「仏法をあがめ、心を正直にもつ人は、今生も素直に、後生も極楽にまいり、親のよきには、子も天下にめしいださるゝ事おほし。我が力にあらず。神仏の加護し給ふゆへなり。・・親の良き子はその身の心ならで人に知られ諸人芳心の気あり。されば子孫はんじゃう、何事かこれにしかむ。仏法さかんなれば万法さかんなり、末の世に仏法を本とせむ人、子孫つぎにやなるべしと申し候事あるべし。仏神は人をわろかれと思ひたまふべからず。天魔は人をよかれとおもふべからず。しかれば善事・悪事につきて、子孫繁盛また絶えぬべし。古き言葉にも「寸善尺魔」と申すことあり。能々心得て物に妨げられたまふべからず。(仏法を尊び正直に生きる人は此の世・後の世ともに安楽である。子供も出世する。それは神仏のご加護があるからである。親が良ければ子も繁盛する。仏法が盛んになればすべてが盛んになる。神仏は人々を助けようとするが天魔は人を邪魔する。善事・悪事により子孫が繁栄・没落するのである。「良いことは少ない、悪いことは多い」ともいわれる所以である。こころを惑わせられないようにせよ。)
「極楽寺殿御消息・北条重時」(北条重時は泰時の弟、連署となり執権・時頼を補佐する。極楽寺を創建し忍性を迎え開基とする。自身も出家し「観覚」と号す。仏教への篤い信仰を基として儒教精神や武士の質実剛健さ等を説いたその思想は、江戸時代まで広く国民各層の意識に影響を与えたとされる。)
山岡鉄舟は「金を積んでもって子孫に遺す。子孫いまだ必ずしも守らず。書を積んでもって子孫に遺す。子孫いまだ必ずしも読まず。陰徳を冥々の中に積むにしかず。もって子孫長久の計となす。」と喝破しました。
当方が見ていても親の遺徳がなければとてもあそこまでは行けまいと思えるような人ばかりです。親が町医者で人助を重ねていたので役人で出世した人。又、先日テレビを見ているとビートたけし氏の親の話が出ていて、父親は人に奢ってばかりいて家は火の車だったといっていましたが、その余徳でたけし氏が成功できたのだと思います。見ているとそれほど徳のない本人だけの力であそこまで成功できるとはとても思えません。
自分自身の事で恐縮ですが当方も父が「今良寛」といわれるほどお人好しで厳しい檀家達には苦労しても、気の毒な家からは一切御布施も受け取らなったような住職でしたから寺族は大変でしたが結果として係累は今安泰に過ごせています。