを思い出した
介護保険制度がスタートする数年前の経験が書かれたこの本は、世に出ると反響も大きかったそうだ
読者からの手紙の中に、よくも自分の親の恥を世間に晒したものだ❗️という批判がそこそこあったそうだ
この著者だけでなく、老いてボケる事は恥ずかしい事と考えていた時代があったんだと、本を読んでいて二度も驚いた
介護保険制度がスタートして、四半世紀
高齢者が人口に占める割合の高い市に暮らしている
日々の散歩で歩く範囲に、大きな高齢者施設が3ヶ所、小さな規模のグループホームのような高齢者施設が数カ所ある
コロナ禍で、地域の高齢者施設は一般人との交流も無くなり、施設で暮らしている人々の生活の様子はさっぱり伝わってこない
虐待などなく、穏やかな晩年を過ごしていることを願うばかり
一冊の本を読み終えて、祖父のこと、母のことなどが思い出された
介護保険制度が施行される前は、多くのお嫁さんと呼ばれる方達が大変な思いをされたんですよね。
著者の方のように、新聞記者という立場でも、
大きな誤解をしていた現実。
介護保険制度は今は細かい問題もあるけれど、
制度ができたことでみんなの意識を大きく変え、
家庭の中だけで介護する形が社会で見る形になって、
私達は本当にいい時代に居合わせていると思います。
お母様のご苦労に頭が下がります。
母が介護したのは、1976年までの数年間だったと思います
介護保険制度がスタートする四半世紀前の事
介護用品もまだなくて、本当に大変な時代でしたね
私も今の制度は、色々問題を抱えているものの、もう制度以前の暮らしには戻れないと思っています
本を読んで一番驚いたのは、やはり痴呆老人が身内にいる事を恥ずかしいと思っていた著者や、それが特別でなかった時代のことです
その点は、日本人の意識も変わってきだんですね
古い本でしたが、色々と考えさせられた一冊でした
いつもコメントありがとうございます