観自在菩薩冥應集、連體。巻1/6・1/15
観自在菩薩冥應集 連體(寛永元年(1624))
予少年より深く救世の悲願を憑み闡提の利益を仰ぐ。曽って普門品を講ずること六回、地蔵經を談ずること七回、地蔵の験記すでに周備せり。常に歎くらく我が日本国は観音垂迹の州にして靈應の多き事支那竺乾にも譲らず。而も記録の大成なきことむしろ震多摩抳を徒に塵堆に埋むにあらずや。今齢不惑に踰て百病身に迫り運否塞ぐに膺(あた)って万事心を痛ましむ。是を以て深く幽谷に蔵し、つらつら往日を憶ふに恐るるに似たれども恣に三業の重罪を犯し羞と雖も動もすれば十善の制禁に背く。瑜伽の壇上には観錬の月くもりやすく、賛仰の窓の前に智炬の光褰(かかげ)難し。しかのみならず、佛を侮り師を侮る。既に最後断種の人と成り、法を慢じ僧を慢ず。越三昧耶の罪をいかんともすることなし。然れば則ち三途の鐵網には定めて一目の網に罹んぬべし。九品の蓮臺には殆ど下品の臺にも生れ難きものなり。嗚呼悲哉死出の山相伴ふに人なく、冥路の旅、裹み持つに糧なし。檀荼憧(檀拏幢は棒の先に蓮台があり、その上に男女の頭が乗っている。閻魔のシンボルで、刑罰を意味する)の怒りをば誰を頼んでか能く宥め、浄玻璃の影をば何を以てか揜(おお)ふべきや。若し二尊の大悲代受苦の誓、能為作依怙(能く為に依枯となる)の力を仰ぐにあらずんばいかでか閻王の憲法を枉げ、獄卒の杖捶(つえ・むち)を免るる事を得ん。是に依りて流るる涙を硯の海に湛へ、濃やかに磨墨の江の濱の真砂の数量を書き集めして置く水茎の跡、文見ては津の國の浪華の言の善悪を人の嘲る事もやと、思ひながらの柱立し、誓の捨てがたく巻重なりて、六つ七つ八葉の心蓮を開かしめたまへと。名けて冥應集と云ふ。伏して冀はくは大士微志を照覧して哀愍加護し、敢えて望むらくは後賢小願を矜察して謬を正しついで集め給へと云事しかなり。
時に寛永元年(1624)甲申四月十八日河州錦部郡清水村(河内長野市)玉井山(地蔵寺、連體が再建)乞士如連體本浄書
観自在菩薩冥應集第一
目録
一観自在菩薩本説の事。附たり援引の書物
二六観音八大観音の事。附たり名号に多種あること。
三梵号翻名等の事。
四観音四重秘釈の事。
五観音は娑婆有縁、殊に日本有縁の事。
六内侍所の事。
七聖徳太子は即観音なる事。
八河内國藤井寺の事。
九同國通法寺観音の事。
十軍塁に飛泉沸出並に壺井八幡宮の事。
十一八幡太郎殿観音の御利益を蒙玉ふ事。
十二楠木正成観音の御利益を蒙玉ふ事。
十三同國観心寺の縁起並びに如意輪霊験の事。
十四同寺役行者の靈像不思議の事。
十五紀州の童女三十三所巡礼不思議の事。
一観自在菩薩本説の事。
悲華經(阿弥陀仏や阿閦仏等の浄土を選び取る諸仏に対して,穢土成仏を誓う釈迦仏の優位を宣説する経典。そこに説かれる釈迦の五百誓願とは,釈迦仏がはるか過去世に宝海というバラモンとして生まれた際にたてた誓願である)。観音授記經(観世音簿菩薩が阿弥陀仏の入滅後その位処を補う事を説く)。法華経。観無量壽經(罪障深くても南無阿弥陀仏と唱えれば極楽往生できると説く)。無量壽經(ある国王が出家して放法蔵比丘となり阿弥陀仏となって西方に浄土を構え衆生を救う誓願を立てたと説く)。大阿弥陀経(漢訳無量壽經四本を合にゅうしたもの)。阿弥陀経(西方に阿弥陀仏が説法している極楽浄土があり、そこへ往生するためには名号を執持せよと説く)。
無量清浄平等覚經(大阿弥陀経の異譯の一)。観音懺悔經。大寶積經(大乗経典120巻)十七十八。以上十部顕経現に蔵本あり。
観世音菩薩行法經(観音経のこと)。観世音観経(一巻。宋沮渠京聲譯。缺。)観世音菩薩受記經(一巻、宋曇無竭譯。佛が鹿野園にて華徳蔵菩薩の問に答えて如幻三昧を説き、西方安楽世界の観音勢至二菩薩が此の地に来詣し給うと説く)。観世音成仏経(一巻、缺)。観世音三昧經(此の経典を七日七夜読誦すれば苦を離れ常妙國土に往生)。高王観世音経(観音菩薩等への帰依、千遍読誦すれば罪障消滅と説く)。観世音十大願經(一巻。偽經。)。観音三昧經(観世音三昧經)。大乗蓮華馬頭羅利經一巻(偽經)。観世音詠託生經(一巻。偽經)。須弥四域經(失經)。新観世音経(一巻。偽經)。日蔵観世音経(一巻。偽經)。観世音施珠寶經。観音無畏論(一巻。偽經)。已上十五部は開元録(唐の智昇作成の翻訳仏典の総合目録。20巻)に載せたり。黄檗の蔵經にはなし。録の中にも疑惑再詳録又は疑妄乱真録(開元釈經録の巻十八は旧目録に入蔵されているが偽経と疑われる経典(疑經)と中国で撰述された偽經の目録を載せる)に載せあり。観音三昧經(此の経典を七日七夜読誦すれば苦を離れ常妙國土に往生)弘誓海慧經は天台大師も用ひ玉へり。
大日經。同經疏二十巻。胎蔵広大儀軌。金剛頂經。金剛頂瑜伽略出念誦經。十八會指歸(金剛頂經の総目録)。分別聖位經(三十六尊出現の理趣、三十七尊の加持功徳)。三十七尊出生義(金剛界三十七尊出生、頂上三昧、密教付法)。瑜祇經(金界胎界両部不二を説く)。理趣釈經(理趣経を釋するに十八会を以てし各段に曼荼羅を説く)。陀羅尼集經(諸佛菩薩の陀羅尼の功徳を説く)。金光明最勝王經(空思想を根本に正法をも以て国王が国を統治すれば諸天善神が国を護るとする)。大佛頂首楞厳経(白傘蓋陀羅尼と禅定の功徳を説く)。大乗八大曼荼羅經(八大菩薩曼荼羅經の異經)。八菩薩四弘誓呪經。八名普密陀羅尼經(はちみょうふみつ。金剛手菩薩の為に八名普密神呪を説く)。瑜伽大教王經五巻(大遍照金剛如来が瑜伽大教王經三昧曼荼羅及び幢像法・観想法・摂受弟子法等の法を説く)。佛説大教王經三十巻(金剛頂經のこと、五相成身観を説く。金剛界曼荼羅の本)。秘密三昧大教王經四巻(金剛手菩薩、金剛界大曼荼羅・金剛降三世曼荼羅・三十三天現集會曼荼羅等の秘密法を説く)。最上秘密大教王經七。無二平等大教王經六巻(金剛頂経第十六會の無二平等瑜伽の別部)。観世音菩薩秘密蔵神呪經。瑜伽蓮華部念誦法(不空譯。大師等将来。蓮華部の通法)。大集須弥蔵經(大集經の須弥蔵分)。種々雑呪經。呪五種經(玄奘訳、大師招来。観自在菩薩心呪等の五種の真言陀羅尼を説く)。観自在菩薩三世最勝王心明王經一巻。方廣儀軌観自在菩薩三世最勝心明王經三巻(不空譯。大師等請来。阿弥陀中心の観音曼荼羅・真言等を説く)。降三世大會観自在菩薩説心陀羅尼經。大教王經聖観自在菩薩念誦儀軌經。観自在大悲成就瑜伽蓮華部念誦法門。消除一切閃電障難随求如意陀羅尼經(一巻、施護譯。雑密。除障法を説く。佛が四方電神、観音、金剛手等の呪を説く)。佛説如意摩尼陀羅尼經(一巻、施護譯。雑密。雷除を説く)。千転陀羅尼観世音菩薩呪經(一巻、智通譯、玄奘訳の「能滅衆罪千転陀羅尼經」の異譯)。佛説七倶胝仏母准提大明陀羅尼經(准提陀羅尼と受持の功徳を説く七倶胝仏母心大准提陀羅尼經の異譯)。七倶胝仏母所説准提陀羅尼經(上に同じく准提陀羅尼と受持の功徳を説く七倶胝仏母心大准提陀羅尼經の異譯)。佛説持明蔵瑜伽大教尊那菩薩大明成就儀軌經四巻(趙宋の法賢訳。尊那菩薩の観想・画像・曼荼羅・護摩等を説く)。清浄観世音菩薩普賢陀羅尼經(一巻、智通譯。普賢及び観音法)。聖観世音菩薩一百八名經(一巻、宋の天息災譯。佛が聖観自在菩薩一百八名秘密呪を宣説し受持すれば無量の福を得、命終して極楽往生と説く)。観世音陀羅經。佛説観世音菩薩梵讃。讃観世音菩薩頌。大梵天経観世音擇地法。観世音天厨劫粒法。観自在菩薩一印念誦法(一巻、不空譯。)。観世音菩薩普賢陀羅尼經(一巻、不空譯。聖観音法の一。佛霊鷲山にあり観世音菩薩は金剛曼荼羅三昧に入り月上如来より受得せる普賢陀羅尼を説きその功徳を説く。)。観世音菩薩母陀羅尼經。観自在菩薩修習三摩地法。千眼千臂観世音菩薩陀羅尼神呪法(二巻、智通譯。千眼観世音菩薩姥陀羅尼身經の異譯)。千手千眼観世音菩薩姥陀羅尼身經(一巻、菩提流志譯。千手法を説く)。千手千眼観世音菩薩広大円満無碍大悲心陀羅尼經(一巻、金剛智譯。千手法。陀羅尼のみを説く)。金剛頂瑜伽千手千眼観自在菩薩修行儀軌經(一巻、不空譯。大師等請来。千手観音の金剛界立念誦法)。大悲心陀羅尼修行念誦略儀(一巻、不空譯。千手陀羅尼の念誦法)。十一面観自在菩薩心密言念誦儀軌經三巻(三巻、不空譯。大師等請来。十一面観音の本軌)。十一面神呪心経(一巻。不空譯。雑密。十一面法)。仏説十一面観世音菩薩神呪経(一巻。阿地瞿多譯。雑密。十一面法)。不空羂索神變真言經丗巻(丗巻。菩提流志譯。雑密。不空羂索法の完成形)。不空羂索心呪王經三巻。佛説不空羂索呪經。不空羂索陀羅尼經二巻。不空羂索呪心經(一巻。菩提流志譯。不空羂索神呪心經の異譯)。不空羂索神呪心經(一巻。玄奘訳。不空羂索神變真言經丗巻の内の第一巻の別譯)。聖観自在菩薩不空王秘密心陀羅尼經。観自在菩薩如意輪念誦儀軌(四度加行の如意輪法次第の原本)。観自在菩薩如意心陀羅尼經(一巻)。観世音菩薩如意摩尼陀羅尼經(一巻。唐、寶思惟譯。如意法を説く。如意輪陀羅尼經等の異譯)。観世音菩薩無障碍如意輪陀羅尼蔵義經。如意輪陀羅尼經(一巻、菩提流志譯。如意輪観音の印明・壇法・護摩法と説き十品)。如意輪観門義往秘訣(一巻。恵果作。如意輪菩薩の心中真言・根本真言の字義及び讃頌)。如意輪要略法。観自在如意輪瑜伽(一巻。不空譯。観自在如意輪瑜伽念誦法に欠けている点を補う。)。都表如意輪瑜伽(都表如意摩尼転輪聖王念誦秘密最要略法。一巻。唐解脱獅子譯。観世音菩薩の念誦法護摩法を普通の念誦法次第の順に説いた)。阿利多羅阿魯力經(一巻。不空譯。多羅観音の経軌。観世音菩薩が佛に蓮華部心の真言、造塔功徳、観世音の畫像法等を述べる)。佛説如意輪蓮華心如来修行観門儀(一巻。宋の慈賢訳。如意輪観音の修法)。佛説大方廣曼殊室利經観自在多羅菩薩儀軌經(一巻。不空譯。大師等請来。四品より成る。第一、観自在菩薩授記品。第二、多羅菩薩経曼荼羅品。第三、多羅菩薩画像法。第四、多羅菩薩第三画像品)。観世音多利心呪經(一巻、智通譯。観自在菩薩随心呪經のこと。観自在菩薩が阿利多利心呪根本及び印壇法を説く)。蓮華部多利心菩薩念誦法(一巻。跋羅菩提集撰。恵運請来。多利心菩薩の念誦法)。讃揚聖徳多羅菩薩百八名經(一巻。宋の天息災譯。多羅菩薩の百八名讃と受持功徳を説く)。佛説聖多羅菩薩経。聖多羅菩薩梵讃。観自在菩薩多羅瑜伽念誦法(一巻。不空譯。円仁恵運の請来。金剛頂多羅菩薩念誦法。多羅菩薩を召請して供養する次第を説く。)。聖多羅菩薩一百八名陀羅尼經。請観世音菩薩消伏毒害陀羅尼經。六字大陀羅尼呪經(一巻。失訳。佛が阿難の女に呪縛されたときに授けたのが六字大陀羅尼)。六字呪王經(失譯。六字神呪王經の異譯)。六字神呪王經(失譯。六字經法の本軌。旋陀羅女が阿難を魅惑するが釈迦が呪を説きて阿難を救う)。六字神呪經(一巻。菩提流志拓訳。文殊の六字呪の功徳、文殊画像法、呪詛法)。六字法(六字經法。六字神呪經、請観音経によりて調伏・息災の為に修する法。六字とは六観音の名字)。葉衣観自在菩薩経(一巻。大師等請来。葉衣観音の本軌)。佛説一髻尊陀羅尼經(一巻。大師等請来。一髻羅刹法。)。毗倶胝菩薩一百八名經(一巻。趙宋の法天譯、毗倶胝菩薩の一百八名秘密真言と功徳)。佛説栴檀香身陀羅尼經(一巻。趙宋の法賢訳。栴檀香身という陀羅尼と功徳)。香王菩薩陀羅尼呪經(一巻。義浄譯。香王法)。金剛頂青頸(しょうけい)大悲王観自在念誦儀軌(一巻。金剛智譯。青頸観音の供養法の本軌。)
已上一百八部は密経なり。或は観音の因位の行願を説き、或は内証三昧秘密修行の要、印形、真言、拓地、造壇と息災と増益と敬愛と降伏と滅罪と鉤召と入壇灌頂と治國安民との種々の方法を説けり。此の中に梵本は同にして異譯なるもあり。或は名のみありて本失せるもあり。其の餘の諸大乗経・経経の中に観音の列衆に漏玉ふこともなく多くは対告衆とし玉へり。秘密儀軌、軌軌の中に皆観音の印明を説き、曼荼羅の中に必ず尊像を列ねたり。今出す所は予が寡聞の及ぶ所の一二なるのみ。又近代新渡の書に観音全書と題せるものあり。一帙廿巻ばかりなるべし。大蔵経の中に説く所の観音の事を皆集めて大成せり。世に稀有の書なれば予も其の帙ならが見たるばかりにて中の事は傳へ聞しのみなり。冀はくは可畏其の本を得て梓行したまへ。
晋の謝敷が観音応現傳。斉の陸果が続応現傳。唐の道宣の三宝感通傳。大唐西域記。法苑珠林。三宝感応録。高僧傳。続高僧傳。宋高僧傳。明高僧傳。佛祖統紀。佛祖通載。冥祥記。捜神記。酉陽雑俎。太平廣記。観音持験記。観音全書。勧善書。夷堅志(南宋の洪邁編の怪奇小説集)。
已上廿部天竺並びに支那國に観音の霊験ありしを記せり。支那には観音の利益甚だ多し。故に古事を記せる書には必ず観音の事を載たり。應験傳は天台の疏に引くといへども(觀音義疏「次約證者。晋世謝敷作觀世音應驗傳。齊陸杲又續之。其傳云。竺長舒晋元康年中於洛陽爲延火所及。草屋下風豈有免理。一心稱名風迴火轉隣舍而滅。郷里淺見謂爲自爾。因風燥日。擲火燒之。三擲三滅。即叩頭懺謝。法力於魯郡起精舍。於上谷乞得一車麻。於空野遇火 法力疲極小臥。比覺火勢已及。因擧聲稱
觀。未得稱世音應聲火滅。・・。」)今は亡びて無し。持験記二巻に古今の感応を記せり。又観音菩薩傳といふものあり。唐人の偽作にして信ずるに足らず。今此の冥應集には天竺真丹の事をば載せず。日本古今の靈應を集めて大成せんと欲す。然れども寡聞浅識なれば漏脱定めて多からん。冀はくは後の君子普く大士の霊験を収録し玉へ。
援引の書目
類聚国史。日本霊異記。元亨釈書。日本往生極楽記。都率上生録。和論語。古今著聞集。寶物集。今昔物語。撰集抄。沙石集。宇治拾遺物語。前太平記。保元平治物語。源平盛衰記。北条九代記。太平記。長明発心集。長谷寺霊験記。異国襲来記。観音靈験記。観音新験録。七観音鼓吹。地蔵靈験記。地蔵利生記。地蔵利益集。古事因縁集。因果物語。通念集。為愚痴物語。鎌倉志。泉州志。四国遍路道指南。
已上三十三部は皆観音感応の事を載せたり。此の外、諸寺諸山の縁起𦾔記等は別に挙げず。和国には殊に霊験多しと雖も古人筆記することなきが故に傳こと希なり。予常に之を歎くが故に今固陋を忘れて収録するものなり。