http://ameblo.jp/kumiko926/entry-12076255598.html?frm_src=favoritemail
札幌での「北海道うたごえの祭典」。
合唱団のかたがたと「広い河の岸辺」を合唱する。
この歌は、こうしてどんどん皆さんに唄われている。
うれしいことだ。
そしてサイン会で。
「うまれてきてくれてありがとう」のCDを買ってくださったお客さま。
小柄な女性。
私と同じくらいの年の頃か。
その方が、ニコニコとしながらおっしゃる。
「私、これまで誰からも、こんなこと言われたことなかったんです。だから、なんだか自分にいわれたような気がして。ふうっとそんな気がして」
え。
サインする手が止まる。
ニコニコとほほ笑む、その方の手をぎゅと握る。
人にはそれぞれの人生がある。
そんなこと、いやというほどわかっている。
だから思う。
歌ができることは、そのそれぞれの人生にちょこっと寄り添うこと。
いつもそう思っている。
若い時には、自分のために唄ってきた。
自分を表現するために唄ってきた。
それは当り前のことだけど、どんどんそんな気持ちは薄れてきた。
誰かのために唄うこと。
誰かの灯になれるよう唄うこと。
いつのまにか、そんなふうに変わっていた。
みんな、消えそうになる灯を、一生懸命ともしながら生きている。
ちょっとでも、そのお手伝いができたら、それが私のなすべき仕事だろう。
これまでの人生で、誰からも「うまれてきてくれてありがとう」といってもらえなかった。
それは想像を絶する。
どんな辛苦の道をこの方は歩いてこられたのだろう。
でも、その女性は、今、そのことを私などに伝えてくださった。
さりげなく。ニコニコと。
「うまれてきてくれてありがとうございます」
思わず、私はそう言っていた。
この歌は、新しい命を向かい入れる歌ではあるけど、そうれだけじゃないんだなあ。
今ある命、そのすべてを祝福する歌なんだなあ。
また一つ、お客さまに教えていただいた。
感想;
自分はこれで良いんだと信じることが必要なのだと思います。
先ずは、自分が自分を受け容れる。自分は愛される価値があると信じる。
それから、先ずは一人でも愛して行くことなのではないでしょうか。
札幌での「北海道うたごえの祭典」。
合唱団のかたがたと「広い河の岸辺」を合唱する。
この歌は、こうしてどんどん皆さんに唄われている。
うれしいことだ。
そしてサイン会で。
「うまれてきてくれてありがとう」のCDを買ってくださったお客さま。
小柄な女性。
私と同じくらいの年の頃か。
その方が、ニコニコとしながらおっしゃる。
「私、これまで誰からも、こんなこと言われたことなかったんです。だから、なんだか自分にいわれたような気がして。ふうっとそんな気がして」
え。
サインする手が止まる。
ニコニコとほほ笑む、その方の手をぎゅと握る。
人にはそれぞれの人生がある。
そんなこと、いやというほどわかっている。
だから思う。
歌ができることは、そのそれぞれの人生にちょこっと寄り添うこと。
いつもそう思っている。
若い時には、自分のために唄ってきた。
自分を表現するために唄ってきた。
それは当り前のことだけど、どんどんそんな気持ちは薄れてきた。
誰かのために唄うこと。
誰かの灯になれるよう唄うこと。
いつのまにか、そんなふうに変わっていた。
みんな、消えそうになる灯を、一生懸命ともしながら生きている。
ちょっとでも、そのお手伝いができたら、それが私のなすべき仕事だろう。
これまでの人生で、誰からも「うまれてきてくれてありがとう」といってもらえなかった。
それは想像を絶する。
どんな辛苦の道をこの方は歩いてこられたのだろう。
でも、その女性は、今、そのことを私などに伝えてくださった。
さりげなく。ニコニコと。
「うまれてきてくれてありがとうございます」
思わず、私はそう言っていた。
この歌は、新しい命を向かい入れる歌ではあるけど、そうれだけじゃないんだなあ。
今ある命、そのすべてを祝福する歌なんだなあ。
また一つ、お客さまに教えていただいた。
感想;
自分はこれで良いんだと信じることが必要なのだと思います。
先ずは、自分が自分を受け容れる。自分は愛される価値があると信じる。
それから、先ずは一人でも愛して行くことなのではないでしょうか。