【現代思想とジャーナリスト精神】

価値判断の基軸は自らが判断し思考し実践することの主体であるか否かであると考えております。

宮坂昌之教授「日本は感染症リテラシーを育てていく必要がある」の意義

2020-03-03 20:55:56 | 転載と私見
【序】
 以下に掲載する宮坂昌之教授「日本は感染症リテラシーを育てていく必要がある」は、2020年3月3日の色平哲郎佐久総合病院医師の評論に拠る。色平氏は、環境感染学会、医療機関の「対応ガイド」(第2版)公表についての「レポート 2020年3月3日 (火)配信 橋本佳子(m3.com編集長)」とともに、宮坂昌之教授「日本は感染症リテラシーを育てていく必要がある」を紹介なされている。

 その中で宮坂教授の「国立感染症研究所」についての叙述が、強く私の関心を引いた。感染研の前身「国立予防衛生研究所」が新宿区戸山の早大や住宅街に移転を強行してから、地元住民団体が反対し続け、強行移転後も、予研=感染研の住宅地での細菌組み換え実験などの諸行に、哲学者・社会科学者芝田進午元広島大教授を団長として裁判を闘ってきた。
 感染研は、戦時中の石井731細菌部隊の人脈をほぼそのまま受け継いだ。外国人捕虜に生体実験で様々な病原菌を試みた。詳しくは芝田進午氏の晩年の諸著作や森村誠一『悪魔の飽食』に詳しい。
 国会質問2020年3月3日に、日本共産党の議員が「アメリカのCDC(疾病予防管理センター)」なみに国立感染研に予算を増額し、研究をもっと充実すべしと総理に迫った。CDCについて宮坂教授は基礎的位置づけを明記し、感染研との根本的相違点を明確にしている。
以下に転載する。

【本論】
宮坂昌之教授「日本は感染症リテラシーを育てていく必要がある」

――日本国内の感染状況を把握するためPCR検査をもっと拡大しろと声高に主張する人がいます

「インフルエンザには迅速診断キットがある。ウイルスを増幅する必要もなく5分か10分で答えが出る。一方、PCR検査は何時間もかかり、その割に偽陽性も偽陰性も出る」

「なぜ手間がかかるかというと、コロナウイルスの場合は喉(のど)のぬぐい液、痰(たん)からRNA(リボ核酸)を抽出しなければならない。日本ではこれをロボットでできるところは少ない」

「ぬぐい液や痰から抽出したRNAを増幅して何度も何度もサイクルを回した上で陽性シグナルを探す。陽性シグナルがあってもそれがウイルスの遺伝子かどうかは塩基配列まで見ないと最終確認までつかない。そしてこの手技にはある程度の熟練が必要」

「それに、感染材料が入ってくるので部屋も機器も全部コロナウイルス専用にしか使えなくなる。また、やろうと思っても人材の問題がある。感染材料が入ってくるわけだから感染に関する手技を十分に出来る人が必要。でも実際はそれは少ない」

「国立感染症研究所(感染研)はそういう仕事をある程度は行うが、基本はウイルスや微生物の研究所であってアメリカのCDC(疾病予防管理センター)のような機能はほんの一部。検査機関としては十分なキャパシティー(処理能力)がない」

――PCR検査はどんな問題を抱えているのでしょう

「別のコロナウイルスの感染が原因のSARS(重症急性呼吸器症候群)や中東呼吸器症候群(MERS)の時にも散々、問題になったが、PCR検査の感度が不十分。陰性だと思ったら実は陽性だった、陽性だと思ったら陰性だったということがかなりあった」

「陽性と出ればほぼ陽性という確率が高いが、陰性と出た時には本当に陽性ではないという証明にはならないという大きな問題がある。それはなぜかというと喉や痰の中にウイルスが見つからないが、他の体のどこかに隠れている場合が常にあるからだ」

「新型コロナウイルスの感染細胞の主なものは肺の中の2型上皮細胞という非常に奥の方にある、しかもそんなに数がたくさんある細胞ではない。そこにウイルスがたくさんいても必ずしも喉にいるとは限らない」

「ただ、不思議なのは感染細胞の主なものは2型上皮細胞であることが分かっているにもかかわらず、人にうつすという感染性がこのウイルスは非常に高い。だから喉のどこかにはウイルスがいるとは思うのだが」

「喉の上皮細胞をとってもウイルスのレセプター(受容体、ACE2)を発現する細胞が非常に少ない。どうして喉にウイルスがいられるのかあまりよく分かっていない。主なウイルスの貯蔵庫は肺の中。しかし現場でのサンプル採取の場合、実際は主に喉のぬぐい液しかとれない」

「鼻からサンプルをとる方法もあるが、とったらくしゃみをされて医者に感染リスクが生じる。気道下部の細胞も病院ならカテーテルを入れてとることができるが、手技的に大変で、しかも看護師も医者も汚染される可能性がある」

「ということで、実際は喉のぬぐい液しか簡単にとれない。痰が出るケースは比較的少ない。新型コロナウイルスの感染の場合には空咳が出て、痰は必ずしも出ない。痰が出るのは30%か40%ぐらい。サンプルを喉のぬぐい液に頼らざるを得ないので、PCR検査が陽性になる確率がどうしても下がってしまう」

――日本のテレビではクリニックの院長が出演してPCR検査を自由にできるようにして欲しいと話しています

「PCR検査は手間がかかる、お金がかかる。さらに検査を受けるとしたら開業医や病院で受けなければならない。そこに感染者が集まったら、クルーズ船『ダイヤモンド・プリンセス』で起こったようなことが今度は開業医や病院の待合室で起きる」

「テレビでもクリニックの院長が出てきて自分のところでは感染しそうな患者とそうでない患者の導線を分けて別々の部屋で検査をしていると説明している。そんなことはどこでもできるわけではない」

「開業医のところに患者がPCR検査をしてほしいと来たらどうなるのか。クリニック全体が汚染される可能性がある。日本は感染症リテラシーを育てていく必要がある」

――PCR検査にはお金がかかるとのことですが

「開業医や病院がこの検査を自由に発注するようになると一つ1万円ぐらいかかる。インフルエンザの場合、年間多い時には患者が2000万人ぐらい出る。PCR検査をやったら年間1億検体を超える。1億検体×1万円=1兆円。医者は儲かるからどんどん検査を出す」

「コロナ疑いと書けばいくらでも出せる。医者はイエス、ノーが言えるから是非やりたい。患者もイエスかノーか言ってもらった方が家で単に休みなさいと言われるより心理的には楽になる」

「私も、もっと件数をできた方が良いと思う。重症の患者でも今までは湖北省由来でないとか、いっぱい縛りがあったために検査をしてもらえないケースがいくつもあった。厚労省がそういう設定をしたからだ」

「開業医がフルに検査にかけたら、えらいことになるぞという思慮が一つ。そして日本は皆さん心配症。イギリスでは風邪なら来るなというのは日本では通用しない」

「日本でPCR検査が開業医や病院でできるとなったらおじいちゃん、おばあちゃんはじめ一家でやってくることになりかねない。証明書をもらいにね。でもこの検査で証明書なんか出せるわけがない。不確定性が高い検査なんだから、その時に陰性でもウイルス陰性にはならない」

「日本には隔離する病棟が1000とか2000のオーダーしかない。総合的な判断で厚労省はPCR検査を限っているという方策をとったという可能性も一部にはあると思う」

――PCR検査のキャパシティーについて日本の1日3800件というのをどう評価しますか

「やむを得ないと思う。マイクロプレート1個96検体しかできない。PCR検査の機器が10台あれば960検体できるが、それを動かす人、ロボットが必要になる。しかも感染性検体を扱う技術をもった人でないといけない」

「コロナウイルス用に使ったら他の検査には使えないので感染研でそんなことをしたら他の検査ができなくなってしまう。民間会社で検査をやりますと手を上げるところがどれだけあるだろうか。自分が感染するかもしれないわけだから」

「感染性のあるサンプルでRNAを抽出するという一つ余計な作業が加わると普通の研究室なら1日100件できて精一杯。それが感染研で数百、民間会社を合わせて1日3800件という数が出てきたのだろう。ただし、頑張ればそれを1万件にすることはできなくないと思う」

「しかし民間会社をどうやって説得するのか。民間会社もお金が来ると分かっていなければやらない。今度、保険適用の対象にすると言ったのは民間会社のためであろう。そうしないと絶対にやってくれない」

「PCR検査は誰もができるわけではない。トレーニングをしないといけない。偽陰性や偽陽性を出したら社会的な影響が出る。品質保証ができる場所でないとこの検査はできない。都道府県の衛生研究所に頼んだら技術的な問題だけでなく、感染の恐れがあるので誰でも引き受けてくれるというわけではないだろう」

「間違ったらいけないし、感染するかもしれない。日本政府はなぜ3800件しかできないかをもっと分かりやすく説明したら良いのではないかと思うが、厚労省も言えないことがあると思う。一方、それが日本の感染者数を少なく見せるための謀略であるということを言う人がいるようだが、そんなわけがない。現状ではもろもろのことが飽和状態というのが悲しい現実だ」

「もう一つ大きな問題はこの試薬がどこから来ているかだ。日本のタカラバイオは当初はPCR試薬の多くを中国の大連で作っていた。ところが中国での大流行で大連から来るのがゼロになった。今は日本での生産に切り替えているようだが、当初の試薬の配給にはそういうネックがあった」

――韓国では1日にPCR検査を1万3000件行ったと報道されています

「韓国が1日に1万以上の検体をこなせるのは医療関係のベンチャービジネスが非常に多いから。日本よりはるかに多い。PCR検査の機器をいっぱい持っている。韓国の医者はすぐにそういうところにサンプルを出す」

「韓国は普段から検査件数が物凄く多い。今回も1日に1万以上の検体を検査したというのを聞いてなるほどと思った。日本ではこれまでPCR検査に関してはそういう体制はなかった」

「日本のベンチャーや検査会社は小ぶりでその用意があるところは少ないと思う。ソウルには医療関係のベンチャーが大学のそばに山のようにある」

「日本のベンチャーは大学とちょっとつながっているか、大学を外れた人がやっているぐらいで、お金儲けの道具にはなかなかならない。日本はアメリカや韓国のようにベンチャーが育ちやすい環境ではない」

――後知恵で結構ですのでクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の集団感染をどう見ておられますか

「政府が乗員乗客3711人を船内で隔離しなければならなかった一番の理由は、日本国内にそれだけの人を収容できる施設がなかったからだ。素人考えでは船室に隔離しておけば安全だろうということだったが、夫婦や家族で入っていたり窓のない部屋があったり。空調も全部つながっている。また人々の導線が複雑に絡み合っていて、とても感染者を隔離できる環境ではなかった」

「あとから考えてみたら濃厚感染が起こり得る密閉空間だった。中国から医療関係者の感染が物凄く多いというニュースが入ってきた。なぜゴーグルや防護服、N95のマスクも着用している彼らが高頻度に感染したのかを考えると、飛沫感染以外の接触感染が起こっていたということだ」

「防護服を来たままトイレに行く、ご飯を食べる時にマスクを外す、いろいろな所に触る。防護服を着用していても隙間があって中に入ってしまう。手袋をはめていてもカルテを書く時にカルテが汚れる、ペンが汚れる。訓練を受けていた医療関係者でもあれだけの高率で感染したのはそういうことだ」

「そのニュースを見たとたん『ダイヤモンド・プリンセス』もまずいぞと思った。でも隔離を始めてしまったのでどうしようもない。決して政府のやり方を擁護するわけではないが、ベストの解決法はなかったと思う」

「唯一あったとすればオーストラリアのやっているようにクリスマス島のような孤島に隔離するしかなかった。しかし日本はそのような設備を持っていなかった」

――コレラが流行した時代には患者が出た船は沖で隔離されました。その時の経験は残っているのでしょうか

「コレラ船の時代の経験はほとんど残っていない。私は1973年に京都大学の医学部を卒業したが、コレラのことはほとんど習わなかった。今の役人でもご存知の方は皆無だと思う」

――感染症対策の経験の空白にグローバリゼーションやクルーズ船の超大型化という新しい問題が加わったことが問題を大きくしてしまったのでしょうか

「世界的にはSARSがありMERSがありわれわれは生命にかかわるような感染拡大の経験はしていたのだが、喉元過ぎれば熱さ忘れるということ。日本にしてみればSARSはいわば他国のことであったわけで、大変な事件として当時は理解していたはずだが、その時の役人は厚労省にはいない。厚労省の役人は2年か3年で異動する」

「日本にはアメリカのCDCに相当するものはない。感染研がその一部を担っているが、研究者のほとんどはウイルスや細菌の基礎的な研究をしている」

「これは公衆衛生の問題、危機管理の問題、政治的な問題、経済的な問題も含めての話だが、感染研にはそれを専門とする人は少ししかいない」

「制度上の日本の弱みがある中でこの事件が起きた。欧州の場合、SARS、MERSはよその問題だったのかもしれないが、おそらくはその教訓を覚えていたのだろう。驚くのはイタリアにしても欧州各国は町の閉鎖など非常にタイトな施策を打ち出しているという気はする」

――イギリスでは感染症対策は確立しています

「公衆衛生の概念が最も進んでいたのは当初からイギリス。今でもアメリカとイギリスは進んでいて公衆衛生の本物の専門家がいる。大学だけではなくて政府の機関にもいるし、医学の中の非常に重要な分野だ」

「日本は公衆衛生の分野が手薄。感染症の方はウイルスか細菌の研究をして教授になった方で、感染症の公衆衛生の研究で教授になった人はまずいないと思う。専門家会議にはウイルスや細菌感染の専門家、内科の人ぐらいは行くが、公衆衛生の専門家が手薄」

「日本ではワクチンの副作用を審査する予防接種・ワクチン分科会が厚労省の中にあるが、ここにも感染症のことを良く知る公衆衛生の人はほとんどいない。こういう人選をするのは政府の役人。役人が自分たちの意見を聞いてくれる人を選ぶから政府のやり方に一言ある人は呼ばれない」

「公衆衛生の専門家が少ない上に、官僚制度の弊害があり、自分たちの意見を聞いてくれる人しか呼ばない。公平にやらなければいけないというので法律の人やらマスコミの人が入るが、こういう人たちは専門家ではないので抑止力にならない」

「厚労相にレクチャーしているのは誰かというのが問題だが、それが分からない。日本は公衆衛生の人材を育てる場所も少ないし、実際に活躍できる場所も非常に少なくなっている」

――日本では「白衣の天使」として知られるフローレンス・ナイチンゲール(1820〜1910年)は統計に基づく医療衛生改革で有名です。英インペリアル・カレッジ・ロンドンは新型コロナウイルスの感染について数理モデルを使って予測を出しています

「日本では感染症にかかわる公衆衛生をご存知の方は非常に少ない。ましてや統計学的手法で感染が今後どれぐらい拡大していくのかとか、どの程度で終息するのかとか非常に重要なポイントだが、日本でそれができる人というのは本当に少ない」

「日本は1918年のスペイン風邪の時にたくさんの人が死んだ。ところが日本の医学が当時は十分に成熟していなかった。あの時にどういうことがあったのかということは私たちも全く習っていないし、感染症の歴史というのは日本ではほとんど役立てられていないと思う」

宮坂昌之氏
1947年長野県生まれ、京都大学医学部卒業、オーストラリア国立大学博士課程修了、スイス・バーゼル免疫学研究所、東京都臨床医学総合研究所、1994年大阪大学医学部バイオメディカル教育研究センター臓器制御学研究部教授、医学系研究科教授、生命機能研究科兼任教授、免疫学フロンティア研究センター兼任教授。2007〜08年日本免疫学会長。現在は免疫学フロンティア研究センター招へい教授。新著『免疫力を強くする 最新
科学が語るワクチンと免疫のしくみ』(講談社)。

https://news.yahoo.co.jp/by…/kimuramasato/20200228-00165104/
新型肺炎「日本は感染症と公衆衛生のリテラシーを高めよう」 2/28
免疫学の大家がPCR論争に苦言  木村正人  在英国際ジャーナリスト

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【結】
私たちをとりまく国際社会では、科学=技術革命が畸形的に発展している。現代の災難は、人類の存在を生物学の視点からも、自然環境学の視点からも、危機的な自然史地点においこんでいる。ひとつひとつの問題に丁寧にたちどまり考えたい。慎重な吟味と、さらに、「歴史的趨勢の中で現時点がどのような位置にいるか」を常に忘れてはならない。

【転載】 場当たり的な対策ばかり。「新型肺炎」で露呈した安倍官邸の無能

2020-03-03 07:59:00 | 転載
国内2020.03.03 37 by 高野孟『高野孟のTHE JOURNAL』

プロフィール:高野孟(たかの・はじめ)
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。
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(*小生は高野孟氏を前から間接的に知っている。必ずしも全面的に支持してはいない。けれどこの評論は小生の認識の至らなさを上回る認識を明快に示している。ここに転載するのもそれゆえである。)
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安倍首相独断で「全国一斉休校」に突き進んだ政権末期症状――その場限りの「やってるフリ」戦術のなれの果て
中村時広愛媛県知事「場当たり的だ」(29日付東京)
熊谷俊人千葉市長「いくらなんでも…。社会が崩壊しかねません」
都立高校校長「急すぎる。期末試験をしなきゃ成績もつけられないし、卒業式もある」
都内市立小学校の女性養護教諭「学校なら経済に影響が少ないからと、パフォーマンス的に休校にしている気がする。……学校の方が、検温、手洗い、うがいなど管理しやすいのに」
小田嶋隆(コラムニスト)「『やっている感』を出さないといけないという首相の焦りを感じる。政府の対策に批判的な世論を気にして唐突に政治決断をしたように見える」(以上、28日付朝日)
与党関係者「政権末期を見ているかのようだ」(29日付毎日)
自民党幹事長経験者「今回の対応が安倍さんから人心が離れるきっかけになるかもしれない」
自民党中堅議員「冷静な対応を呼びかけている首相自身が冷静さを失っている」(以上、29日付朝日)
――というように、今井尚哉補佐官が脚本を書いて安倍晋三首相が独演した小中高など学校の「全国一斉休校」要請が猿芝居にすぎないことは、最初から全国民的に見抜かれていた。それで慌てて29日、土曜日であるにもかかわらず異例の首相記者会見を6時から設営して弁解に努めたが、中身は薄っぺらで、例えば上記女性教諭の「なぜ学校が先なのか」というごく自然な疑問にも答えることも出来ていなかった。

子どもたちの間に特に感染が広がっているのであればともかく、感染者の中心は30歳代から60歳代の中高年で、しかも死亡者は既往症を抱えている高齢者が多い。逆に、子どもたちには感染者は極めて少なく、死亡者も出ていない。なのに、なぜ企業でも官庁でもなく学校が先なのか。

女性教諭が言うとおり「学校なら経済に影響が少ない」ので、断固たる決意を示すにちょうどいいだろうと見たのが、今井=安倍の軽薄コンビの浅知恵で、そうすると例えば小学校低学年の子どもを持つ働き手が出勤出来なくなったり、その中には医師や看護士や介護士も含まれているので、それでなくとも人手が足りない医療・福祉の現場をはじめ感染症対応の最前線がたちまち立ち行かなくなったりすることなど、官邸からの上から目線では想像すらできなかったのだろう。

反響の大きさにびっくり仰天した安倍首相は、これによって仕事に行けなくなった人には休業補償を出すとか言ったけれども、それは本末転倒で、それでなくとも人手が足りない医療現場の窮状はカネを出したからと言って解消されるものではない。他方、この補償なるものが、一体どれだけの厚みの書類を役所に提出し、窓口で突き返されてさんざん修正して出し直したりした挙げ句、満額認められるかどうか分からず、仮に認められたとしても何カ月たったら支給されるのかも分からないような代物であることは、庶民は皆知っているけれども、今井補佐官や安倍首相は知らない。

そのことを含め、会見場に詰めかけた記者たちには訊きたいことがたくさんあっただろうし、現に「まだ質問があります」と叫んでいる者もいたのに、安倍首相は17分間だけ質問に答えただけで、司会の「予定の時間をだいぶ超過したので」という声に促されて6時45分に出て行った。その後によほど大事な用事でも控えていたのかと思って翌日の「官邸日誌」を見ると、7時12分私邸着となっている。な~んだ、予定にない質問をされるのが嫌で家に帰ってしまったのだ。

世界のどの国の指導者も、会見では質問が出尽くして手が上がらなくなるまで答え続けるのが基本ルール。ましてやこのような緊急時に国民の納得を得て一致協力、疫病に立ち向かおうという呼びかけるために会見を開いているというのに、質問を振り切って出て行って、しかも自宅に帰ってしまうというのは幼児性の行為である。

政権内部がズタズタになってしまった
安倍首相周辺では当初、新型肺炎を「神風邪(カミカゼ)」と呼ぶ不謹慎極まりないジョークが囁かれていた。お花見疑惑、検察人事介入、カジノ汚職、政府高官の不倫出張旅行、消費増税によるマイナス成長転落……と、政権にとって悪い話ばかりが折り重なって、そのどれに対しても嘘と誤魔化しと言い逃れを連射するしかない劣勢に苦しむ中で、「あ、これで世間の目を逸らせられる」と安堵したのも束の間、「ダイヤモンド・プリンセス号」の扱いでの大失敗に内外から批判が噴出し、たちまち瀬戸際に追い詰められてしまった。

とりわけショックだったのは内閣支持率の急落による不支持率との逆転で、政権寄りと言われる産経新聞・FNNの調査でも支持率が前回に比べ8.4ポイント減の36.2%と、一気に30%台に突入。不支持率は7.8ポイント増の46.7%で、1年7カ月ぶりに不支持率が支持率を大きく上回った。これを見て永田町の空気はガラリと変わり、話題の中心が「安倍政権はどこまで続くか」から「安倍政権はいつ終わるか」に移った。ある自民党ベテラン議員はこう解説する。

▼つい先日までは、安倍首相4選もあるかもしれないという観測が流れたりもしたが、もはや完全に消えた。4選というのは、安倍首相が自らの手による改憲を何としても実現したいという執念を保持し、自民党全体がそれを支えて行こうと覚悟する態勢を作るということだ。そして21年10月までに行われる衆院選で改憲勢力3分の2を再確保し、22年夏の参院選で同じく3分の2を回復しなければならない。ところが今や安倍総裁と並んだポスターを刷って選挙に勝てると思う脳天気な議員はほとんどいないだろう。

▼4選がなく、従って改憲もないとなると、安倍首相が総理・総裁に居座っている理由もない。だから東京五輪後に退陣するのが順当なところだろう。ところが安倍首相は、石破茂にあとを襲われるのだけは嫌なので地方票も含めた正規の総裁選にしたくない。任期途中の退陣ということで両院議員総会による国会議員票だけの投票で何とか岸田文雄に持って行って、自分の影響力を残したい。しかし、菅義偉官房長官、二階俊博幹事長がこの安倍シナリオを許すかどうか。

▼以上は、東京五輪が中止にならなかった場合の話。新型肺炎が4月までに終息せず、3月26日から始まる聖火リレーに支障が出たり、5月からの選手キャンプが中止になったり、有力なチームや選手の参加辞退があったりすると、IOCが動いて開催の延期もしくは中止もあり得る。そうなれば、安倍首相の対策が後手後手に回ったからだということになって、責任をとって辞任だろう……。

このように、安倍首相にとって最も惨めなケースは五輪中止で5月か6月にも辞任という可能性が見えてきたために、安倍首相と今井補佐官は「冷静さを失って」暴走した。そのためこの軽薄コンビの、小賢しい思いつきで口先ばかりの「やってるフリ」でその場さえ切り抜ければよしとする悪癖が余計に酷くなって、「全国一斉休校」という重大な社会的影響のある決断を、閣議も開かず、盟友のはずの麻生太郎副総理にも、内閣の支柱である菅官房長官にも相談せず、側近の萩生田光一文科相や文科省の担当部署にも通告せず、感染症対策専門家会議の意見も聞かず、従って何の準備もないまま、いきなり対策本部の会議の場に持ち出した。それを安倍首相は会見で「判断に時間をかけているいとまはなかった。……それは責任ある立場として判断をしなければなかったということで、どうかご理解を。……これにともなう様々な課題に対しては、私の責任において万全の対応を行っていく」と、さも強力なリーダーシップを発揮したかに言い立てたが、それこそ「やってるフリ」で、功を急ぐ余りの独善に過ぎなかった。

自民党幹事長経験者がこれを「安倍さんから人心が離れるきっかけになるかもしれない」と見ているのはその通りだろう。まず何よりも昨秋来、著しくギスギスが目立つ菅との関係はますます悪化し、菅が二階と組んで小泉進次郎をも引き込み、岸田の芽を潰して石破に付くのを助長するのは確実である。そこに裂け目が入ると、もはや政権はズタズタで、五輪が中止にならない場合でも安倍政権の崩壊は早いだろう。