10 あがりを利用する
瞬発カを発揮しなければならない事態の特徴は次の3つ。
・「ここで負けたらおしまい」(一回性)
・「今やるしかない」(切迫性)
・「おれしかやれない」(自発性)
これが普段の生活だと、「また次があるさ」「まだやらなくともいい」「誰かがやってくれる」となる。
一回性、切迫性、自発性を要求する事態、それはしばしば危急存亡の事態でもあるが、そうした事態に直面すると人間はストレスを感じ、あがる。
からだが全般的に緊張し、落ち着きがなくなり、交感神経系が活動する。心臓は全身に普段よりたくさんの血液を送り込み、新陳代謝が激しくなる。からだが、危急存亡の事態へ対処するための準備状態に入ったのである。
あがりは、そうした事態での人間のからだと心のごく自然の状態なのである。ただ、日常ではあまり頻繁には起こらないので、何か異常な状態と錯覚してしまうにすぎない。
「あがってしまって」言いたいことの半分も言えなかったとか、「あがってしまって」実力が出しきれなかったとかいう経験は誰にも一度や二度はある。しかし、その多くは「あがり」が原因というよりも、あがりに「とらわれすぎた」ことによるものなのである。
つまり、こうである。手に汗がじっとりとしみ出してくる。何度ハンカチでふいても次々と出てくる。そのうちにトイレに行きたくなる。こんなことではダメだと自分にいい聞かせて、なんとか落ち着こうとする。落ち着けない自分にますますいらだちを感ずる。「あがり」がますます高じてくる。結局、パニック状態に陥ってしまい、失敗とあいなる。
図 頭の中の小人(ホムンクルス)の目で自分をみる 別添
「あがり」は、危急存亡の事態を切り抜けるために人間に備わった自然の生理的反応である。したがって、「あがり」は克服すべきものと見るよりも、むしろ利用すべきものと考えた方がいい。
「あがっている。どうしよう」ではなく、「少しあがっているかな」と自分を冷静に眺められるくらいの気持ちになれるのがよい。そして、「あがり」は、これから起こることに対処するのに役立つことを思えば、あがりと親しもうという気持ちにもなれる。
あがり方は、人によってだいたい決まっている。
トイレに行きたくなる、手のひらに汗をかく、心臓がドキドキしてくるなど。自分のあがりの徴候をまずつかむことが先決である。
そうした徴候が出てきたら、それを抑えようとしたり、忘れようとしたりせずに、じつとその徴候を観察する。「今日は少し汗の量が多いかな」「一分間の脈拍数はいくつかな」という具合である。
観察することによって、自分を客観視する。それができるようになれば、あがりによるパニック状態に陥ることも避けられる。
