芳賀明夫の思いつくままに

フィジーから帰国して

おでんを食し、大いに満足

2013年12月31日 | Weblog
夕べは、おでんを食し、大いに満足した。土地の大根、ネギ、人参、卵とおでんの素で、日本の味を堪能した。日本のコンビニで売っているおでんよりずっとうまかった。これには、わさびをつけて食べたせいもある。いつも使っている味噌汁の鍋が小さいので、隣りの宿舎事務所から借りた大鍋で作ったのに、お替わりが相次ぎ、一度に全部平らげた。
昨日、Bank of India Kingsway Cantt. 支店で、ワルダで預けた定期を解約し、新たに定期を作った証書を貰いに行った。予定通り事が進むのは、銀行ぐらいで、そのあと、今日11時までに出来ると言われた、ズボンのつぎはぎは、出来ていず、来年廻しなった。ワルダで買った網を取り替える茶こしの替えをしてくれる店を探しているが、何軒歩いてもも断られている。茶こしはこここでは、安いのを買い替えるのが普通のようだ。日本流新暦では、今日は、大晦日だ。
皆様、良い年を迎えられますよう。

堀米さんから食品届く

2013年12月30日 | Weblog
旅行から帰り、郵便部に届いていた堀米さんの送ってくれた食品を今日、受け取った。大学宛だったせいもあるのか、一つも盗まれていなかった。お歳暮代わりに餅、海苔、梅干し、出汁の素、ラーメン、ソーメン、高野豆腐、おでんの素、シチューのもと、豆菓子などを送ってくださったとのこと。あまりに沢山で申し訳なし。とは言え、今夜からの食事が楽しみだ。
先程、サダルバーザールに行って、果物と肉を買った。肉がいつもよりかなり高く、キロあたり160ルピーだった。ナーグプルのサンタラーミカンがキロ40~50ルピーである。
野菜は今安い。タマネギが、夏に雨のせいで、キロ80だったのが、今は20ルピー(約32円)である。

Unkindness of counterman of admission ticket in Khajuraho

2013年12月28日 | Weblog
カジュラーホでは、初めに東群を見、続いて南群を見てから本命の西群を見た。昨日駅に出迎えてくれたオートはここで半日観光という400ルピーを払って返した。東群も南群も無料だったが、西群に入る時に、大人三名で、ジャバルプルの住人だと言うと、若い切符売りは、交代時間のせいもあるのか、面倒そうに、外国人登録証を見せるように言い、2枚はあるので見せると、それを三枚コピーするように言われた。一人は外国人料金250ルピーを払い、残り二人のコピーを三枚ずつ計12枚とって渡したら、各1部で良いと、交代した年上の切符売りに返された。三部といったではないかと抗議したら、三人で三部と言ったのだと言う、そんな言い方はしていない、一人は、外国人料金を払ったではないかと言うと、黙りこんだので、実に不親切な対応だと文句を言った。コピーを必要だなどというのは、アーグラのタージマハルでも言われたことがないから、要するに、外国人住民に対する嫌がらせである。インド人が10ルピーで、外国人が250ルピーというひどい違いに何ら合理性がないばかりか、高い料金に対する何らサービスもない。この方式はそもそもが貧乏だった中国が始めたことなのだ。
このコピー屋に案内してくれた親父の店に夕方になって行き、結局買い物をさせられた。こちらのほうが出費が大きかった。
Young counterman of admission ticket in Khajuraho is very unkind.

オールチャもカジュラーホも韓国人観光客が多い

2013年12月27日 | Weblog
オールチャからオートでジャーシーに行き、ジャーンシー城とその隣の博物館を見学し、ジャーンシー駅に行った。駅に直接行くのだと250ルピーだが、回り道をしてかなり待たせたので、350ルピーというのを400ルピー払って喜ばれた。ジャーンシー駅発14:35という汽車は2時間遅れ、カジュラーホには、途中で汽車が気動車を前後に付け替え、21:30頃スイッチバックで着いた。宿に遅れることを電話して、オートの迎えを頼んでおいたので、ホテルスーリヤ迄、150ルピーで行けたが、乗っていた汽車が入れ替えをするのに踏み切り待ちさせられ、22:00過ぎになった。何度目かのカジュラーホを観光して、今日、朝8時にホテルを出て、滞在中ずっと使った迎えのオートのジャムナ運転手に、サトナー駅に帰るタクシーを紹介してもらったおかげで、通常2000ルピーのところ1200ルピーで済んだ。
オールチャもカジュラーホも十数年ぶりだったが、どちらも店が凄く増え、韓国人観光客が多いのが印象的だった。

オールチャの全部を観光

2013年12月24日 | Weblog
ジャーンシーからオールチャまで、オートで300ルピーというのを250ルピーに出来たが、オートが北部州から中央州に入ったために50ルピー払うというので、結局300ルピーになった。中央州経営のシーシュマハルに投宿した。予約して金も振込済みだったので、第2室という広い部屋を当てられた。夜は6:30から直ぐ下のラージマハルの広場で、光と音のショウを見た。現地並みの一人45ルピーであった。
翌日は、外国人料金の250ルピーを払わずに10ルピーですんだ。これで、オールチャの全部を観光出来る。

毎度、同じ過ち

2013年12月23日 | Weblog
昨日、汽車で罰金を払う代わりにお目こぼし料を払ったが、これとほぼ同じことを団体で汽車旅行をしていた時に、酒を飲んでいるのを警察官に見つけられ、これは隣の車両との間のデッキに連れて行かれ、やはり相当額の罰金を請求されたが、払わなければ、警察署に連れて行くと言われ、粘った末に、周りのインド人の応援も得て、やはり、千ルピーくらいで済んだ記憶がある。どうも、学習をしない質らしく、毎度、同じ過ちをくり返している。

わずかの距離の無賃乗車の罰金の代わりに賄賂

2013年12月22日 | Weblog
ホテルのタクシー700ルピーでボーパール駅へ行った。パンジャーブメールは30分ほど遅れて来たが、ゆうゆう乗れた。ただ、元々ヴィディーシャからジャーンシーまで予約した切符だったのを、間近にボーパールのジャハーンヌマー宮殿ホテルに泊まることにしたのに、切符のほうは、ボーパール、ヴィディーシャ間を買い足さなかったので、乗って間もなく来た検札にただ乗りの違反で短距離でも四千数百ルピーの罰金になると言われ、ヴィディーシャ、ジャーンシー間4時間で1500ルピーなのに高すぎると言って、粘ったが、結局、1100ルピーのお目こぼし料を払わされてしまった。始め、500ルピーで済まそうとしたのだが、4000に対して、たったこれだけかと言われ、1100ルピーに落ち着いた。たった数十キロの切符を買わなかったためにとんだ物入りになってしまった訳だ。

ジャハーンンヌマー宮殿ホテルのプールサイド

2013年12月21日 | Weblog
今宿泊しているホテルは、プールがあり、しかもきれいな水なので、ここに泊まることにした。この前、このボーパールに来て泊まったヌールッサバー宮殿ホテルではプールに入ろうとしたが、3泊しながら、工事中で水がなく一度も入れなかった。ここは、早稲田のボートのOB芳野さんが泊まったホテルで、ここで御夫妻に逢って、一日過ごして、サービスも良かったので今回、ヴィディーシャの宿泊を取りやめ、急遽ここを予約して、泊まっているのだ。プールサイドの部屋はちょっと高いが、広くていい。
昨日、サーンチー、ヴィディーシャからの帰りに昼食をとったバープキクティヤーはこの前食べたのとは違う店だったが、同じ系列だということだった。大人三人で500ルピー(約800円)足らずですんだ。ホテルの夕食は、3000ルピー足らずだが、日本で食べたら、その倍以上かかるであろう。

アショーカ王夫人の出身地ヴィディーシャ初訪問

2013年12月20日 | Weblog
前回も乗った夜行列車でボーパールに来て、予約していたジャハーンンヌマー宮殿ホテルのタクシーが迎えにきたので、それに乗りサーンチーのストーパを見に行った。これも何回か見に来ているが、私がヒンディー語を話すので、全員、一人10ルピーで入場券を買えたが、入り口で女性の係に一人一人のインド滞在証明書を見られ、証明書がないという人は、タクシー運転手にまた山の下の切符売り場に外国人料金の250ルピーで買いに行ってもらうことになった。インドでも女性はきちんとしている。
ただ、これをあまり通すと、交渉の落としどころが見つからなくなる事がある。
山の下の博物館は金曜日で、休みだったので、そのまま、ヴィディーシャのウダヤギリに行った。ウダヤギリはブバネーシュワルにもあり、共に、アショーカ王の第一夫人の関連している所だからかもしれないが、これは、ヒンドゥー教だから仏教徒のその夫人とは関係なく、別の理由で共通の名称があるのかもしれない。
アショーカ王夫人の出身地ヴィディーシャはかねてから来たかった初めての所なので、カンババーバというギリシア植民地タキシラのHeliodorusがヴァスデーヴァを顕彰して立てたガルーダ柱も見た。街はどこも悪路で、トヨタの車だったから良かったが、この町の女性市長の人気の割に、街の整備はかなり遅れている感じである。

久しぶりに日本人と話しをする

2013年12月19日 | Weblog
現在、大学でロボット工学などの国際会議を開いていて、それに日本からも参加者がいるようだ。
大学に午後から行く車に乗せてもらったら、乗った途端、英語で話しかけて来たその参加者の一人と思われる人と英語でやり取りしていたが、その人はホテルに泊まっていて、そこから大学に行くようで、宿舎はどうかと聞くので、居心地は良いが、今は寒いというと、猫を抱いて寝ると良いなどと言われた。
私は旅行費用を現金引き出し機で引き出すので、大学正門前で降りたが、その時になってお互いに日本人であることが分かり、帰りの車も一緒になったので、名刺の交換になった。一人は、中央大学理工学部の橋本さんと言い、もう一人よく英語で話しかけて来た人は、名古屋大学名誉教授の福田さんと言った。
今日はやっとヒンディー語のいくつかの書体をノートパソコンに入れてもらえたが、それをどう出すのかまだ分からない。