芳賀明夫の思いつくままに

フィジーから帰国して

怪しい自然食品の団体パタンジャリ

2015年12月31日 | Weblog
先日、パソコンの充電器の二つのうち一つが直らないと言われ、それを返してもらいにガネーシュ運転手の車で行った帰りに、ガネーシュ運転手が、蜂蜜をパタンジャリという自然食品を売っているという触れ込みの店に寄って買うのをかなりの時間待たされた。込んでいたと言う。以前近所の奥さんからも、パタンジャリの蜂蜜が自然食品で良いと聞いて、ちょっと食べた事があるが、今はやめた。というのは、その総帥のサードゥー然としたラームデーヴという男が、やたら、インド人民党のムスリム虐めの時に新聞で、それを擁護する発言をするし、ネスレの麺販売が禁止されている間に、パタンジャリでも麺を発売し始め、その最初の試食をコングレスのソニア・ガーンディーに送ってさせているのが、怪しいやつと思わせるようになったからだ。矢張り、蜂蜜は、ワルダーで食していたガーンディアンの店のが良いが、この町では、その店がかなり遠くにあるので、わざわざ買いに行くのが大変だ。何れにしろ、このパタンジャリの自然食品というのは、政治的臭いぷんぷんの偽物臭い。

温泉につかりたい気分

2015年12月30日 | Weblog
辞書造りのページが300ページを超えたが、ちょっと、夢中でやり過ぎたか、右の背中のカッパイがかなり痛い。ベッドの背もたれに寄りかかって、殆ど毎日、一日中打ち込んでいたからであろうと思う。先日、卒業生の集まりに出かけた時に遅れて始まるのを待っている間、日向ボッコをして、右の背中に陽が当たるように座っていたら、背中が温まり、大分傷みが取れた。それに、ウィンドウズのパソコンの電池が短時間しか使えないので、あまり、続けて打ち込みが出来なくなったせいもある。ヒンディー語新聞の単語を入れているが、私のような初歩の者でも分かる誤植がわりに多いのと、表現が画一的で、あまり面白くない。それもあって、辞書造りは休みがちであるから、一時の傷みは今はない。1ページに10数個の単語を入れ、それに英語と日本語の意味を付けているから、3種類の語彙が全部で、1万語近く打ち込んだ可能性があるから、短期間にしてはやり過ぎかも知れない。ここは浴槽のない、シャワーの風呂だから、温泉にでも浸かりたい気分だ。

ウィンドウズのノートパソコンのバッテリーが10数分で切れる

2015年12月29日 | Weblog
大学から支給されているウィンドウズのノートパソコンのバッテリーが10数分で切れるようになったので、辞書造りをしていて、単語を入れている途中で突然、切れたりするようになった。大学から貰った訳ではないから、一応、大学のコピュータ・センターに聞きに行ったら、事務方に聞くようにいわれた。すると、2年以上使っているから保証はもう切れていると言われ、コンピュータ室にいる人にどんな状態か見てもらってからまた来るように言われた。しかし、その当人は、どこかに行っていてなかなか戻らないので、諦めて宿舎に戻った。その車に日本語学生のシュローク君を同乗させ、宿舎で自転車のデザイン作りの相談をした。久しぶりで大学の役人達にたらい回しにされ、パソコンを背負って歩き回ったので疲れた。
夕方から、夜中にかけて、ワイファイが出来なくなり、やっと今繋がった。

空港当局が責任転嫁のため、ついに裁判に

2015年12月28日 | Weblog
日曜日のヒンディー語新聞は、ついに、空港当局がスパイスジェットのパイロットが悪かったのだと、裁判に訴え、動物がいたという証拠が何も残っていないと報じている。ここ迄、空港当局を代弁する新聞は、犯罪的と言える。以前の報道では、動物病院の検査の結果、野生の猪豚ではなく、ハイエナだと報じていて、今になって証拠は何も残っていないというのは、調査団が事故の2日後に来る迄に証拠を隠したという事であろうが、それには全く触れておらず、飛行機の修理費に数千万円かかるというのを報じている。それを払わないための役所の逃亡であろうに。インドの役所と仕事をする時は、こういうことがありうるという前提で行くしかない。これから、新幹線、原発など、関わりが大変であろう。

空港閉鎖と再開の繰り返し

2015年12月27日 | Weblog
金曜日の十時から、この大学の卒業生の集まりを初めて開くというので、9時過ぎから行って待った。ところが、汽車が大幅に遅れて卒業生達の到着が11時過ぎになり実際に始まったのは、11時半過ぎであった。ここでは、汽車は勿論飛行機もあてにならない。飛行機は調査委員会の報告に基づいて空港閉鎖を水曜日に命じられていたが、金曜日に再開を認められたという。しかし、急に認められても、空港で待っている訳ではないから、乗客がいないのではあるまいか。実際エア・インディアが水曜日にデリーの空港を出てから、閉鎖を命じられたためジャバルプル空港には降りられなくなり、ボーパール空港に降り、そこからジャバルプル迄バスで乗客を運んだという。ところが、金曜日の空港再開は一時的で、二十八日から再び空港閉鎖になると、土曜日の英字とヒンディー語新聞に出ていた。ここに来て、初めて、ヒンディー語新聞も空港当局の広報紙から離れた報道を始めた。愚かしいダイニック・バースカルである。毎日報道しただけは認められるが、内容は、外国と日本政府の広報紙である日本の大新聞と変わらない。

女性学生課長の娘さんが日本で歯科の研修をしたいと言う

2015年12月25日 | Weblog
大学の女性学生課長の娘さんが、ムンバイの歯科大学で学んでいて、日本で研修したいと、日本語を漫画で学んでいると言う。日本で研修を受け入れてくれるところはないかと聞かれたが、大学でそういう制度があるかどうかも分からず、一般の歯科医院で果たしてできるかも分からないので、困惑の態である。

何れの国も似た支配体制

2015年12月23日 | Weblog
国を支配する時は、国民をうまく煽動するためにマスコミを支配するのは、ヒットラー政権のゲッペルスに学んで、今の世界でも行なわれている事である。日本でも勿論、日本を今も支配している外国軍によって、マスコミは支配されている。そもそもが、日本で一番売れている新聞の社主がシーアイエーのスパイだったのだから、何をか言わんやである。新聞がテレビをも支配しているのだから、テレビの親会社の新聞社の幹部をあらゆる手段で支配すれば良いだけである。テレビばかりではなく、週刊誌を持つ出版社にもその手先は伸びていた。丁度、イラーク戦争、アフガーニスターン攻撃の頃にそれを身を以て経験している。敗戦の時に、朝日新聞の記者だったむの武治氏は政府の常勝発表をたれ無し報道していた事の責任を取って、退社し、故郷の秋田で、たいまつ新聞を始めている。たいまつ新聞は今は、休刊を余儀なくされているが、このような人物は無に等しい。兎角、支配体制に押し流されるからだ。税金という強大な力で押し切られてしまう。特別会計という自由裁量の巨額の金と税金を財務省という米国の名前もつけさせて、支配し、合法的に吸い上げているのが今の、植民地支配である。であるから、それに疑問も感じさせない。それだけでなく、日本の軍隊である自衛隊の若者たちも差出させられた。前の敗戦の付けが行き着くところ迄行き着いた感じである。何度も書いているように、これは、外国支配の始まりである明治維新に始まり、スパイ達を使ってうまく載せられて戦争に導かれた結果である。インパール作戦の立役者達が、英国のスパイ、チャンドラ・ボースと一緒になって多くの日本兵とインド兵を待ち伏せ攻撃で殺している。これが敗北の切っ掛けを作っている。その日本兵の霊を慰める碑を作って守ってくれていたインパールの老人が、80歳代で、死ぬ前に一度日本を見たいと言っているが、その実現のために、今の日本の政権に当たってみたが、方法がないと言う。靖国を参拝する以前にコチラを大事にすべきだと思うが、そう言う考えすらないのが、戦争を進める人物達と言うことになる。

インドと日本の類似

2015年12月22日 | Weblog
インド映画のトップ・スター、シャールック・カーンが、インド人民党のモディー首相に次ぐ大臣から、執拗な攻撃を受けていた。シャールックカーンに次ぐ人気スターもカーンの名前を持っているムスリムである。彼らは例外なく、インド人民党の攻撃を受け、彼らの故郷パーキスターンに行けと言われ、それに対して、インドの今は不安感があるというようなことを云ったとマスコミで流され、インド人民党の母体である、ヒンドゥー教徒至上主義のシヴセーナ等の団体から、自宅迄襲われている。作家で殺されている人たちもいるので、今のインドには政権を批判しにくい堪え難い不安があるという合意が、インドの歴史家の間にもある。
シャールックカーンの新作映画が、今月封切られて、その宣伝幕がでかでかと貼り出されたのに対して、このシヴセーナの連中が、堪え難い不安とは何事かと、宣伝幕をデリーなどの大きな町で、破っている写真が新聞に出ていた。このような行為そのものが、堪え難い不安をインドに巻き起こしているのだ。その当人達が起こした不安感を、感じていると言わされた人たちを攻撃するのが、このインド人民党の母体である。
他方、デリーのバスの中で強姦殺人された娘の両親が訴えていた未成年の少年審判で、集団強姦殺人の中で、最も残忍な殺し方をしていながら、少年院から日曜日に解放された。この少年はヒンドゥー教徒である。インド社会に、不安が走っているようだ。下手をすると、インドの国内にテロがテロを呼ぶことになる。しかし、前の選挙でインド人民党は、圧倒的多数で上下両院を制している。この様な選挙結果になったのは、一つには、コングレス支配下の汚職を攻撃して今用ガンディーなどともてはやされた人物が関係している。しかし、マハートマー・ガーンディーの非暴力はそう単純ではなかった。彼の信仰と生活に根ざしていたから、テロ集団に利用される事はなかった。

外注の契約職員が急逝してその寄付を募られた

2015年12月21日 | Weblog
学長に会ったあと、先日心臓発作で亡くなったという32歳の外注契約社員の家族のために寄付しにコンピュータ室に行った。恐らく、コンピュータ室の関連で働いていたと思われる。というのもその翌日、コンピュータ室が空っぽで、頼んでおいた日本語とヒンディー語のインストールが出来ているのかどうか分からなかったからだ。寄付の奉加帳の私は2番目だったが、一番目が500ルピーだったので、少し余計に2000ルピーをした。本来なら、一番目は金額の多い人をおくべきなのに、そこ迄気が廻らないのかも知れないし、それでも多いほうなのかも知れない。この大学では、外注の契約職員が結構多く、その人達の保証が全然ない。外注会社には、大学は相当払っているが、その大部分は会社というか、その社長の収入になっている。であるから、こういう不幸があると、メールで呼びかけがあり、何がしかの金を寄付するが、小さな娘が二人残された家族には、一時の足しにしかならないであろう。前に教鞭をとっていたワルダの大学でもキャンパスでバスに轢かれて死んだ職員も若かった。何らかの仕組みを作るべきだとは思うが、振り返って、日本を見ても、小泉、竹中内閣以来非正規社員を増やし続け、今は日本では、7割以上が非正規社員で、その受け皿の外部受注会社の頂点に竹中がいて、非正規社員の有用性を国会で今も力説して、自分の会社に登録させた労働者を派遣しては搾取している。であるから、この外国でその労働形態を非難できる立場ではない。わずかな寄付でお茶を濁すしかないのが現状だ。しかし、こういう形態が、つい数年前にマルティ・スズキの自動車会社で、不満を抱える労働者達が、上司を殺した。日本でも、トヨタや広島の自動車会社の非正規社員が、不満のはけ口に秋葉原などで、無差別殺人を起こしている。政治の貧困は、直接関係ない人達にとんでもない迷惑をかける。

ジャイン学長は私と議論したかったと言う

2015年12月20日 | Weblog
デリー外語会に欠席とメールしたのを、幹事役をして下さっている内田さんが見落としているので、当日の土曜日朝、再度メールをした上で、電話もして、欠席を知らせることが出来た。
学長室に電話して、11時以後に学長と会うことになり、ガネーシュ運転手の車で十時半過ぎに出かけた。学長は、実技の特別授業参観に出ていて、11時15分頃戻って来たので、会って話しをした。私と大学について少し議論したかったというので、この大学の名称IIITDMの末尾にあるMすなわちManufacturing は、インドに製造会社が少ないので、それを作る手助けをするのがこの大学の役割りであるが、まだ、そこ迄大学は至っていない。そこで、私は、自転車のデザインを日本語学生に作らせていて、それを実際に製造販売する会社と協力していきたいと話した。ジャイン学長は、法政大学、東小金井校で機械工学の製造を教えていたというので、私の企画に大いに興味を示し、完成したデザインを見せて欲しいし、自転車見本を作る費用を大学が出す、そして、それを売り込む製造会社を是非インドで見つけたいとも言ってくれた。