福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

佛説觀佛三昧海經、卷第十念七佛品

2020-11-08 | 諸経

バーミヤン等の巨大佛はこのお経の影響とも言われています。巨大な仏を見ると滅罪生善の功徳があるといいます。

佛説觀佛三昧海經(東晋天竺三藏佛陀跋陀羅譯)、卷第十念七佛品第十

佛告阿難。若し衆生ありて像を觀じて心に成すならば、次に當に復た過去七佛像 (毘婆尸仏; 尸棄仏; 毘舎浮仏; 倶留孫仏; 倶那含牟尼仏; 迦葉仏; 釈迦仏)を観ぜよ。七佛を観ずるには當に勤めて精進して晝夜六時に六法を勤行せよ。端坐して正受當樂少語なれ。除かに経を讀誦し、法教を廣演し終に無義の語を宣説するなかれ。常に諸仏を念じ心心相續せよ。乃至一念の間も仏を見ざる時あることなかれ。心專精の故に佛日離れず。

・過去久遠に佛世尊有り、

・名けて毘婆尸佛となす。身高顯長六十由旬。其佛の圓光百二十由旬。身紫金色八萬四千相。一一相中八萬四千好。一一好中に無數の金光あり。一一光中に恒沙の化佛有り。一一化佛に恒沙色光あり。一一光中に無數の諸天・聲聞・比丘・菩薩大衆あり。以って侍者となす。人人各一大寶華を持す。華上に皆な百千億寶摩尼網豔(もうえん・艶やかな網)あり、網豔相次いで高さ百千丈、以って佛光となす。是時佛身益更に明顯なり。百千の日の如く紫金山を照らす。光明豔起し化佛無數なり。一一の化佛は猶百億の日月が倶に出たるが如し。行者をして見せしむべし。毘婆尸佛は偏袒右肩、金色の臂を出して行者の頂を摩して告げて言く、『法子。汝觀佛三昧を行ず。佛を念ずる心を得たるゆえに我來って汝を證す。汝今我眞色身を観ずべし。一一の相に従って次第に之を觀ぜよ。汝當に至心に金剛誓を立てよ。我等先に佛道を行ずる時、汝と異ことなし。爾時、毘婆尸佛行人を慰已って、即時に大寶蓮華の須彌山の如くなるを化作す。佛は華上に結加趺坐して行者のために念佛念法を説き、及び百億旋陀羅尼を説く。行者見已って歡喜を倍加し、彼佛を敬禮。彼佛告曰。若し衆生ありて我名を聞く者、我を禮拜する者は五百億劫の生死の罪を除却す。汝今我が諸障を消除するを見、無量億旋陀羅尼を得、未來世において當に佛となることを得るべし。佛に阿難につげたまう。爾時、行者は毘婆尸を見、心歡喜の故に、我と六佛、其人前に現ず。上座は毘婆尸。此法子の為に念佛三昧を説く。

・尸棄世尊は身長四十二由旬。身紫金色。圓光四十五由旬。通身に光明一百由旬なり。其光網中に無數化佛及び諸菩薩聲聞大衆、諸天眷屬以ってために圍遶し佛後に隨從し右旋宛轉す。是時、行者は尸棄佛を見て復更に無量百千陀羅尼門を増益し、復更に百千無數化佛に増廣得見し、未來
世過算數劫において、其中間において諸佛世尊に恒得値遇し、菩薩の家に生ず。是語を説く時、復た無數百千天子あり。是事を聞き已って佛色身端嚴微妙なるを見て同時に皆、三菩提心を發し、

・毘舍世尊は擧身より光を放ち行者の前に住す。佛身長三十二由旬。圓光四十二由旬。通身光六十二由旬。身紫金色光明威相前の如く異ならず。此佛を見已って復た更に諸陀羅尼三昧門を増進し、未來世において必定して疑いなく諸佛家に生ず。

・拘留孫佛は亦た光明を放って行者前に住す。其佛身長二十五由旬。圓光三十二由旬。通身光五十由旬。相好具足し紫金山の如し。此佛を見る者は常に淨國に生まれ胞胎を処せず(輪廻の迷いの生存をくりかえす胎生をとらないの意)。臨命終時には諸佛世尊、必ず來迎接す。

・拘那含牟尼佛は大光明を放って行者前に住す。其佛身長二十由旬。圓光三十由旬。擧身光長四十由旬。光相具足。此佛を見る者は、百億諸三昧
門無數陀羅尼を即得す。若し出定時には常に諸佛現前三昧を得る。如此の三昧の證明行者を諸佛現前三昧者と名ける所以は、此三昧を得れば、出定入定行住坐臥に恒に一切諸佛を覩見することを得るなり。妙色身を以て其人の前に現ず。

・迦葉世尊は大光明を放って其人の前に住す。佛長十六丈。身は紫金色にして相好具足す。此佛を見る者は寂滅光無言相三昧を得、未來世において大空三昧海中に恒住す。

・釋迦牟尼佛の身長は丈六。紫金光を放って行者の前に住す。(以上過去七佛

(以下の弥勒菩薩は未来佛で56億7千万年後の未来にこの世界に現われ、人々を救済するとされる。)

・彌勒世尊の身長十六丈。如是の諸佛は各の普現色身三昧に入り其人の前に現れ、其の行者の心に歡喜を得せしむ。歡喜を以ての故に是の諸化佛は各の右手を伸ばして行者の頂を摩す。七佛を見已って彌勒を見る。彌勒を見已って賢劫の菩薩一一次第に各の光明を放って行者の前に住るを見る。時に千菩薩各各讃歎し念佛三昧なり。及爲行者説諸菩薩性説諸菩薩解脱説諸菩薩慧。是を名けて觀像により心に念佛三昧を得るとなす。

佛告阿難。佛滅度の後は、諸弟子よ、如是に觀ずる者を是れ正觀と名く。若し異觀を為す者を名て邪觀となす。此三昧を修する者は、雖へ煩惱を具すといえども煩惱之所使とならざる也。是の念佛三昧力をもっての故に、十方諸佛は大光明を放って其人の前に現じ、光明無比にして三界特尊なり。佛説是語已って時に梵天王復た更に勸請し、佛世尊に十方佛住行者前光明色相を説くことを願う。

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