「介護もトライアスロンも楽しんで」

90代両親を介護の日々ですが、合間に走って泳いで、バイクにも乗って年1回のトライアスロン大会参加を目標に楽しんでいます。

兄逝く

2021年06月05日 17時59分58秒 | 我家

先月28日(金)にホスピスに入居した兄ですが、その後容態が日ごとに悪化し、昨日昼過ぎに息を引き取りました。

 

 

 

昨日の朝、兄の携帯に電話をして食料補給のために消費したゼリーなどの量を確認しようと思っていたのですが、折り返しの電話がないので施設へ電話をして取り次いでもらったりしていました。もうその時は自分で携帯電話を操作する力もなくなっていたようで、看護師の方に携帯電話の操作をしてもらったそうです。

 

その時はほんの少しの会話ができて、私は10時半ごろに施設へ行きました。かなり苦し気な様子で痰が絡んで取れないとのことで看護師に吸引してもらったりもしていたのです。11時に担当の先生が来て診察をしていただき、その後先生より今日の夕方から痛み止めにモルヒネを使うことの説明と、「数日のことになるので面会したい人には来てもらって下さい。」との話もありました。そして施設の方からは「こんな時で申しわけないですが、そろそろ葬儀社のことも考えておいて下さい」との話もありました。その時はまだ数日の猶予があるものだと思い、一旦自宅に戻ったのです。

 

そして用事を片付けたり市内の葬儀社の情報をパソコンで見てA社に決めて状況を説明し、「その時にはよろしくお願いします。」と言って電話を切ったのです。そしてその直ぐ後に施設から電話が入りました。

 

「呼吸が何時止まってもおかしくないので至急来てください。そして面会の制限はなくなりましたので来れる方は一緒にどうぞ。」とのこと。

昼食を食べる時間もなくそのまま雨の中再び施設へ車を飛ばしました。父は認知症が進んでいるので事態を把握できていません。母は狭心症だったり、親族の葬儀中に何度か倒れたりして精神的に弱い人のため臨終の場にいることが出来ません。このため一人で施設へ。

 

1時過ぎには到着しましたが、その時には既に呼吸は止まっていました。看護師さんから「先程最後の一呼吸がありました。」とのことで死亡診断のために担当の先生が2時半過ぎにこちらに来るのでそれまで待っていて下さい、とのこと。

 

酸素吸入器は先生が来るまで外せないそうです。兄の口は少し開いた状態のままで、また目も少し薄目になっていました。顔を触っても手を握ってももう冷たくなっていました。胸に手を当てても心臓は動いていません。先週の金曜日に入居したばかりで、今週の月曜日には朝携帯電話で「サンドイッチが食べたいから買って持ってきてくれ。」と言っていた兄でしたが、4日後には帰らぬ人となりました。

 

抗がん剤と放射線治療の甲斐もなく他の臓器にも転移していてその後は坂道を転げる様に容態が悪化し、日一日と体力が削り取られていったのでしょう。兄はここまで良く頑張ったと思います。安らかに眠って欲しいと思い、両の瞼を閉じ、開いたままの口を閉じてもらうため、看護時さんの手も借りて頭を高くし顎を押さえて動かぬようにタオル2本で固定したりもしました。

 

2時半過ぎに先生が来る前には入居の際に持ち込んだ衣類や日用品、そしてTVにポータブルトイレなど全ての荷物を車に詰め込む作業も終えました。ここで数か月は最後の生活を送ると思っていたのにまさか1週間とは、といつまでも同じことが頭に浮かんできます。

 

そして先生が来られ死亡診断をしてくれました。午後2時45分永眠。

 

その後葬儀社へ電話。先方もあまりの急な話にビックリしていましたが、夕方4時に車を手配してくれるとのことでそれまでは施設の方が兄の身体を綺麗に拭いてくれたり髭を剃ってくれたりと身支度をしてくれ、その後は兄と二人だけで最後の別れの時間を過ごせました。

 

施設を離れる際にスタッフの方から「急なことでしたが、1週間前までご自宅で面倒を看てこれたと言うことですよ。」と労いの言葉を頂けたことが私にとってとても慰めになり嬉しい言葉でもありました。兄のことについては別の機会にまた改めて書くことになると思いますが、私なりにやれることはやり切ったと思っています。

因みに葬儀は後日身内だけで執り行うことになりました。

 

 

また昨日はこの施設でビックリな出来事もあったのです。死亡確認にこられた先生は午前中の先生とは別の方でしたが、驚いたことにこの先生私の心臓ペースメーカー植え込み手術をしてくださった私の主治医の先生だったんです。現在は3ヶ月毎に外来でお会いしているのですが、お互い顔を見てビックリして声を上げてしまいました。聞けば去年暮から従来の外来は週1回だけでその他の日は終末期医療の現場に転身したとのこと。奥様を癌で亡くされたそうでそんな経験からの転身なんだそうです。まさか兄の臨終の現場でお会いする様なことになるとは予想も出来ないことです。これも不思議な縁なんでしょうね。

コメント (12)
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