9月18日のブログで紹介した、中屋栄氏のHOゲージ ジオラマ 「碓氷第三橋りょう (通称:めがね橋)」 です。 鉄道文化むらに常設展示されています。
信越本線の横川-軽井沢間 (通称:碓氷線) の建設は、明治24年(1891年)6月に始まり、翌 25年12月に完成しています。
その頃の日本にはレンガは馴染みが無く、明治20年に渋沢栄一氏が埼玉県 深谷市に 日本煉瓦製造 ㈱ を作ったのが、日本で最初のレンガ工場です。
それから数年後、軽井沢町 塩沢地区にレンガ工場を作り、馬車鉄道によって 碓氷線建設現場まで 資材を運搬していました。
過酷な工事だったため、わずか1年半の間に作業員500名が死亡。 つまり、毎日1人ずつ亡くなっていた計算です。
地元の人は恐ろしがって、人負として出る者は誰もおらず、受刑者が使われていたと云います。
レンガ造りの有名な古い建造物は、
・法務省 明治28年
・迎賓館 明治42年
・東京駅 大正 3年
といいますから、レンガ造りの大型建造物では、碓氷線のトンネルや橋りょうが、日本最古と言えるかも知れません。。。
信越本線の横川-軽井沢間 (通称:碓氷線) の建設は、明治24年(1891年)6月に始まり、翌 25年12月に完成しています。
その頃の日本にはレンガは馴染みが無く、明治20年に渋沢栄一氏が埼玉県 深谷市に 日本煉瓦製造 ㈱ を作ったのが、日本で最初のレンガ工場です。
それから数年後、軽井沢町 塩沢地区にレンガ工場を作り、馬車鉄道によって 碓氷線建設現場まで 資材を運搬していました。
過酷な工事だったため、わずか1年半の間に作業員500名が死亡。 つまり、毎日1人ずつ亡くなっていた計算です。
地元の人は恐ろしがって、人負として出る者は誰もおらず、受刑者が使われていたと云います。
レンガ造りの有名な古い建造物は、
・法務省 明治28年
・迎賓館 明治42年
・東京駅 大正 3年
といいますから、レンガ造りの大型建造物では、碓氷線のトンネルや橋りょうが、日本最古と言えるかも知れません。。。