野生の空気を読む [ 前編 ]
あるとき私はJR吾妻線の、日本で一番短いトンネル( 樽沢トンネル・7.2m )の近くにいました。
春まだ浅く、雲行きの怪しい午後だった。 翌日に運転される サロン列車の撮影ポイントを探すため、ロケーションハンティングに出掛けていた。
集落から畑の中の 坂道を登って行くと、ずっと前方に 黒い動物が見えた。 「 こんな所に牛が放牧してあるのかぁ 」 と、気にも留めずに桑畑の中を進んでいった。
さっきの牛の事などすっかり忘れ、何かの気配に気付いて振り返った。 そこには、黒光りした熊の姿。 牛だと思っていたのは、実は ツキノワグマだった。
毛並みにはツヤがあり、身長は150cmくらい。 桑の木を掘り起こし、木の根を食べていたところだった。
私が振り向いたのとほぼ同時に、クマも私に気が付いた。 私も驚いたが、クマの方がもっと驚いたみたいで、後ろに跳ね飛び、のけぞっていた。 「 これなら逃げきれるかも 」。
クマとの距離は15mほど。 山を降りる道と クマと 私の位置は 正三角形。 つまり、山を降りるには 一度 クマに近付かなければならない。
刺激を与えない様、ゆっくりと歩き出す。 こわくて目なんて合わせられない。 少しずつ速度を速め、仕舞いには 山を転げ落ちるくらいのスピードで 走っていた。
後ろを振り返る勇気も 余裕も無く、とにかく、生き延びるのが精一杯だった。。。
つづく
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