福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

「覚り」の感じが掴めつつある気がしました

2013-10-19 | 法話
今朝も引き続き「佛眼佛母法」を修しましたが、修法中は意識が散乱して昨日の様ないい行には程遠いものになりました。しかし行が終わって般若心経を唱えているとき、「不生不滅」「不垢不浄」「不増不減」「無老死」「無老死尽」のところで昨日と同じように「大いなる心」に思い至りました。いままではどうも理屈でしかこのあたりが納得できていなかったのですが、今回は身体で感じることができたきがしました。自分のもとは「大いなる心」ですからそこに帰れば「不生不滅」「不垢不浄」「不増不減」「無老死」「無老死尽」なのでした。「大いなる心」は自分を含むすべてをふくんでいるのですから「不生不滅」「不垢不浄」「不増不減」「無老死」「無老死尽」なのです。禅の見性体験でいう「天地いっぱいの我」「萬物と我と同根」なのでした。そしてこれがお大師様の「弁顕密二教論」でおしゃっている「最奥の神秘のこころ」で「衆生の心」でもある「一一識心」なのだとおもいました。すまわち「大いなる心」は「仏様」であり「衆生の心」でもあり「われわれ一人ひとりの最奥の神秘のこころ」でもあるのでした。なんのことはないすべては一つで一緒だったのです。いつもお参りする護国寺の入り口に「天風会」がありますが中村天風も同じようなこと(各自が「宇宙の大霊」につながれば運は拓ける・・)を言っているようです。
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