【現代思想とジャーナリスト精神】

価値判断の基軸は自らが判断し思考し実践することの主体であるか否かであると考えております。

【色平哲郎氏のご紹介】「人類が冷戦を生き残ったのは運がよかったから。今度は運に頼ってはいけません」

2021-04-22 17:02:52 | 転載
<写真は田中邦衛氏 色平氏のこの文中にでてきます>

「台湾有事は起きない」 

中台にとって「あいまいな現状維持」が有利なワケ〈AERA〉

 中国を警戒する米国は台湾有事に言及し、日本でも危機論が高まりつつある。だが、経済上も安全保障上も、現状維持が中国、台湾ともに有利なのは明白だ。AERA 2021年4月26日号から。

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 米国のインド太平洋軍司令官に指名されたジョン・アキリーノ海軍大将は3月23日の上院軍事委員会で「中国の台湾侵略は思いのほか早く来ると考える。6年以内に軍事行動を起こす可能性がある」と述べた。前任者フィリップ・デビッドソン大将の説を引き継いだのだが、戦争が始まる時期を特定しただけに、日本でも「台湾危機に備え覚悟を決める必要がある」との論が高まりつつある。
 だが、軍人は危機を訴えて予算獲得を図りがちだ。証券会社員が株価の上昇を語って投資を勧めるのと似ているから、なるべく客観的な分析が必要となる。

■現状維持は計87.6%

 台湾が名実共に独立国家になろうとすれば、中国は阻止しようと軍事的威嚇を行い、効果が無ければ武力行使に向かう可能性は高い。だが、台湾当局の大陸委員会が例年行う世論調査では昨年11月の時点で、「すみやかに独立」を望む人は5.0%にすぎず、「現状維持後に独立」が20.8%、「永遠に現状維持」が29.9%、「現状維持後状況を見て決めるべきだ」も29.9%、「現状維持後に統一」が7.0%、「すみやかに統一」は1.1%だった。現状維持を望む人は計87.6%に達し、早急に独立、統一を目指す人々は全くの少数派となっている。米中関係の悪化を案じてか、現状維持派は近年増加の傾向だ。
 このため選挙では左派で独立志向の民進党は「統一反対」を唱え、保守派で親中的な国民党は「独立反対」を訴えて、主張は中央の現状維持に収束する形となっている。
 民進党の蔡英文(ツァイインウェン)総統も中国に反発を示す一方で「独立主権国家だと宣言する必要はない。我々は事実上独立している」としばしば述べ、憲法改正や独立宣言には慎重な姿勢を保っている。
 昨年の台湾の輸出先は中国(香港を含む)が44%を占め、台湾の対外投資の約60%は中国にあるとされる。
そのため台湾の経営者、技師ら約100万人が中国で勤務しているようだ。台湾と中国の経済は資材や部品の供給などで持ちつ持たれつの関係にある。公式に独立して中国との紛争になれば、台湾経済に致命的だから、台湾人の87%が実態は独立、国際法的には独立国家でないあいまいな現状維持を望むのは現実的だ。

■軍事行動の必然性なし

 中国も台湾が公然と独立宣言をして面目を失わせない限り、軍事行動に出る必然性はない。中国は約1700人の地上部隊を運べる4万トン級の揚陸艦を建造し、近々2隻になる。他にも比較的新しい揚陸艦14隻を持つが、それらが運べる兵員は計1万3千人程度だ。第2波、第3波として商船、漁船を動員しても台湾陸軍8万8千人と海兵隊1万人を圧倒するだけの兵力を投入するのは容易ではない。
 中国軍が台湾に攻め込んでも、工業を破壊し、大混乱を起こしては何の益もないどころか、長期にわたって2400万人の台湾人の統治に苦労することになる。中国と台湾が軍事力で対抗しあっているような印象を持つ人は日本で多いが、台湾陸軍の兵力は1980年の32万人から何度も削減され、8万8千人に減った。2018年には徴兵制も廃止された。中国陸軍は80年に390万人だったが、ソ連の脅威が消えたため、現在は96万5千人に縮小した。
 中台双方が、陸軍兵力を約4分の1に減らしたことは、特に台湾が中国軍の台湾上陸作戦の可能性が薄らいでいると見ていることを示す。中国の揚陸艦の建造も、その程度では台湾平定は困難だから、威勢を示して独立宣言を防止する狙い、と考えるほうが合理的だろう。
 現状維持は中台双方にとり経済上も安全保障上も有利であるのは明白だから、中国の台頭を阻止したい米国が、国家として承認していない台湾の「国連加盟」を語って煽(あお)っても戦争になる公算は小さいだろう。日本にとっても戦争は迷惑千万だから、現状維持を支援するのが得策と思われる。

(軍事ジャーナリスト・田岡俊次)



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・・・1920、30年代の中国では、共産主義は多くの運動の一つに過ぎませんでした。日本との戦争がなければ共産党が政権を取ることはなかった・・・


(インタビュー)米中対立は「新冷戦」か
 米エール大学教授オッド・アルネ・ウェスタッド

「人類が冷戦を生き残ったのは運がよかったから。今度は運に頼ってはいけません」

朝日新聞2021/4/20

 人権問題から海洋秩序まで、様々な分野で米中間の緊張が高まっている。「新冷戦」とも言われる米中対立に世界はどう向き合うべきなのか。かつての米ソ冷戦は、東側が自壊したことで軍事衝突に至ることなく終結した。その歴史から学ぶべき教訓とは。冷戦史研究の第一人者、ウェスタッド米エール大教授に聞いた。

 ――米中の対立は、新たな冷戦なのでしょうか。

 「中国は米国にとっての大きなライバルであり、中国共産党は米国を敵視している。その意味ではソ連と似ています。経済力から考えると、中国はソ連よりも手ごわいかもしれない」

 「しかし最大の違いは、ソ連は西側から遮断され、独自の経済圏を持っていたこと。中国は世界市場に統合され、それが中国が急速に大国になった理由でもある」

 「もうひとつの大きな違いは、米ソ冷戦は、資本主義と社会主義のイデオロギーの戦いだったことです。『善』と『悪』との戦いでした。これに対し中国にはソ連が持っていたようなグローバルなイデオロギーはありません。名は共産党だが、実際にやっているのはナショナリズムの政策。中国の利益をできるだけ増大させようということです」

 ――冷戦でないとすると、何なのでしょう。

 「世界政治の現況は、多くの点で19世紀末の大国間の対立に似ています。各国はナショナリズムに駆り立てられている。米中二極ではなく、多極化が進んでいる」

 ――中国は何を望んでいると思いますか。

 「東アジアにおいて、中国はその中心に位置する帝国でした。中国人にとっては、それが『自然の秩序』です。清帝国の崩壊以来、日本によって中国中心の秩序がこわされ、次に米国の覇権が東アジアに及んできた。中国はずっと、昔の地位を取り戻したいと考えてきた。だが、それは米国に代わって中国がグローバルパワーになるという意味ではない」

 ――しかし、これまでの国際秩序に挑戦していませんか。

 「現在の国際経済秩序が中国の強大化を助けたのであって、秩序自体が中国の大国化を阻害したわけではありません。将来のことは断定できないが、中国の現在の関心は、今の仕組みの中でできるだけ自分の取り分を増やしたいということではないでしょうか」

 ――いっぽうのバイデン政権は米中の対決を「民主主義と専制主義」の対決ととらえています。

 「対立がイデオロギー色を帯びていることは確かだ。そもそも米中は政治システムが違う。中国の指導者は、新型コロナウイルスへの対応をとって中国モデルが優れていると信じている。しかし、ソ連のように自国モデルを世界に積極的に広めようとはしていない。イデオロギーが政策を動かしているわけではない。中国の国益を阻害する他国の動きに対抗しているのです。古典的な大国政治、ナショナリズムの対立と見るべきでしょう」

     ■     ■

 ――現代はグローバル化の時代なのに、ナショナリズムが強まっているのはなぜでしょう。

 「国民の目線では、自分たちのよりどころである国家が、グローバル化の中で沈んでしまうことへの恐怖心がある。中国だけではない。『アメリカ・ファースト』の米国も、欧州連合(EU)を離脱した英国もそうです。狭く経済を考えると、米中は相互補完関係にあり、共存できるはず。しかし、経済も国同士の力比べとして見てしまう。人の考え方は簡単にはグローバルになりません」

 ――バイデン大統領は「米国は戻ってきた(アメリカ・イズ・バック)」と宣言しましたが。

 「冷戦時代の米国は、国際秩序を構築し、ときには自国の利益を犠牲にしてもそのシステムを支える普遍主義の大国だった。これからも米国は大国であり続けるにしても、昔には戻らない。バイデン氏は同盟関係をトランプ氏よりも重視し、国際社会と協調するでしょう。しかしそれは米国の利益のため、中国を抑えるため、同盟を重視するということです」

 ――冷戦が始まったとき、ソ連専門家の米外交官ジョージ・ケナンが「封じ込め」政策を唱え、外交の指導原理となりました。今回の指針は何でしょうか。

 「ケナンから学ぶべきことが二つあります。ひとつは同盟国の重視です。ソ連と対峙(たいじ)するには他国との協力が欠かせない、米単独では戦えないとケナンは考えた。中国と向き合うには、ソ連の時以上に他国の助けが不可欠です」

 「もうひとつの教訓は、ソ連と競争するため、米国の国内を整え、基盤を強化する必要をケナンが訴えたことです。社会インフラの整備、科学技術の研究、教育の充実なしには、冷戦を戦い抜くことはできなかった。ところが、最近の米国はそのようなことに注意を払ってこなかったのではありませんか」

 ――それどころか、保守とリベラルで国が真っ二つです。

 「冷戦の時代、米国は欧州経済復興援助計画(マーシャル・プラン)を導入し、北大西洋条約機構(NATO)をつくった。こうした政策の背景には、米国がいかなる国であるべきか、米国が掲げる理念とは何かという点で、国内にコンセンサスがあった。コンセンサスなしには外からの脅威に対応できません」

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 ――中国に目を転じると、習近平(シーチンピン)国家主席は「中華民族の偉大な復興」を唱えています。
共産党の統治をどう見ますか。

 「中国共産党が政権を握ったのは決して歴史の必然ではありません。私は中国研究が出発点ですが、1920、30年代の中国では、共産主義は多くの運動の一つに過ぎませんでした。日本との戦争がなければ共産党が政権を取ることはなかった。日中戦争で国民党政権が弱体化し、共産党が軍事的勝利で政権を奪取するチャンスが開けたのです」

 「建国後の歩みも、50年代から60年代は、大躍進や文化大革命で経済が破綻(はたん)し、大失敗だった。70年代末からの改革開放政策は成功を収めた。その意味で共産党の統治は功罪両面がある。共産党は選挙で選ばれた政権ではないから、経済成長を続けることで支配を正当化しています。しかし、社会生活の強い統制や巨大企業への締め付けには反発も出てきています。経済が行き詰まれば、共産党の統治も困難に直面するでしょう」

 ――台湾をめぐる緊張が高まっています。中国の台湾侵攻はありえますか。

 「中国の国内情勢次第でしょう。もし体制が安定し、米国や日本との対外関係で大きな問題が生じなければ、武力衝突はないと思う。ナショナリズムが強い習近平政権でも、そこまでのリスクは取らないでしょう。問題は、習政権は内政がうまくいかないと、対外問題のカードを持ち出す傾向があること。特に台湾問題です」

 ――日本について伺います。

 「冷戦なしには戦後日本の経済成長も保守政治の安定もなかったと思います。だが、それだけではありません。冷戦が決定的な岐路を迎えた1980年代、日本は信用供与、ドル安容認などで米経済を支え、米国の巨大な軍備増強を支えたのです」

 ――日本の経済力が米国の冷戦戦略を助けたのですね。しかし現在は、安保は米国、経済は中国に依存し、板挟み状態です。

 「この状況は相当長く続くと覚悟せねばなりません。日本が米国と緊密な外交・安保関係を維持することは非常に重要です。日米双方だけでなく、それは東アジアにとっても不可欠です。同時に、日本経済にとっての中国の重要性も増す一方でしょう。安保と経済が違う方向を向いている状況を扱うのは大変難しい。しかし、不可能ではない。日本の役割は、米中間の緊張が制御できないレベルになることを防ぐこと。米中双方にとって日本がそういう役割を担う国だと思われることが、日本の国益なのです」

 「もうひとつ日本がやるべきことは、日韓関係の改善でしょう。『東京とソウルの仲が悪いので、中国は以前より好きなことがやりやすい』という話を北京で聞きました。日韓関係が難しいのはわかりますが、両国は歴史的な対立を克服せねばなりません」

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 ――冷戦終結から30年以上が経ちました。私たちはまだ冷戦の影の中にいるのでしょうか。

 「いいえ、新しい時代が始まっています。先に述べたように、米国は依然として重要な大国ですが、国際システムを維持する責任を担うことはない。中国も大国であり続けるでしょうが、米国同様、冷戦時の超大国のような圧倒的存在ではない」

 「パンデミックが示すように世界は非常に複雑で多様になった。それぞれの国が発言権を強め、米中の影響力には限界があります。これは『冷戦2・0』ではありません。前よりもよい世界かどうかはわかりませんが、私たちは新しい世界の力学を見極めねばならないのです」(聞き手 編集委員・三浦俊章)

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 Odd Arne Westad 1960年、ノルウェー生まれ。米ソの第三世界への介入を研究、新しい冷戦史像を構築した。著書に「冷戦 ワールド・ヒストリー」など。

 ■冷戦から米中対立へ

1947年 米国が対ソ封じ込め政策を発表

  49年 中華人民共和国成立

  50年 朝鮮戦争勃発

  62年 キューバ危機。米ソは瀬戸際で核戦争を回避

  72年 ニクソン大統領が訪中

  89年 天安門事件。ベルリンの壁崩壊。米ソ冷戦が終結

  91年 ソ連が崩壊

2001年 米同時多発テロ。中国が世界貿易機関加盟

  03年 イラク戦争始まる。米の中東関与が泥沼化

  12年 習近平氏が中国共産党総書記に

  13年 中国が「一帯一路」構想を提唱

  18年 ペンス米副大統領が対中批判演説

  20年 香港国家安全維持法が成立

  21年 米でバイデン政権が発足



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中国の温家宝前首相、習主席を暗に批判? 寄稿が波紋
「私の考えでは、中国は公正さと正義に満ちた国であるべきだ」
「民意や人道、人の本質が常に尊重され、若々しさと自由、努力する姿勢が常にあるべきだ」
https://www.cnn.co.jp/world/35169593.html



朝日新聞 4月21日
温前首相の寄稿文、波紋招く 中国、SNSで臆測広がる

 中国の温家宝(ウェンチアパオ)前首相がマカオ紙に寄稿した、亡き母親を悼む文章が、中国のSNSで閲覧や転載が制限されている。文章には文化大革命時代を振り返ったり、「中国は公平、正義に満ちた国家であるべきだ」と訴えたりする内容があり、意図をめぐって様々な臆測を呼んでいる。

 文章は3~4月、「マカオ導報」が4回に分けて掲載。文化大革命について、教師だった父親が「しょっちゅう野蛮な尋問やののしりを受けた」と振り返っており、文章の締めくくりでは「私は貧者や弱者に同情し、侮蔑や抑圧に反対する」と強調。理想の国家像として「思いやりや人道、人間の本質に対する尊重と青春や自由、奮闘の気質があるべきだ」と記した。

 中国メディア関係者によると、寄稿は中国のSNSで「習指導部への批判ではないか」などと話題になったが、関連する投稿はすぐに転送できなくなったり、削除されたりしたという。香港紙「星島日報」はSNSの制限について「(共産党の)暗い部分を暴露する内容で、建党100年を祝う政治の雰囲気と一致していない」と分析した。温氏は胡錦濤(フーチンタオ)前指導部で首相を務めた。



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中国での「公認」とは、中国共産党政府を支持する立場を明確にすることで「愛国宗教団体」として認可されることを指している。

これは、愛国宗教団体に参加しなければ、非愛国的・非公認の違法な宗教団体と見なされることをも意味する。


「中国式愛国主義と信教の自由」(下) 松谷曄介 金城学院大学准教授
まつたに・ようすけ  東京新聞 2021年4月20日



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斉藤幸平さん、若者に語りかける 4分40秒位ー16分位

https://bit.ly/3szgeS0

#斎藤幸平 #気候危機 #ウチらの声で世界は変えられる
【CLweek Day1】”エコ”じゃ世界は救えない?! ー学校では教えてくれないホントのことー
2021/04/19 にライブ配信



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伊勢崎賢治@isezakikenji 6時間

フロイド氏の殺害について正義が下された。喜ばしいが、一部の気の触れた警官による特異な事件として扱われてはならない。四半世紀以上も前から続く軍の装備を警察に払い下げる1033計画は言うに及ばず、警察が自国市民を敵国の戦闘員のように攻撃する「警察の軍事化」は、今に始まったことではない。

そして、これは全世界に広がっている。一方で、BLMを含む総体としてのアメリカの軍事は、他国を軍事占領下に敷き、警察として民衆の日常生活に押入り、殺害を繰り返してきた。今、アフガニスタンで、その一つが終わる。タリバンへの無条件降伏という形で。



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「経済を考えるために経済学者はいらない」

「思考は手仕事」

序章 思考の出発点 より  (E トッド)
https://www.chikumashobo.co.jp/special/emmanuel_todd/



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追悼 田中邦衛さん 
 人間的魅力「いい人」=山田洋次(映画監督)
毎日新聞2021年4月20日夕刊 寄稿

 映画俳優にとって必要な資質は、一にも二にもその人が持って生まれた人柄、つまり人間的魅力であり、演技力はその後である。入場料金を払ってまでその人にスクリーンで会いたくなる魅力を俳優は持たねばならない。演技をする以前に先(ま)ずはカメラの前に人間としてデンと存在することだとぼくは常に俳優に要求する。じつはそれが俳優にとって一番難しいことなのだが。

 田中邦衛さんのあの一度見たら忘れられない楽しい顔を見れば、口を突き出してつばきを飛ばしながら懸命にしゃべるあのバリトンのよく響く声を聞けば、誰だって心がゆるんでくる。ああこんな人が父親だったら、こんな教師がいてくれたら、こんなやつが友人だったらと誰もが思う。そんな貴重な俳優がいた日本の映画界は、あるいはテレビドラマ界は幸せだったと今にして思う。

 カメラの前に存在するだけで値打ちのある俳優と言えば、映画ファンなら小津安二郎監督作品の笠智衆さんを想起するだろう。優しいその笑顔を見ているだけで観客を温かい気持ちにさせたこの人は、田中さんにとって憧れの人だった。テレビの仕事でその笠さんと一緒になったことがあって、その時笠さんに声をかけられたことがよほど嬉(うれ)しかったのだろう、ぼくに話をしてくれたものだ。

 「田中君」

 と笠さんに呼ばれ、返事をして傍(そば)に行ったところ真顔でこんなことを言われたそうだ。

 「君はいい顔をしていますね、なかだか(中高)で」

 あの特徴のある顔を尊敬する笠さんに褒められてどんなに嬉しかっただろうか。目尻を下げてアハハと笑っていた彼の素敵な笑顔をよく覚えている。

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 ロケ現場に俳優は指定された時間に到着して扮装(ふんそう)したりメークをしたりするのが普通だが、田中さんは二時間も三時間も早く来る。そしてあたりをウロウロ散策してその土地の風景や地理を頭に入れる。場合によっては前日にその土地を訪れたりもしていたらしい。その地に住む住民を演ずるための準備だと聞けばなるほど役者なら当然するべきことだろうと思うのだが、実際はそんなことをするのは田中さんくらいではないだろうか。

 田中さんの御夫妻とぼくたち夫婦と4人で旅行をしたり食事をしたりするのは何よりの楽しみだったが、病気になってからはそれができなくなってしまった。

 最後にお会いしたのは、ぼくの妻がまだ元気だった10年前だった。横浜中華街の駐車場で田中さんが待っていてくれて、ぼくが車を乗り入れると例の大声で、

 「オーライ、オーライ」と叫びながら両手を振り回す、その姿をフロントガラス越しに見ながらぼくの妻が溜息(ためいき)交じりに

 「いい人ね」

 と呟(つぶや)いたのを、よく覚えている。(やまだ・ようじ)

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 俳優、田中邦衛さんは3月24日死去。88歳。