一寸の虫に五寸釘

だから一言余計なんだって・・・

教育勅語

2007-08-10 | よしなしごと

今月号の文芸春秋で、内田樹木先生が「昭和人よ―吉本隆明、江藤淳、鉄腕アトムへ」という寄稿をされていました。

雑誌が手元にないのでうろ覚えなのですが、そこでいう「昭和人」とは昭和の時代を作った人々--「明治の人物」が明治生まれでないのと同様に--単に昭和生まれでなく大正から昭和初年生まれの人々を指しています。
そして昭和人の特徴として(明治人と同様)価値観の断絶のあとに新しい時代を迎えたこと、さらにその断絶を自らの内に抱えたこと、を「昭和人」の定義としています。それは戦後の、論壇でいえば「進歩派知識人」であり、昭和を平板なものにして最後は終焉させてしまった(私も含めた)昭和生まれ(戦後生まれ)と一線を画した人々としてスポットライトをあてています。

ちょいとずれると「平和ボケ」論にもなりかねませんが、内に絶望を抱えた上でなお生きるという選択をするという(内田先生の研究テーマである)レヴィナス的な(なんていうと数冊読んだだけでわかったようなこと言うな、と言われそうですが)視点はいろんな局面で生きるものだな、という論文でした。

(突っ込まれる前に自分で突っ込んどきます)
 


そこで初めて知ったのが、内田樹先生の「樹」(たつる)という名前は教育勅語から由来しているということ。
改めてみてみると、冒頭の

朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ

というところにあります。


ところで教育勅語といえば(って、今までの前振りが長すぎてすみません)、戦時中は学校の式典には必ず校長が朗読をし、各学校には天皇陛下のご真影が飾られ、学校が火事になってご真影を焼失した校長が自殺したりというような世界だったとききます。

ところが、日中戦争時に東北大学の総長だった本多光太郎氏は式典の際の教育勅語の朗読のときに、必ずどこかで読み間違いをしたそうです。
しかし本多光太郎氏は「鉄の神様」と呼ばれ、冶金学や永久磁石鋼の開発などで世界的権威であった(日本が戦争をしていなければノーベル賞を受賞していたかもしれない、というくらいだったとか)ため(参照)、普通の小中学校の校長ならそれだけで更迭ものなのですが、文部省も何も言えず、そのため当時の東北大の式典は妙な期待をする学生がいっぱい集まっていたとか。

ある日、学生の期待もむなしく、本多総長は初めて最後まで正しく教育勅語を朗読されました。
学生たちがは皆落胆のため息をもらしたのですが、本多総長は最後の最後に

明治二十三年十月三十日
御名御璽

のところで、日付を間違えたそうです。


さすが「神様」だけのことはあります・・・


最近教育勅語を再評価しようという動きもあるようです。
でも改めてみると内容的にも「なるほど」という部分は結構少なくいように思いますし、一般的に妥当する部分(学問とか公徳心の大切さなど)は別に教育勅語でなくても、とは思います。

なにより問題なのは、上のエピソードにもあるように、「守らせるべき倫理規定」というものを作った瞬間に守らせる立場の人間が高圧的になり、しかもその高圧さは、より上位のものには弱いという程度の「長いものには巻かれろ」「弱いものいじめ」的なものでしかないところです。
そういう小役人的、大政翼賛会的な姿勢って「朋友相信シ恭儉己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ」の対極にあるんじゃないでしょうか。
教育勅語自体を権威のよりどころにしてしまったことで、その内容の実現とは程遠い結果になってしまったわけです。(もし天皇陛下自身が読み間違った場合には退位すべし、というくらいの腹の座った主張であれば、(間違っているとは思いますが)ある意味尊敬はしますが。)

百歩譲って、(「皇祖皇宗」じゃない部分の)内容や含意を広めること自体はありだと思うのですが、形(方法論)としては「教育勅語」というのはナンセンスだと思います。


終戦記念日近いこの時期に、もう一度読んでみるのもいいかと思います。

<参考>

教育ニ関スル勅語

朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ
我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我ガ國軆ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス
爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭儉己レヲ持シ
博愛衆ニ及ホシ學ヲ修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓發シ徳器ヲ成就シ
進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ常ニ國憲ヲ重ジ國法ニ遵ヒ
一旦緩急アレハ義勇公ニ奉ジ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ
是ノ如キハ獨リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラズ又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顕彰スルニ足ラン
斯ノ道ハ實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ倶ニ遵守スヘキ所之ヲ古今ニ通シテ謬ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス朕爾臣民ト倶ニ挙挙服膺シテ咸其徳ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ

明治二十三年十月三十日
御名御璽

 

コメント
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