12 自分自身を追いつめる
明日食べる米がない、締切りまであと二日しかない、お金があと一〇〇〇円しかないとなれば、人間誰しもがんばる。普段では考えられない程の集中力を発渾するはずである。
集中力を一気に高めることが得意な人は、こうした状況をうまく利用している。
卒業論文はどこでも締切りが厳しい。一分たりとも提出が遅れると受け付けてもらえないにもかかわらず、いつまでたっても書き出さない学生がいる。こちらがハラハラしているのに、当の本人は平気な顔をしている。ところが、残り五日となると俄然がんばり出す。驚くほどの集中力を見せる。ほとんど寝ずに書きなぐり、食事もせずに熱中する。そして立派なものを書きあげる。こんな学生が、毎年一人や二人はいる。もっとも、目も当てられない論文を提出することになる学生もいるのだが。
図 ワークリミットとタイムリミットによるタイプ分け 別添
つまり、火事場の馬鹿力である。いつもならとても持てそうにない重い物でも、ひとたび火事となると無意識のうちに外に運び出している。追いつめられた人間の強さには凄いものがある。分散していた集中力が一箇所に集められて、一気に爆発したかのようである。
しかし、誰もが、「追いつめられた」状況をうまく活用できるとは限らない。また、どんな時でも、「追いつめられた」状況が、集中力の発揮に好ましい結果をもたらすとは限らない。
たとえば、ストレスに弱い人がいる。ちょっとした意見の対立や環境の変化に、鋭すぎるくらいの感受性を持つような人である。こんな人は、あまりひどい「追いこまれた」状況に自分を置かない方がよい。集中力が一点に集められるどころか、完全に拡散してしまって支離滅裂になってしまう危険性が高いからである。
また、体力に自信のない人も、「追いつめられる」状態を利用することは考えない方が賢明である。その時にはガンバレても、終わった後でガックリきてしまう恐れがあるからである。
このような人は、集中力の発揮を分散する方策、すなわち計画性のある生活を常に心がけるようにした方がよい。無理は禁物である。
また、その仕事がどうしても他の人の援助を必要とするような場合は、こうした状況で仕事をするのは避けたほうが無難である。 自分一人のガンバリでなんとかなるものなら、火事場の馬鹿力で切り抜けられるとしても、相手に助けてもらおうという場合は、その相手が同じ調子であわせてくれるとは限らないからである。
13 一心にそのことだけを考える
寝ても覚めても、恋人のことが頭を離れない。気がつくと、新しい製品の開発のことを考えている。人と話をしていても、前の晩、解けなかった問題のことが気になる。明日、対戦する試合の相手の顔がちらつく。こんな経験をしたことはないだろうか。
いずれも注意が一つのことに集中している状態である。注意のエネルギーをどんどんためこんでいるところである。こんな状態がしばらく続けば、エネルギーをためきれなくなって、それを一気に吐き出す時が来る。それが瞬発カである。
意図的にこうするための工夫のいくつかをあげてみよう。
(1)机の前の壁や、手張の随所に「なになにの件、あと何日」と書き込む。
(2)「いつまでに何をする」と広言してまわる。
(3)絶対にできる、勝てるという自信を持つ。
ここで、ピグマリオン効果とよばれているギリシャ神話にちなんだ話を紹介しておく。
キプロスの王様ピグマリオンは、みずから大理石に刻んだ女性に恋をしてしまい、なんとか結婚したいと思い続けた。それを聞いた美の女神アフロディテは気の毒に思い、その大理石像に生命を吹き込み、ピグマリオンはめでたく結婚できたというものである。
熱心に願い続ければ、その願いはいつしかかなうというのが、このピグマリオン効果である。
たとえば、会いたいと思っている恋人に道でバッタリ会ったとか、マージャンで欲しい欲しいと思っていたパイがドンピシヤリときたり、とかである。
こうしたことが起こるのは、無論、偶然である。ただ心に念じている間に、いつも以上にがんばることが、願いの実現につながっているのである。ただ願うだけで寝ていてはだめなのである。