バンコクで法律事務所を経営しているタイの知人から突然のメール。通常のあいさつ文の後に、日本での訴訟に関連して弁護士を紹介してくれないかという依頼。この弁護士とは、彼女がタイの最高学府のひとつといわれるタマサート大学卒業後弁護士資格を取得、つてをたどって日本の某国立大学の大学院を修了ののち、日本語の習得と実務経験を積みたいということで、当時勤めていた会社で2年ほど働いてもらったという関係がある。当人は極めて優秀で日本語の上達もめざましかった。タイでのタマサート大学の評価は高く、有力な人材を多数輩出していて、たまたま案件があって在日タイ商務官を訪ねた時もその人脈が大いに役に立った。そういえば東京で働き始めるときに家探しに苦労していたので、こちらから電話で賃貸を渋る大家を説得したこともあった。
特に義理はないけれども、一応知り合いの弁護士に照会してみたが、今は政府の緊急事態宣言を受け裁判所は緊急案件を除いて審理期日を先延ばししているところがあるし、弁護士事務所もテレワークや臨時休業などによって接触機会の削減に取り組んでいる状態だという。もっとも、大学同期の法曹界の連中はすでに実質的に引退していたり事務所のトップということで、どうしても世間話になってしまったが。こんな状況で、依頼についてはどうもあまり役に立つことが出来そうにもない。
タイでは優秀な男は軍隊や警察、公務員になることが多く、民間企業や弁護士等などの職種への女性の進出は目覚ましい。確かに、民間企業では、タイの男性は今一つ頼りなく女性のほうが優秀で頼りがいがあったという印象が強い。タイのコロナウイルスは沈静化しつつあるということだが、観光客の激減で深刻な影響を受けているのは他の東南アジア諸国と同じようだ。繁華街には人影がなく、土産店や空港のタクシーは閑古鳥が鳴いていて売り上げゼロの日があるほどだという。テレビでバンコク空港での客待ちのタクシーの長い列が映されていたが、これでは運転手の生活も大変だろうと思う。
バンコクで最も印象に残っている場所といえば市内を流れる大河チャオプラヤ川岸にそびえるワット・アルン(暁の寺)。何度か訪れたことがある。くらくらするような強烈な日差しの下で見上げた青い空に突き刺すような尖塔には階段があって上ることができたのだが、最初の階段以上には足がすくんでどうしても登れなかった(ガイドブックにも上り下りに注意、とあるくらい)。
そんなことを思い出しながら、本棚の奥でほこりをかぶった三島由紀夫の「豊饒の海 第3巻 暁の寺」(昭和45年7月10日発行)を引っ張り出して眺めてみた。この初版本を買ったのはちょうど50年前になる。