幸せに生きる(笑顔のレシピ) & ロゴセラピー 

幸せに生きるには幸せな考え方をすること 笑顔のレシピは自分が創ることだと思います。笑顔が周りを幸せにし自分も幸せに!

阿川佐和子さん「サワコの朝 宮本亜門さん」 "引きこもりがあったから演出家に”

2016-11-12 08:06:44 | 生き方/考え方
23年前、軽やかに踊っていた演出家。日曜日も仕事をやっているので曜日の感覚がない。落ち着きがない。

いつみても、あんなに元気なんだろう。いつまでも少年らしい。もうすぐ還暦。
いつも舞台のヒントを参考にしている。
1958年生まれ。29歳演出家デビュー。1993年ネスカフェのCMで一躍有名に。
115本の演出。NYブロードウエィに日本人初進出。東京オリンピックの紹介のイベントを演出。宮本亜門の何がすごいのかを、サワコさんがズバッと。

東京五輪の始動イベントを演出。
東京五輪開会式の演出家は誰に。宮本亜門さんは候補者の8位。
宮本亜門は興味がある。

1曲目「銀座の恋の物語」。生まれ育った「銀座」を想う曲。
実家の喫茶店が銀座にあった。
銀座が原点。赤ちゃんの時新橋演舞前。母はSKD。実家は新橋演舞前の喫茶店。

高校生で引きこもりしていた。日舞、茶道を小さい時から習っていて、だんだん友達と疎遠になった。学校生活になじめなかった。今でもあの時は嫌な時代。引きこもっていた時、レコード10枚しかなかったけど、ずっと聞いていた。引きこもりがあったら演出家になった。演出家になってみたかったから、ダンスを習った。自分の役割終わってからもずっと残って演出家の様子を見ていた。役者さんが拍手されていた時、ぞくぞくする。
ベテランも値を上げる演出家。中村メイコさんの楽屋に行ったら小堺さんが来て「大変だった」と。俳優の限界まで要求している。その俳優さんの持っているものをとことんまで発揮させたいと思っている。

NYのブロードウエィ。トニー賞4部門ノミネートされたのはアジア人として初めて。
その時に「おまえはいつかつぶれる」と言われた。「お前は皆の意見を聞いていない」。日本では演出家が先ず言ったことをやっていた。それから、皆から聞くようにしたら、皆からとめどもなく意見が出てきた。海外では稽古で日本の常識が通じない。
武田真治さんと市村、大竹しのぶさん。俳優が芝居に悩んだ時に。武田真治さんが出てこない。その役をやりたくなかった。2時間くらい話した。もう一回やってみます。「僕を怒鳴ってください。怒鳴られるとその通りやっていればよいから」と言った。「絶対怒鳴らないからね」と伝えた。自分だけが正しいと思う薄っぺらい人間になりたくない。
「愛しています」と言ってください。自分が浮気をしていて家に帰って夫に「愛しています」と言ってください。このようにどんどん変わっていく。
オペラの演出に迷い。消しゴム100個用意して台本に新しく書き込んで貰った。
ベテランの人で聞かない人。「あなたの言うことは聞かない」とか自宅にFAXで呪いの文書が来たことがあったり。配慮はするけど遠慮はしない。諦めない。
9.11 タイに行った。タイでタクシーが事故。目が覚めたら、頭が割れていて頭を手術で縫っていた。麻酔なしで。針が入るたびに身体が動いた。こんな割れ方は珍しいと言われた。

槇原敬之さんの歌「Circle of Rainbow」愛犬とのテーマ曲。戌年生まれ。愛犬が死んだときに自分が生まれた。父から「お前は犬の生まれ変わり」と言われた。今も犬と一緒に寝ている。愛犬と一緒にいるときが幸せ。変ですか?
外国のミュージカルから日本の伝統に戻ってきている。
たけしさんと二人でオリンピックの演出を。笑

感想
高校生の時に引きこもっていたそうです。
何がきっかけになるかわかりません。
ネガティブなことが、実は大きなきっかけになるかどうか。
その時をどう過ごし、それをどう生かすかなのでしょう。

「重荷を背負った時、足跡は強く刻まれる」との言葉があります。