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記憶の衰えと馴染む

2012-10-01 | Weblog
1章 記憶の衰えと馴染む [認知と学習の心理学」より

1.1 講義中の記憶障害に悩まされる

●一部しか思い出せない
講義ではよく板書をする。「意識、英語でーー」と黒板に書こうとすると、最初の3文字conくらいは出てくるが、あとが続かない。「おせん」の「お」を漢字で書こうとすると、さんずいだけは書けるが、右のつくり(旁)のほうが出てこない。
いずれも部分再生現象である。誰にもいつでも起こるが、加齢とともに頻度は確実に増える。学生には、講義の開始時にこうしたことが起こるかもしれないのでお許しを、そしてできればお助けを、とここ5年くらいはあらかじめ宣言することにしている。しかし、学生はあまり教えてくれないので、最近では、電子辞書をかかさず教室に持っていくようにしている。
講義では、つい余計な事をしゃべってしまうことが多い。話しているうちに、どんどん余計な事が思い出されてしまうので、あらかじめ準備してないことも話してしまう。それが講義をする自分の楽しみでもあるし、聞いている学生諸君のほうも、そんな話しのほうにむしろ関心を持ってくれることもあるので、こうしたぶざまなことになってしまうリスクはあるが、やめられない。

●名前が思い出せない
 もう一つ、授業に関連して困っていること。それは、学生の名前が覚えられないことである。
名前だけではない。場所名、物名など固有名詞が思い出せなくなると、まぎれもなく高齢者の仲間入りである。
1学期も終わり頃、ようやく学生の顔と名前が一致した頃、夏休み。2か月間の休みが終えて新学期。さすがに顔だけは馴染みのある学生がそろうが、肝心の名前が出こない。出てきても、別の学生の名前だったりしてしまう。
家では、家内も同じような状態なので、2人して、「あれそ
れこれ」会話になってしまうが、いつものことなので、それでとりたてて不便は感じない。
たとえば、「ほら、あの、自衛隊で切腹して死んだ作家の本で、
、なんとかの宴という本、どこにあるかなー」「あーあの本
ね。なんとかの宴ではなくて、宴のなんとかじゃなかったかなー。
えーっと、そうそう、その作家の名前、東海道の駅の名前にあったよね!」 そして、ややしばらくして、もう探すのを忘れた頃に「三島由紀夫の“宴のあと”」がふっとした拍子に思い出す。
喉まで出かかる現象(ど忘れ)である。
肝心の固有名詞は出てこないが、その周辺的な事柄は結構思い出す。よく知っているという感じが強くあるので、思い出せないと残尿感にも似た気持ちの悪さを伴う。

コラム「漢字のど忘れ対策」****************
漢字について自分で実行しているど忘れ対策は、以下のようなことである。ワープロを使うようになってかなりひどい状態になっている。
「ど忘れ状態に入ってしまった時の対策」
○思い出せることをどんどん書き出してみる
○一時的に思い出すのをやめる
「日常的など忘れ対策」
○画数の多い漢字は、細部まで正確に書いて覚える
○熟語で覚える
○手書きの機会を増やす
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