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●インタフェースとしてのデザイン
かつて、心理学研究者として、わかりやすいマニュアル作りの研究をしていたことがある。研究の基本的なスタンスは、「ユーザはこのように頭と身体を使ってマニュアルを読むのだから、このような指針に従ってマニュアルを制作してくれればわかりやすくなるはず」というものであった。そして、具体的には、もっぱら認知心理学の知見を総動員して、わかりやすいマニュアル制作の指針を提案してみた。そして、「ユーザ・読み手の心をつかむマニュアルの書き方」というタイトルの本上梓したのが、1987年であった。
きっかけになったのは、ある企業で、マニュアル評価の仕事をされていた方からの持ち込み仕事であった。出来上がったマニュアルの評価をしているのだが、何か客観的な評価ポイントのようなものがあれば助かるのだが、ということであった。
制作者からすれば、精魂込めて作り上げたマニュアルに理屈もなくけちがつくのは我慢がならないのは当然であるが、しかし、それを読まされるユーザからすれば、こんな表現は困る、これでは誤操作を導いてしまう,といったことが起こってしまう。それを防ぐのが、評価者(品質管理者)の仕事になる。その仕事に心理学的な裏付け(指針)がほしいということからはじまった仕事である。
この仕事がきっかけになり、インタフェースの領域に足を踏み入れることになった。といっても人工物そのもののではなく、もっぱらITがらみの情報環境のわかりやすさの研究をすることになった。
そのなかで、気になっていたのがデザインであった。製品とユーザとをつなぐインターフェースとしては、マニュアルと同じ位置づけになりながらも、両者の違いが気になったのである。それが、本書を実践心理学講座に加えさせる理由の一つであった。
そして、編集の労をお願いすることになったのが千葉大学工学部デザイン工学科の日比野教授であった。
●千葉大学工学部デザイン工学科
この学科には、小山准教授という心理学研究者もいる。デザインする人の中にまじって、どのような心理学研究をしているのか、興味もあった。
デザインに限らないが、心理学に期待されるのは、当然、ユーザがらみのことになる。
ユーザは一体何を考えどのように振る舞うのかが知りたいというのが一つ、もう一つは、実際に製品を買ってもらって快適かつ安全に使用してもらえるかをチェックする(ユーザビリティテスト)ことである。小山氏に直接、期待される役割である。
さらに推察するに、デザインする人と心理学者とが同じ組織の中で共通の目的で教育研究をしているなかでは、この2つに加えて、外部からはうかがいしれない、いやもしかして内部の方々も意識していないかもしれない「暗黙知的な交流」による成果が生み出されているはずである。それが本書のいくつかの章からうかがえるように思えるのだが、いかがであろうか。
●クリエーションとしてのデザインと心理学
心理学の知識の有無などとはまったく無関係に、デザインすることは可能である。そして多分、世の中に出回っているデザインのほとんどは、デザイナーの感性にもっぱら頼って制作されたものではないかと思う。それが問題となるのは、一つには、デザインが、受け手であるユーザの心理行動特性とのずれが発生してしまう場合である。
第8章「視覚障害とデザイン」が端的な例になる。視覚障害者の心理行動特性についての知識なくしての最適デザインはありえない。本書全体にわたって、こうした視点が貫かれている。
デザイナーの感性に依存した制作でもう一つ問題が発生するのは、芸術的な完成度の高さへ要求である。本来は、デザインにおけるユーアビリティと芸術性とは、車の両輪のようなものであるべきだが、ときおり、芸術性が優先されてしまうようなことが起こる。絵画や映像などの芸術性なら何も問題はないのだが、デザイン、とりわけ生活と密着したところでのデザインでは、芸術性優先は、使い勝手や安全の点で、問題を引き起こしがちである。
これについては、しかし、明快な回答を持っていない。おそらく、デザイン制作の現場では、日常的に抱えている葛藤ではないかと思う。というより、抱えてほし葛藤でもある。
それが本書全体の底にあるもう一つの暗黙のメッセージである。
「追記」本書のタイトルにある「色彩」は、感覚属性の代表として挙げたもので、音や香りなど他の感覚属性とデザインについての章も用意されていることをあかじめお断りしておく。
(海保博之)