芳賀明夫の思いつくままに

フィジーから帰国して

『倫敦(ロンドン)から来た近代スポーツの伝道師』と『フランスの外交力』

2012年05月31日 | Weblog
「世界」6月号に沖縄について、最近の沖縄の人々の意識が変わったと書いて、先日のサンデーモーニングで、沖縄についてコメントしていた山田文比古・東京外国語大学教授が、外務省から移籍して、正式に教授になったお祝いの会を今日、飯田橋のカナル・カフェで19:00から開かれた。開催したのは、山田教授が外語大ボート部長でもあることから、ボート部OBの外語艇友会が主催したものだ。20人程のOBが参加した。
私は、彼の著、『フランスの外交力』が外務省にかなり気を遣って書いているので、外語は自由だから、これからは、思う存分に書かれるよう、激励した。
その席で、明日、小学館新書で発売される高橋孝蔵先輩の『倫敦(ロンドン)から来た近代スポーツの伝道師』の紹介があり、間もなくインドに行く私に高橋先輩がその本を寄贈して下さった。
この本は、現代、学校で当たり前のようになっているスポーツが、明治初年にどのように伝えられたか、詳しく書いてあるのを、原稿の段階で見せていただいたのを、さらに調査して書き直したもののようだ。

外語大の学内レガッタ

2012年05月30日 | Weblog
今日は、外語大の学内レガッタがあり、会場の戸田オリンピックコースに行って見物した。昼過ぎにOBの招待レースがあり、6コース満杯の大学などのOBによるレースで、外語は、JBC、京都大学の濃青会に次ぐ、3位であった。そのあとは、四神会、稲門艇友会、三田漕艇倶楽部などが続いた。
学生たちは、それぞれの言語をイメージしたユニフォームを作り、それを着用してレースに参加し、見た目にも楽しいレガッタであった。
斎藤攻兄が、そのクルーで漕ぎに来ていて、私が『竹取物語』の原稿をなくして困っていると記したこのブログを読んでいたらしく、メモリースティックを2本持って来て下さった。
渡辺悦男兄が弁当をやりくりして下さった。高級弁当であった。

慈悲と非暴力を標榜する団体の機関誌「サルボダヤ」

2012年05月29日 | Weblog
『ガンディー 魂の言葉』の著者、浅井幹雄氏は、日本山妙法寺九段道場と新潟の間を行ったり来たりで、且つワルダの寺院にも年に何回か来ておられる。私が、ワルダの日本山妙法寺を何回か訪れたので、ワルダに来られた時に、私の宿舎を訪ねて下さった。ワルダのインド人の人間関係を通して、中央で活躍しているインド人達とも繋がっている豊富な人脈をお持ちのようだ。
その彼の紹介で弘前大学の大学院生をマハートマー・ガーンディー国際ヒンディー語大学に留学したいというので受け入れるお手伝いをすることになった。
その院生、友人、指導教授が上京して、九段道場に来ているので、先日会いに行ったのだ。指導教授は、辛島昇東大教授の門下生で、インド近現代史を教えているそうだ。日本山妙法寺は、教祖がガーンディーと親しかったことから、ガーンディーの門下生達が作る、「サルボダヤ」という会の日本支部を運営し、「サルボダヤ」という雑誌を発行している。「サルボダヤ」は私の学生時代にも、教授の研究室に備えられていた。慈悲と非暴力を標榜する団体の機関誌である。

浅井幹雄『ガンディー魂の言葉』(太田出版)

2012年05月28日 | Weblog
先日、日本山妙法寺、九段道場に行き、浅井幹雄氏にお会いした。
彼が監修した『ガンディー魂の言葉』(太田出版)を道場で購入し、読んだ。ガーンディーの著作の中から、今の日本の直面している危機に関連した文章を集めた本だ。
ガーンディーは、今の東京電力独占企業による破滅をすでに1934年に予測している。また、偽善に満ちた国会は、暴力だ、首相と呼ばれる人には、誠意も良心もないとも言いきっている。なんとここまですっぱりと言い当てていることか。また、これは、私もこのブログでしばしば言っていることだが、既に1934年に「欧米のルールから離れよう」とも言っているのだ。欧米のルールは、欧米の資本主義者が勝つために作ったルールを押し付けていることを見抜いているのだ。
この浅井幹雄『ガンディー魂の言葉』(太田出版)で、ガーンディーの膨大な著書を読まなくても、その政治思想以外の文明についての思想の精髄を読むことが出来た。
私が今住んでいるワルダは、マハートマー・ガーンディーと日本山妙法寺の教祖、藤井日達上人が出会い、二人が、世界を搾取から平和的に非暴力と慈悲で救おうと共鳴して、その教えを受け継いでいるのが、浅井幹雄氏だ。
ワルダの隣のセーワーグラムは、文字通り訳せば、「奉仕の村」だ。ガーンディーは、欧米資本主義国によって資本主義化した都市から搾取される村を、奉仕によって救おうとここで運動を始め、インドを英国からの独立に導いた原点だ。

無主物の意味

2012年05月27日 | Weblog
私は初めて聞いた言葉だが、無主物というのは、雲や霧のような、誰のものでもないものをさすらしい。猛毒の放射能は、東電の福島原発から飛び散って、雲や霧と同じになったというのだ。
それでは海に流れ出ている放射能はどうなるのか。いまだに流れ続けて、海を汚染し、太平洋の魚はもう食べられない。とはいいながら、昨日、築地の寿司を食したが、穴子などうまかったったが、これがどこで捕れた魚か分からない。空や海に飛び散ったものはもう誰のものでもない、それを創り出した原発の所有者も、それを作らせた政府も関知するところでない、すべて、想定外の震度9の地震と津波が悪いということであろう。震度9と高さ30メートルの津波が想定外かどうかだけの問題に帰することになる。1000年に一度ということは、それに準備しなくていいということになる。しかし、その後、江戸時代にも明治時代にも、それに匹敵する地震や津波があった記録が出されており、その1000年に一度もあまり言われなくなった。

末世

2012年05月26日 | Weblog
東電は、政府と一体になって、2011年3月11日以来嘘を言い続け、事故の実態を隠し続けて来たのだが、昨年、ゴルフ会社が放射能を除去するように東電に裁判を起こした時、東電福島原発から飛び散った放射能は、無主物だと主張したという。「世界」6月号の沖縄特集のどこかに書いてあった。そして、裁判の判決は、ゴルフ会社の敗訴だったようだ。末世としか言いようがない。

沖縄の米国からの施政権返還40年の現状について

2012年05月25日 | Weblog
外語大のボート部長、山田文比古教授が先日のサンデー・モーニングに出演して、米国からの施政権返還40年の現状について、沖縄の人々の気持ちに化学変化が起きていると述べていた。
その意味を知るために、「世界」6月号の沖縄40年特集に彼が書いている「沖縄問題の深淵」といったような題の文章を読んだ。
沖縄に大量の金をつぎ込む、物理的な援助はもう基地賛成派からも受け入れられなくなり、その気持ちに変化が起きていることを指すことが分かった。
彼は、外務省からの出向教授だったが、今年度から外語大に移籍して正式の教授になった。

吉田福島原発所長が責任を取って自殺は本当か

2012年05月24日 | Weblog
これもこれまで、何度も記してきたことだが、明治維新政府の施策はすべて、欧米の真似であり、それ以降の文化は、真似の文化である。それが出来たのも、江戸時代までの日本の文化が、高度に発展していたお陰で、その真似が出来たのだ。江戸は世界で最も大きな都市だったのだ。
この模倣文化は、敗戦によって、その極北に達しているのが現在である。原子力産業を始めとする工業生産から政治経済に至るまで、米国発信の基準に従って、法律を作っている。それがglobalization 国際化である。
他人の基準で作った原発が事故を起こして国民に多大な迷惑をかけても、責任を取れない訳である。そのような連中がその利権にはいまだにしがみついて、利権を維持しようとしているだけだ。
その中には、吉田福島原発所長のように責任を取って自殺した人もいる。吉田福島原発所長は、東工大ボート部のオアズマン精神を持った人だ。彼が自殺するなら、それ以前にもっと、責任の重い、東電幹部や、原子力安全保安賞の幹部が、自殺するくらいの気概を持っていいであろうが、やり過ごせば、また、おらが春を決め込んでいる。

脱原発

2012年05月23日 | Weblog
昨日のニュースで、自民党がその綱領から、原発脱却の文字を削除したという。
原発政策は自民党が推進してきたのだから、それはそうであろうが、しかし、ことここに至って、それに固執するのはなぜか。植民地根性が染み付いてしまっているのであろう。
原発問題と、沖縄基地問題は根は同じである。前の大戦での無条件降伏である。その遠因たる明治維新政府の富国強兵策の失敗である。まずは、ぼちぼちそれから脱却しなければなるまい。

原発周辺の住民

2012年05月22日 | Weblog
昨日のニュ-スで、福島県知事と原発周辺市町村長が野田首相に具体的な施策を市町村に施すよう要望し、それについて、うなずくだけの首相だったが、これは、放射能値があまり高過ぎて手の施しようがないことを知っているから今もって何もしないのであろう。
チェルノブイリでは、原発を閉じ込めても、その距離の地域は、いまだに人が住むことを禁止しているところだ。いまだに、原発の放射能の四散を止められない状況では、何とも応えられまい。人体に影響のない値と嘘を言い続けているのだから、まず、その嘘を告白して何も出来ないというしかない。