http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161027-01729958-nksports-ent日刊スポーツ 10/27(木)
女優吉永小百合(71)が27日、都内で行われた澄和フューチャリスト賞表彰式に出席した。
同賞は市民目線の平和活動に地道に取り組む個人や団体を表彰する賞で、今回が第1回。吉永は86年からライフワークとして続ける原爆詩の朗読に加え、11年の東日本大震災と福島第1原発事故に見舞われた福島県民の詩を読む活動を、30年にわたって続けてきたことなどが評価されての受賞となった。
吉永はあいさつの冒頭で「賞をいただくということを大変重く受け止めております。うれしゅうございます。ただ私の場合、自分から考えて朗読を始めたわけではございません」と切り出した。吉永は81年のNHKドラマ「夢千代日記」で原爆症を発症した夢千代を演じた際、被爆者団体の人から原爆詩の朗読の依頼があり、86年に東京で開かれた平和集会で朗読した。その経緯を、自らの口で説明した。
その上で「読んでいって、私自身が大変、感動しました。そして、これらの詩を、もっとたくさんの人に聞いていただきたいと願うようになり30年間、少しずつ朗読活動をしてまいりました」と思いを語った。その上で原爆が投下された広島、長崎、太平洋戦争の激戦地・沖縄、そして東日本大震災と福島第1原発事故の復興支援のため昨年3月に第4作目をリリースした、朗読CD「第二楽章」4部作について説明した。
吉永は受賞にあたり、フューチャリストという単語の意味を調べたと明かした。「日本でも海外でも朗読をしております。英語が不得意なものですから、辞書を引きました。そうしたら、未来志向の芸術家、というような訳が出ていましたけれども、私自身は、今日を精いっぱい生きることが明日につながると思っております」と、目に涙を浮かべながら生きることの大切さを訴えた。
今年5月にはカナダのバンクーバーで、朗読会「カナダにおける『第二楽章』」を開催し、音楽家の坂本龍一のピアノ伴奏をバックに原爆詩や原発事故の被災者の詩を朗読した。朗読を通じた平和への訴えは、世界に向けて広がっている。吉永は最後に「これからも、自分のできる範囲で、少しずつこの活動を続けてまいりたいと思います。よろしくご支援、アドバイスをいただけましたら、大変うれしゅう思います」と支援を呼び掛けた。
この日は吉永のほか、沖縄戦の語り部活動を続けてきた元白梅学徒隊の中山きく氏、戦没学生の遺作を集め、97年に長野県上田市に開館された美術館「無言館」を代表し、窪島誠一郎館主が表彰された。
感想;
戦争反対を発信し続けることが大切だと思います。
社会に影響力がある人ほど。
戦争反対を発信し続けてこられた、永六輔さん、大橋巨泉さんが亡くなられました。
今、”駆け付け警護”、”集団自衛権”など、戦争ができるように日本を変えていっています。
その政府を支援しているのは国民です。
戦争になったときに、自分の息子を第一に戦場に送る決意があるのでしょうか?
戦争することを決定する人は戦場から離れた安全な場所にいます。
実際に戦場に行くのは、戦争に反対した国民も含まれます。
203高地ではロシアの機関銃の前に多くの無駄な若者を多く殺してしまいました。
神の国日本だからと、白装束で決死隊を編成して突撃しました。
敵から見ると兵士がここにいると示しているようなものです。
それを決定したのは、無能な伊地知参謀でした。
その無謀な参謀に従ったのが乃木将軍でした。
そこを打開したのが大山巌と言われています。
参謀を叱ったそうです。
「戦場からかけ離れた安全な場所にいて、何が参謀だ」と。
突撃を止めさせて、長距離法を日本から移して203高地を奪回して、旅順港に停泊していたロシア艦隊を撃破し、バルチック艦隊との決戦を支援しました。
多くの若者を尊い命を無駄にしました。
(司馬遼太郎氏の本より)
女優吉永小百合(71)が27日、都内で行われた澄和フューチャリスト賞表彰式に出席した。
同賞は市民目線の平和活動に地道に取り組む個人や団体を表彰する賞で、今回が第1回。吉永は86年からライフワークとして続ける原爆詩の朗読に加え、11年の東日本大震災と福島第1原発事故に見舞われた福島県民の詩を読む活動を、30年にわたって続けてきたことなどが評価されての受賞となった。
吉永はあいさつの冒頭で「賞をいただくということを大変重く受け止めております。うれしゅうございます。ただ私の場合、自分から考えて朗読を始めたわけではございません」と切り出した。吉永は81年のNHKドラマ「夢千代日記」で原爆症を発症した夢千代を演じた際、被爆者団体の人から原爆詩の朗読の依頼があり、86年に東京で開かれた平和集会で朗読した。その経緯を、自らの口で説明した。
その上で「読んでいって、私自身が大変、感動しました。そして、これらの詩を、もっとたくさんの人に聞いていただきたいと願うようになり30年間、少しずつ朗読活動をしてまいりました」と思いを語った。その上で原爆が投下された広島、長崎、太平洋戦争の激戦地・沖縄、そして東日本大震災と福島第1原発事故の復興支援のため昨年3月に第4作目をリリースした、朗読CD「第二楽章」4部作について説明した。
吉永は受賞にあたり、フューチャリストという単語の意味を調べたと明かした。「日本でも海外でも朗読をしております。英語が不得意なものですから、辞書を引きました。そうしたら、未来志向の芸術家、というような訳が出ていましたけれども、私自身は、今日を精いっぱい生きることが明日につながると思っております」と、目に涙を浮かべながら生きることの大切さを訴えた。
今年5月にはカナダのバンクーバーで、朗読会「カナダにおける『第二楽章』」を開催し、音楽家の坂本龍一のピアノ伴奏をバックに原爆詩や原発事故の被災者の詩を朗読した。朗読を通じた平和への訴えは、世界に向けて広がっている。吉永は最後に「これからも、自分のできる範囲で、少しずつこの活動を続けてまいりたいと思います。よろしくご支援、アドバイスをいただけましたら、大変うれしゅう思います」と支援を呼び掛けた。
この日は吉永のほか、沖縄戦の語り部活動を続けてきた元白梅学徒隊の中山きく氏、戦没学生の遺作を集め、97年に長野県上田市に開館された美術館「無言館」を代表し、窪島誠一郎館主が表彰された。
感想;
戦争反対を発信し続けることが大切だと思います。
社会に影響力がある人ほど。
戦争反対を発信し続けてこられた、永六輔さん、大橋巨泉さんが亡くなられました。
今、”駆け付け警護”、”集団自衛権”など、戦争ができるように日本を変えていっています。
その政府を支援しているのは国民です。
戦争になったときに、自分の息子を第一に戦場に送る決意があるのでしょうか?
戦争することを決定する人は戦場から離れた安全な場所にいます。
実際に戦場に行くのは、戦争に反対した国民も含まれます。
203高地ではロシアの機関銃の前に多くの無駄な若者を多く殺してしまいました。
神の国日本だからと、白装束で決死隊を編成して突撃しました。
敵から見ると兵士がここにいると示しているようなものです。
それを決定したのは、無能な伊地知参謀でした。
その無謀な参謀に従ったのが乃木将軍でした。
そこを打開したのが大山巌と言われています。
参謀を叱ったそうです。
「戦場からかけ離れた安全な場所にいて、何が参謀だ」と。
突撃を止めさせて、長距離法を日本から移して203高地を奪回して、旅順港に停泊していたロシア艦隊を撃破し、バルチック艦隊との決戦を支援しました。
多くの若者を尊い命を無駄にしました。
(司馬遼太郎氏の本より)