大毘盧遮那成仏神変加持経
大唐天竺三藏善無畏共沙門一行譯
入眞言門住心品第一
「如是我聞。一時薄伽梵。如來加持廣大金剛法界宮に住し給う。一切持金剛者、皆な悉く集會せり。如來の信解遊戲神變の生ずる大樓閣寶王は高くして中邊無し。諸の大妙寶王を以て種種に間飾せり。菩薩の身を以て師子座となす。其の金剛を名ずけて虚空無垢執金剛・虚空遊歩執金剛・虚空生執金剛・被雜色衣執金剛・善行歩執金剛・住一切法平等執金剛・哀愍無量衆生界執金剛・那羅延力執金剛・大那羅延力執金剛・妙執金剛・勝迅執金剛・無垢執金剛・刃迅執金剛・如來甲執金剛・如來句生執金剛・住無戲論執金剛・如來十力生執金剛・無
垢眼執金剛・金剛手祕密主という。如是を上首として十佛刹微塵數等も持金剛衆と倶なり。及び普賢菩薩・慈氏菩薩・妙吉祥菩薩・除一切蓋障菩薩等の諸大菩薩は前後に圍繞して而も法を演説したまう。所謂る三時を超えたる如來の日の加持の故に、身語意平等句の法門なり(過去現在未来の三時をこえた無限の時に如来の加持が加えられて衆生と仏の身口意が一致し衆生を再度するという法門が演説されたのである)。時に彼の菩薩には普賢を上首となし、諸執金剛には祕密主を上首と為す。毘盧遮那如來の加持の故に、身無盡莊嚴藏を奮迅示現し、是の如く語意平等無盡莊嚴藏を奮迅示現し給う。毘盧遮那佛の身、或いは語、或は意より生ずるにあらず。一切處に起滅邊際不可得なり。而も毘盧遮那の一切身業・一切語業・一切意業は一切處一切時に有情界において眞言道句の法を宣説し給う。又た執金剛普賢蓮華手菩薩等の像貌を現じて普く十方において眞言道清淨句法を宣説したまう。所謂る初發心より乃し十地に至るまで次第に此の生に滿足す(毘盧遮那仏が説法されたおかげで、行者は初発心より即身成仏に到るまで修行を積み重ねて満足する生涯を送れることができる)。縁業生増長する有情類の業壽の種を除いて復た牙種生起することあり(悪い種が除かれて仏種が芽生える)。
爾時、執金剛祕密主、彼の衆會の中において坐して佛に白して言さく、「世尊、云何が如來應供正遍知、一切智智を得たまう。彼の一切智智を得て無量衆生のために廣演分布し種種の趣、種種の性欲に随って種種の方便道をもって一切智智を宣説し給う。或は聲聞乘道、或は縁覺乘道、或は大乘道、或は五通智道、或は願って天に生じ、或は人中及び龍夜叉乾闥婆に生じ、乃至摩睺羅伽に生ずる法を説き給う。若し衆生有って應に佛をもって度すべき者には即ち佛身を現じ、或は聲聞身を現じ、或は縁覺身を現じ、或は菩薩身、或は梵天身、或は那羅延毘沙門身、乃至摩睺羅伽人等の身を以て、各各に彼の言音に同じ、種種の威儀に住し給う。而も此の一切智智の道は一味なり。所謂、如來の解脱味なり。世尊よ、譬えば虚空界の一切分別を離れて分別もなく無分別もなきがごとく、是の如く一切智智も一切の分別を離れ、分別も無く無分別も無し。世尊よ、譬えば大地が一切衆生の依たるが如く、是の如く一切智智も天人阿脩羅の依なり。世尊よ、譬えば火界が一切薪を焼くに無厭足の如く、如是の如く、一切智智も一切無智の薪を焼くに厭足無し。世尊よ譬えば風界の一切塵を除くがごとく、是の如く一切智智も一切諸煩惱塵を除去す。世尊よ喩えば水界の一切衆生は之によりて歡樂するがごとく、是の如く一切智智も諸天世人の利樂を為す。世尊よ是の如くの智慧は何を以てか因と為し、云何が根となし、云何が究竟と為すや」。是の如く説已って、毘盧遮那佛は持金剛祕密主に告げて言はく、「善哉善哉、執金剛よ。善哉、金剛手よ。汝吾に如是の義を問う。汝當に諦聽し極めて善く作意すべし。吾今これを説かん」。金
剛手の言さく、「如是なり、世尊よ願樂はくは聞かんと欲す」。佛言はく、「菩提心を爲
因と為し、悲を根本と為し、方便を究竟と為す。祕密主よ云何が菩提とならば、謂く如實知自心なり。祕密主よ是の阿耨多羅三藐三菩提は乃至し彼の法として少分も得べきこと有ること無し。何を以っての故に。虚空の相は是れ菩提なり。知解の者なく、亦た開曉するものなし。何を以っての故に。菩提は無相なるが故なり。祕密主よ諸法は無相なり。謂く虚空の相なり」。
爾時、金剛手復た佛に白して言さく、「世尊よ、誰か一切智を尋求するや。誰か菩提の為に正覺を成ずる者や。誰か彼の一切智智を發起するや」。佛言はく「祕密主よ。自心に菩提及び一切智を尋求す、何を以っての故に、本性清淨なるが故に、心は内にあらず、外にあらず、及び兩中間にも心不可得なり。祕密主よ如來應正等覺は青にもあらず黄にもあらず赤にもあらず白にもあらず紅紫にもあらず水精色にもあらず、長にあらず短にあらずにあらず圓にあらず方にあらず、明にあらず暗にあらず、男にあらず女にあらず不男女にあらず。祕密主よ心は欲界と同性にあらず色界と同性にあらず無色界と同性にあらず、天龍・夜叉・乾闥婆・阿脩羅・迦樓羅・緊那羅・摩睺羅伽・人趣と同性にあらず。祕密主よ、心は眼界に住せず、耳鼻舌身意界に住せず、見にあらず顯現にあらず。何を以っての故に。性は虚空に同じなれば即ち心に同じなり。性が心に同じなれば、菩提に同じなり。是の如く祕密主よ心
と虚空界と菩提の三種は無二なり。此等は悲を根本と為し方便波羅蜜を滿足す。是の故に祕密主よ、我れ諸法を説くこと如是なり。彼の諸の菩薩衆をして菩提心を清淨ならしめその心を知識せしむなり。祕密主よ若し族姓の男・族姓の女が菩提を識知せんと欲せば、當に是の如く自心を識知すべきなり。祕密主よ云何が自心を知るや。謂く、若しは分段、或は顯
色、或は形色、或は境界、若しは色、若しは受想行識、若しは我、若しは我所、若しは能執、若しは所執、若しは清淨、若しは界、若しは處、乃至一切分段(六道輪廻の世界)の中に求むるに不可得なり。祕密主よ此の菩薩の淨菩提心門を初法明道と名ずく( 自らの心を知る道(浄菩提心門)を最初に真理を明らかにする道即ち初法明道という)。菩薩此に住して修学すれば久しく勤苦せずして便ち除一切蓋障三昧を得るなり。若し此を得る者は則ち諸佛菩薩と同等に住して當に五神通を発し無量語言音陀羅尼を獲べし。衆生の心行を知り諸佛に護持せられ生死に処すといえども染著無く法界衆生のために勞倦を辞せず、住無爲戒(自然に守る戒)を成就し、邪見を離れ正見に通達すべし。復た次に祕密主よ、此の除一切蓋障に住する菩薩は信解力の故に、久しく勤修せずして一切佛法を満足す。祕密主よ要を以てこれを言はば是の善男子善女人は無量の功徳を皆な成就することを得るなり」。
爾時、執金剛祕密主は復た偈をもって佛に問う
「云何が世尊よ此心に菩提が生ずることを説きたまうや。 復た何なる相をもってか 菩提心をおこすことを知るや。願はくは識心と心と勝たる 自然智生ずることを説きたまえ。
大勤勇よ 幾何の 次第あってか心續生するや。心の諸相と時と 願は佛よ廣く開演したまえ。 功徳聚も亦た然り。 及び彼の行を修行する心と心に殊異あると 惟だ大牟尼よ説きたまえ。」(どのようにして凡人に菩提心が芽生えるのですか?菩提心がどのように発生したか、その兆候・経過・姿・進展の時・功徳・修行・前世の業・優れた心(の九句)について世尊よおおしえください、以上を「九句」という)
如是説已。摩訶毘盧遮那世尊は金剛手に告げて言はく。
「 善哉佛眞子 廣大の心をもって利益す
勝上の大乘の句の 心續生の相は
諸佛の大祕密なり 外道は識ることあたわず
我今ま悉く開示せん 一心に應に諦聽すべし
百六十心を越えて 廣大功徳を生ず
其性常堅固なり 知るべし彼れ菩提生なり
無量なること虚空の如し 染汚せずして常住なり
諸法も動ずることあたわず 本來寂にして無相なり
無量智を成就して 正等覺顯現す
供養行を修行して 是より初めて發心す。」
祕密主よ無始生死の愚童凡夫は我名我有に執著して無量の我分を分別す。祕密主よ、若し彼れ我の自性を観ぜざれば、則ち我と我所を生ず。餘は復た時と地等の變化と瑜伽の我と建立の淨と不建立の無淨と若しは自在天と若しは流出と及び時と若しは尊貴と若しは自然と若しは内我と若しは人量と若しは遍嚴と若しは壽者と若しは補特伽羅と若しは識と若しは阿頼耶と知者と見者と能執と所執と内知と外知と社怛梵(さとばん)と意生と儒童と常定生と聲と非聲とありと計す。(もし凡夫が本当の自分の本性をわからなければ「万物の創造主がいる」とか「すべては自然にそうなっている」とか等の30もの誤った考えを持つにいたる)。祕密主よ如是の等の我分は昔以來分別と相應して順理の解脱を希求す。
祕密主よ愚童凡夫類は猶し羝羊の如し。
・或時に一法の想生ずることあり。所謂持齋あり。彼此の少分を思惟して歡喜を發起して數數に修習す。祕密主よ、是れ初の種子の善業の發生するなり。
・復た此をもって因となし、六齋日(8・14・15・23・29日・晦日)において父母男女親戚に施與す。是れ第二の牙種なり。
・復た此施をもって非親識者に授與す。是第三の疱種なり。
・復此施をもって器量高徳者に與う、是第四の葉種なり。
・復此施をもって、歡喜して伎樂人等に授與し、及び尊宿に獻ず、是第五の敷華なり。
・復た此施を以て、親愛心を發してこれを供養す、是れ第六の成果なり。
・復次に祕密主よ、彼れ戒を護って天に生ずるは是れ第七の受用種子(善い行いの結果がさらに良い結果を受用する)なり。
・復次に祕密主よ、此心をもって生死流轉して善友の所に生じ如是の言を聞く、此は是れ天なり大天なり、一切の樂を与える者なり、若し虔誠(けんじょう)に供養すれば一切
所願皆な滿つ。所謂自在天・梵天・那羅延天・商羯羅天・黒天・自在子天・日天・月天・龍尊等及び倶吠濫(くべいら)・毘沙門・釋迦・毘樓博叉(びるばくしゃ広目天のこと)・毘首羯磨天(びしゃかつまてん)・閻魔・閻魔后・梵天后・世の宗奉するところの火天・迦樓羅子天(かるらしてん金翅鳥)・自在天后・波頭摩(はずま、竜王の一)・徳叉迦龍(とくしゃか、竜王の一つ)・和修吉(わしゅきち、竜王の一)。商佉(しょうぎゃ、竜王の一)・羯句啅劍(かっくたくけん、竜王の一)・大蓮(だいれん、竜王の一)・倶里劍(くりけん、竜王の一)・摩訶半尼(まかはんに、夜叉の一)・阿地提婆(あちだいば、神の一)・薩陀難陀(さったなんだ、竜王の一)等の龍や或いは天仙・大圍陀論師なり。各各に、應に善く供養すべしと、彼れ是のごとくなるを聞いて、心に慶悦を懷く、殷重に恭敬し、隨順し修行す。祕密主よ、是を愚童異生の生死流轉無畏依の第八嬰童心と名ずく(おろかな子供にも似た人々が諸天を供養することによって一時の安らぎを得る心を第八嬰童心と名ずける)。
・祕密主よ、復た次に殊勝の行あり。彼の所説中に随って殊勝に住して解脱を求める慧が生ずる。所謂る常・無常・空なり。如是の説に隨順す。祕密主よ、彼は空・非空・常・斷・非有・非無とを知解するにあらず。倶に彼は分別をもって無分別とす。云何が空を分別す、諸空を不知ならば彼は能く涅槃を知るに非ず。是の故に應に空を了知して斷常を離るべし。
爾時、金剛手復た佛に請て言さく、「惟し願はくは世尊よ彼の心を説きたまえ」。是のごとく説き已って、佛、金剛手祕密主に告げて言さく、「祕密主よ諦聽せよ、心相とは謂く、貪心・無貪心・瞋心・慈心・癡心・智心・決定心・疑心・暗心・明心・積聚心・鬪心・諍心・無諍心・天心・阿修羅心・龍心・人心・女心・自在心・商人心・農夫心・河心・陂池心・井心・守護心・慳心・狗心・狸心・迦樓羅心・鼠心・歌詠心・舞心・撃鼓心・室宅心・師子心・鵂;心(くるしん)・烏心・羅刹心・刺心・窟心・風心・水心・火心・泥心・顯色心・板心・迷心・毒藥心・羂索心・械心・雲心・田心・鹽心・剃刀心・須彌等心・海等心・穴等心・受生心なり。(悪行の凡夫が善心を発する時共に生じてくる雑草のような妄心がこれらの六十心)
祕密主よ、
彼云何が貪心なるや、謂く染法に隨順す。
云何が無貪心なるや、謂く無染法に隨順す。
云何が瞋心なるや、謂く怒法に隋順す。
云何が慈心なるや、謂く慈法に隋順し修行す(囚われの慈悲心)。
云何が癡心なるや、謂く隨順して不觀の法を修す。
云何が智心なるや、謂く殊勝増上の法に順修す(世知で判断)。
云何が決定心なるや、謂く尊の教命を如説に奉行す。
云何が疑心なるや、謂く常に不定等の事を收持す(常に疑惑心を持つ)。
云何が闇心なるや、謂く無疑慮の法において疑慮の解を生ずる(疑うべからざる法を疑う)。云何が明心なるや、謂く不疑慮の法において疑慮なくして修行す(教えに対し中道をすぎて過度に信じる)。
云何が積聚心なるや、謂く無量を一となすを性とす(どれもこれも同じとみる)。
云何が鬪心なるや、謂く互相に是非するを性となす(なにかにつけて是非を論ずることを好む)。
云何が諍心なるや、謂く自己において是非を生ずる(自己をあれこれ批判する)。
云何が無諍心なるや、謂く是非を倶に捨つ(是非を判断しない)。
云何が天心なるや、謂く心が念に隨って成就せんと思う(すべて思うがままになると思うこと)。
云何が阿修羅心なるや、謂く生死に処せんと楽う(現世利益におぼれる)。
云何が龍心なるや、謂く廣大資財を思念す(広大な資産を手に入れたいと願う)。
云何が人心なるや、謂く利他を思念す(自分に良くしてくれた人のみに利益を還付しようと思う)。
云何が女心なるや、謂く欲法に隨順す(欲深い)。
云何が自在心なるや、謂く思惟して我一切意のごとくならんとねがう。
云何が商人心なるや、謂く初には收聚して後には分析する法に順修す(まず多くのものを集めてから始めようとする)。
云何が農夫心なるや、謂く初に廣く聞いて後に求むる法に隨順す(はじめに智者に聞きまくる)。
云何が河心なるや、謂く二邊依因する法に順修す(両極端の考えのどちらにも就く) 。
云何が陂池(ひち)心なるや、謂く渇して厭足なき法に隨順す(欲張る)。
云何が井心なるや、謂く如是に思惟すること深くして復た甚深なり(深くないものを深いと思い込む心)。
云何が守護心なるや、謂く唯だ此心のみ實なり餘心は不實なり(自己防衛に必死で自分の見解に固執する)。
云何が慳心なるや、謂く己がために他に与えざる法に隨順す。
云何が狸心なるや、謂く徐進の法に順修す(狸のようにすぐに修行に移さず恩を返さない)。云何が狗心なるや、謂く少分を得て以って喜足となす。
云何が迦樓羅心なるや、謂く朋黨羽翼の法に隨順す(双翼の鳥のように他者の援助を頼る) 。
云何が鼠心なるや、諸繋縛を断ぜんと思惟す。
云何が舞心なるや、謂く如是法に修行して我れ當に上昇して種種に神變すべし(不思議を現じて衆生を魅了しようと考える)。
云何が撃鼓心なるや、謂く是法に修順して我れ當に撃法鼓すべし(自分が衆生を目ざませるために驚かそうとする)。
云何が室宅心なるや、謂く自ら身を護る法に順修す(戒律を守り自分だけを守ろうとする)。云何が師子心なるや、謂く一切無怯弱の法を修行す(他者を威圧する)。
云何鵂(くる)心なるや。謂く常に暗夜に思念す(夜に修行したがる)。
云何が烏心なるや。謂く一切處に驚怖の思念あり。
云何が羅刹心なるや。謂く善の中において不善を發起す(善行をみて反対に考える)。
云何が刺心なるや。謂く一切處において惡作を發起するを性となす(あらゆる行為を悪行と反省する)。
云何が窟心なるや。謂く窟に入ることをなす法を順修す(洞窟に入って修行したがる) 。云何が風心なるや。謂く一切處に遍じて發起するを性となす(あらゆるところに種をまいて成功しようとする)。
云何が水心なるや。謂く一切の不善を洗濯する法を順修する(本来汚れはないのに水により穢れを払うように常に罪障を取り除くことを望む)。
云何が火心なるや。謂く熾盛の炎熱を性となす(火が自らを焼き苦しむように、自己の苦行に苦しむ)。
云何が顯色心なるや。謂く彼に類するを性となす(周囲に影響される)。
云何が板心なるや。謂く 隨量の法に順修して餘善を捨棄するが故に(浮木の重量制限のように修行を制限する)。
云何が迷心なるや。謂く所執異にし所思も異なる(心が散乱状態にあり意識が逆になっている)。
云何が毒藥心なるや。謂く無生分の法に順修す(毒を飲だ時のように無気力になり無因無果の穴に入りこむ)。
云何が羂索心なるや。謂く一切處に我縛に住するを性となす(因果はないという誤った考えにあらゆるところで凝り固まること)。
云何が械心なるや。謂く二足を止住するを性となす(有・無の両極端にとらわれ縛られている)。
云何が雲心なるや。謂く常に降雨の思念をなす。
云何が田心なるや。謂く常に如是に自身につかえることを修す。
云何が鹽心。謂く所思念する所に彼れ復た増加思念を増加す(思いの上にさらに思いを加える)。
云何が剃刀心なるや。謂く唯し如是に剃除する法に依止す。云何が彌盧等心なるや。謂く常に思惟心高擧なるを性となす。
云何が海等心なるや。謂く常に如是に自身に受用して住す(海が川を集めているようにあらゆる善を他者でなく自分のせいにする考え)。
云何が穴等心なるや。謂く先には決定して彼れ後には復變改するを性となす(最初は真剣に行じても後に怠ける)。
云何が受生心なるや。謂く諸の行業を修習して彼に生ずることあり、心是のごとくなると同性なり。
祕密主よ一二三四五再數すれば凡そ百六十心あり。世間の三妄執を超えて出世間の心生ず。(貪・瞋・痴・慢・疑を二倍にしさらに二倍二倍二倍二倍二倍と五度掛けあわせれば百六十種の世俗的心となる。世間の三妄執(我・法・無明)を超えれば出世間の心が生ずる。)
謂く是のごとく唯蘊無我を解し根・境界に淹留修行し、業煩惱株杌無明の種子の十二因縁を生ずるを抜く。建立の宗等を離れたり。如是の湛寂は、一切外道の知ること能わざる所なり。先に佛、一切の過を離れたりと宣説したまう。
祕密主よ彼の出世間の心が蘊中に住するに如是の慧隨って生ずることあり。若し蘊等において發起して離著するに當に聚沫浮泡芭蕉陽焔幻等を觀察して解脱を得べし(真言行者であれば出世間の心をおこすだけで執着心をのこしていても解脱することがある)。謂く蘊處界・能執・所執は皆な法性を離れたり、是のごとくに寂然界を証する、是を名ずけて出世間
心という。祕密主よ彼れ違順の八心の相續と業煩惱網とを離るるは是れ一劫を超越する瑜祇行なり(真言行者が善心が成熟する過程の世俗的な順世の八心・出世間の違世の八心である業等の相続を離れることができれば、自他の差別をする麤妄執・人は無我だが法ありとする細妄執・人も法もないとする極細妄執のうちの最初の麤妄執を離れることができる)。
復た次に祕密主よ、大乘の行あり。無縁乘の心を発して法に我性無し、何を以っての故に。彼の往昔の如是の修行者の如く蘊の阿頼耶を觀察して自性は幻・陽焔・影・響・旋火輪・乾闥婆城の如しと知る。(真言行者は自性は幻・陽炎・・・の如し法無我であると観察して第二妄執である細妄執を超える)。
祕密主よ、彼れ是のごとく無我を捨つれば心主自在にして自心本不生を覚る。何以故。祕密主よ、心は前後際不可得なるが故に、如是に自心の性を知る。是れ二劫を超越する瑜祇行なり(声聞・縁覚は人無我・法無我を学ぶが真言行者はその人法ともに無我であるので「無我」そのものをも捨て去るのである、だから自己の心も本不生であると覚る、このように覚るのが第二の妄執・細妄執を超える瑜伽の行である。)
復次に祕密主よ、眞言門に菩薩行を修行する諸菩薩は無量無數百千倶胝那多劫に積集する
無量功徳智慧と具に諸行を修する無量の智慧方便を皆悉く成就す。天人世間の歸依するところなり。一切の聲聞・辟支佛地を出過せり。釋提桓因等親近し敬禮す。
所謂、空性は根境を離れ無相無境界にして諸戲論を越えたり。等虚空無邊一切の佛法は此のよって相續して生ず。有爲・無爲界を離れ、諸造作を離れ、眼耳鼻舌身意を離れて、極無自性心を生ず(空の本性は感覚器官感覚対象を離れて虚空のように果てしがない、一切の仏法はこの空より生じ究極の心を生ずる。)
祕密主よ是の如くの初心をば佛は成佛の因と説きたまえり。故に業煩惱において解
脱すれども業煩惱の具依たり。世間宗奉して常に應に供養すべし(初心である浄菩提心が成仏の因であると仏はお説きになった。故にこの菩薩は解脱していても業や煩悩をもっている、しかし世間の人はその菩薩を供養すべきなのである)。
復次に祕密主よ、信解行地には三心を観察す。無量波羅蜜多の慧をもって四攝法(布施、愛語、利行、同事)を観ず。信解地(発心より成仏に至る中間)は無對なり無量なり不思議なり。十心を建立し無邊の智を生ず。
我が一切の諸有の所説は、皆な此によって得。是の故に智者は當に此の一切智の信解地を思惟して、復た一劫を越えて此地に昇住す。此の四分之一に信解を度するなり。(あらゆる教えはこの信解地に達することにより得られたものである。したがって真言行者はこの一切智すなわち信解地に思いをこらし、因・根・究竟の三心と上上方便心に達したとき信解地を度脱して究極の一切智を獲得する。)
爾時執金剛祕密主、佛に白して言さく、「世尊よ、願はくは救世者、心相を演説したまえ、菩薩 幾種の無畏處を得ることやある。」如是説已。摩訶毘盧遮那世尊、金剛手に告げて言はく、「諦聽し極善思念せよ。祕密主よ彼の愚童凡夫、諸善業を修し不善業を害する時、當に善無畏を得べし。若し實の如く我を知る時は當に身無畏を得べし。若し取蘊所集我身において自の色像を捨てて觀るときは、當に無我無畏を得べし。若し蘊を害して法攀縁に住する時は當に法無畏を得べし。若し法を害して無縁に住するときは當に法無我無畏を得べし。若し復た一切蘊界處能執所執我壽命等と及び法無縁空にして自性無性なり。此の空智生ずるときは當に一切法自性平等無畏を得べし。」
祕密主よ若し眞言門に菩薩行を修する諸菩薩は深修して十縁生句を觀察し、當に眞言行において通達作證すべし。云何が十となすや。謂く、幻・陽焔・夢・影・乾闥婆城・響・水月・浮泡・虚空華・旋火輪の如し。祕密主よ彼れ眞言門に菩薩行を修する諸菩薩は當に如是に觀察すべし。
云何が幻となすや、謂く呪術藥力能造所造種種色像の如く自眼を惑わすが故に、希有の事を見る。展轉相生して十方に往來すれども然も彼れ去に非ず不去に非ず。何を以っての故に、本性淨に故に。如是に眞言幻も持誦成就して能く一切を生ず。
復次に祕密主よ陽焔の性は空なり。彼れ世人の妄想によって成立して談議する所あれば如是の眞言想も唯だ是れ假名なり。(真言行者も瑜伽の観法のなかで様々な現象を体験するがこれも陽炎のように空である。)
復次に祕密主よ、夢中の所見の晝日牟呼栗多刹那歳時(ちゅうにちむこりたせつなさいどうじ、昼のわずかな時間)等に住し、種種の異類ありて諸苦樂を受けるがごときは覺め已って都て所見なし。是の如くの夢の眞言行も應に知るべし亦た爾なり。(瑜伽業中に出る諸想念も夢と同じで実体はない)
復次に祕密主よ、影の喩をもって眞言の能く悉地を發くことを解了す。面が鏡に縁を得て面像を現ずるがごとし。彼の眞言悉地も當に如是と知れ。(真言の悉地も鏡に映った世界のように中道である)
復た次に祕密主よ、乾闥婆城(けんだつばじょう)の譬をもって悉地宮を成就することを解了すべし。(真言行によって得る境地も乾闥婆城のように幻である)。
復次に祕密主よ、響の喩を以て眞言の聲を解了すべし。聲に縁って響がある如く彼の眞言者當に如是に解すべし。
復次に祕密主よ、月の出に因るが故に淨水を照らして月影像を生ずるがごとく、如是に眞言の水月の喩をもって彼の持明者當に是のごとく説くべし。(真言行者は現実の世界を水月のように実体のないものと覚り説くべし)。
復次に祕密主よ、天より雨を降らして泡を生ずる如く、彼の眞言の悉地種種の變化も當に知るべし亦た爾なり。(真言行者が行中に現れる種々の悉地も泡のようなもの)。
復次に祕密主よ、空中には衆生もなく壽命もなく彼の作者も不可得なり。心が迷亂するをもっての故に如是の種種の妄見を生ずるがごとし。
復次に祕密主よ、譬えば火燼の若し人が執持して手に在いて而も以って空中を旋轉するに輪の像が生ずることあるがごとし。
祕密主よ、まさに如是に大乘の句・心の句・無等等の句・必定の句・正等覺の句・漸次大乘生の句を了知すべし。當に法財を具足し種種工巧大智を出生して實の如く遍く一切の心想を知ることを得べし。(すべては因縁によっておこっており、即空・即仮・即中である事を知るのである)
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