思考管理不全によるヒューマンエラー
●はじめに
人間の最も高次の知的活動である思考には、コンピュータのような厳格で信頼性の高い側面もある一方では、独断、偏見、思い込みなどなど「高次」とはほど遠い側面もある。後者はとりわけ、エラー、事故に深く関係している。高次であるだけに、意識的な自己管理が可能な領域であるが、外部からの管理支援も大事である。
●思考を現実と論理でチェックする---思考結果のチェック支援
思考は頭の中の仮想世界で自由自在に展開できる。宇宙に思いをはせることもできるし、これから起こるであろうことを予測してみることもできる。 しかし、自由自在な思考も、人が現実の中で生きている限り、思考の結果については、厳しい現実によるチェックと論理によるチェックを受けることになる。 このチェックを自分でするのが思考の自己管理、他者がするのが思考の他者管理になる。 しかし、いずれの管理も、なかなか思い通りにはいかない。 「理屈ではそうだが、現実はそうはいかない」の殺し文句?にもあるように、現実チェックと真理性チェックとが時には葛藤してしまうこともあったり、そもそもチェック機構がうまく働かないこともある。そこをどうするかが、今回の考えどころとなる。
●思考結果をクリティカルに吟味する---論理性チェック支援
クリティカル思考(ゼックミスタら「クリティカル・シンキング」北大路書房)という研究領域がある。自分の思考結果が、適切であるか(適切性)、真実か(真実性)、どれくらい確からしいか(蓋然性)を考える(メタ認知する)ための方策を研究する領域である。 彼らによると、クリティカル思考ができるようになるには、まずは、次の10の心がけ(態度)が必要とされている。 知的好奇心、客観性、開かれた心、柔軟性、知的懐疑心 知的誠実さ、論理性、追及心、決断力、寛容性 もちろん、心がけだけでは充分ではない。思考結果を吟味する3つの観点(適切性、真実性、蓋然性)とはどんなことかを知ることが最も大事になる。それを訓練するのが、クリティカル思考のねらいである。
たとえば、「線路に置いてあった工具をはね飛ばして列車が脱線したという事実があったとき、この列車の脱線の原因はと問われたらあなたはどう答えるか」。10の心がけを念頭において、考えてみてほしい。 「うっかり、作業員が工具をしまい忘れたのだろう」と結論づけて満足してしまうようだと、クリティカル思考にはならない。
●現実に誘導された思考こそクリティカル思考にかける---ヒューリスティック思考チェック支援
エラー、事故が想定される現場で、いかにクリティカル思考が大切だからといって、10分も1時間もかけてじっくりと思考をするというわけにはいかない。 現場の時間進行と思考の時間進行とが同期しないと(時定数の一致)、せっかくの思考結果もまったく無駄になってしまう。 となると、誤るリスクはあっても、その時その場で「とりあえずの解答」を出してみるという思考方略---ヒューリスティック思考と呼ぶ---が求められることになる。 ヒューリスティック思考の特徴は次の3点にまとめられる。
(1)思考に使う認知的コストが低い
(2)論理的には誤っていても、その時その場では妥当なことが 多い
(3)その時その場にある手がかりと、それに駆動され活性化された頭の中の知識が思考に使われる
「しまい忘れ工具が脱線原因」としてしまう推論も、ヒューリスティックス思考の結果と言える。「工具--脱線させる原因になる--作業に使う--しまい忘れ」は、誰しもがすぐに思いつく、おおむねその時その場での妥当な結論の一つではある。 しかし、「その工具が、脱線させる原因にはなりえないものだったら」とか、「その工具でするべき仕事がしてなかったら」というように、さらに思いをめぐらすのが、クリティカル思考である。 クリティカル思考がなされないと、とりあえず出した(思いついた)一つの可能性が、最終的な結論として固着してしまう。そこに、ヒューリスティック思考のリスクがある。
●思考の固着に要注意---思考の固着認識支援
思考の固着とは、思考の方略も結論もいつもワンパターン、しかもそれが正しいものと信じ込んでしまうというものである。 クリティカル思考とは正反対の思考の癖であるが、人のヒューリスティック思考に内在する構造的な癖とも言えるところがあるので、充分な注意が必要である。 思考の固着をもたらす条件には、外部条件と内部条件とがある。 ・外部条件その1;思考を駆動する手がかりが顕著(手がかり固着) 「工具」があまりに際立っているため、他の可能性に目がいかなくなってしまうようなケースである。 ・外部条件その2;速く答えが求められる(解答固着) 事態が急速に進展してしまう状況では、今どうするが最重要課題になる。時間ストレスが強いとその時思いついた解答にしがみつくことで安心してしまいがちである。 ・内部条件その1;同じ思考方略ばかり使っている(方略固着) 同じ状況での仕事は同じ考え方ばかりを使うことになる。状況が大きく変化したときも、前の状況でうまくいっていた思考方略を使ってしまう。 ・内部条件その2;その時活性化している知識しか使わない(知識固着) 状況がきちんとつかめないとき、ちょっした手がかりに触発されて活性化している知識だけを使って状況を解釈する仮説---メンタルモデルと呼ぶ---を立てて、その枠組の中でしか状況を解釈しない。かくして、思い込みエラーが発生することになる。
●思考の固着から脱却する---思考の固着脱却支援
思考の固着が人の癖であることの認識をきちんと持つことがまずは大切になる。 その上で、思考の固着から抜け出るための具体的な方策を取ることになる。 (1)クリティカル思考をする 時間ストレスがないときには、有効である。 (2)現場を一時的に離脱してみる 手がかり固着から逃れるには、一時的に現場から物理的に離れてみることも有効である。1mの距離では見えなかったものが、5m離れると見えることもある。 (3)一時的に判断停止(エポケ)、行為停止をしてみる 何が何やらわけがわからない状態のときには、思い付きのへたな状況対応をすると、ますます状況が悪くなることがある。そんなときは、ともかく何もしない、何も考えないという方策もあってよい。 (4)人の助けを借りる 思考は自分の頭の中で起こる。だから固着も起こる。そこで、周囲に仲間がいるなら、自分の思考結果を口に出して相談してみる。共同思考である。
●はじめに
人間の最も高次の知的活動である思考には、コンピュータのような厳格で信頼性の高い側面もある一方では、独断、偏見、思い込みなどなど「高次」とはほど遠い側面もある。後者はとりわけ、エラー、事故に深く関係している。高次であるだけに、意識的な自己管理が可能な領域であるが、外部からの管理支援も大事である。
●思考を現実と論理でチェックする---思考結果のチェック支援
思考は頭の中の仮想世界で自由自在に展開できる。宇宙に思いをはせることもできるし、これから起こるであろうことを予測してみることもできる。 しかし、自由自在な思考も、人が現実の中で生きている限り、思考の結果については、厳しい現実によるチェックと論理によるチェックを受けることになる。 このチェックを自分でするのが思考の自己管理、他者がするのが思考の他者管理になる。 しかし、いずれの管理も、なかなか思い通りにはいかない。 「理屈ではそうだが、現実はそうはいかない」の殺し文句?にもあるように、現実チェックと真理性チェックとが時には葛藤してしまうこともあったり、そもそもチェック機構がうまく働かないこともある。そこをどうするかが、今回の考えどころとなる。
●思考結果をクリティカルに吟味する---論理性チェック支援
クリティカル思考(ゼックミスタら「クリティカル・シンキング」北大路書房)という研究領域がある。自分の思考結果が、適切であるか(適切性)、真実か(真実性)、どれくらい確からしいか(蓋然性)を考える(メタ認知する)ための方策を研究する領域である。 彼らによると、クリティカル思考ができるようになるには、まずは、次の10の心がけ(態度)が必要とされている。 知的好奇心、客観性、開かれた心、柔軟性、知的懐疑心 知的誠実さ、論理性、追及心、決断力、寛容性 もちろん、心がけだけでは充分ではない。思考結果を吟味する3つの観点(適切性、真実性、蓋然性)とはどんなことかを知ることが最も大事になる。それを訓練するのが、クリティカル思考のねらいである。
たとえば、「線路に置いてあった工具をはね飛ばして列車が脱線したという事実があったとき、この列車の脱線の原因はと問われたらあなたはどう答えるか」。10の心がけを念頭において、考えてみてほしい。 「うっかり、作業員が工具をしまい忘れたのだろう」と結論づけて満足してしまうようだと、クリティカル思考にはならない。
●現実に誘導された思考こそクリティカル思考にかける---ヒューリスティック思考チェック支援
エラー、事故が想定される現場で、いかにクリティカル思考が大切だからといって、10分も1時間もかけてじっくりと思考をするというわけにはいかない。 現場の時間進行と思考の時間進行とが同期しないと(時定数の一致)、せっかくの思考結果もまったく無駄になってしまう。 となると、誤るリスクはあっても、その時その場で「とりあえずの解答」を出してみるという思考方略---ヒューリスティック思考と呼ぶ---が求められることになる。 ヒューリスティック思考の特徴は次の3点にまとめられる。
(1)思考に使う認知的コストが低い
(2)論理的には誤っていても、その時その場では妥当なことが 多い
(3)その時その場にある手がかりと、それに駆動され活性化された頭の中の知識が思考に使われる
「しまい忘れ工具が脱線原因」としてしまう推論も、ヒューリスティックス思考の結果と言える。「工具--脱線させる原因になる--作業に使う--しまい忘れ」は、誰しもがすぐに思いつく、おおむねその時その場での妥当な結論の一つではある。 しかし、「その工具が、脱線させる原因にはなりえないものだったら」とか、「その工具でするべき仕事がしてなかったら」というように、さらに思いをめぐらすのが、クリティカル思考である。 クリティカル思考がなされないと、とりあえず出した(思いついた)一つの可能性が、最終的な結論として固着してしまう。そこに、ヒューリスティック思考のリスクがある。
●思考の固着に要注意---思考の固着認識支援
思考の固着とは、思考の方略も結論もいつもワンパターン、しかもそれが正しいものと信じ込んでしまうというものである。 クリティカル思考とは正反対の思考の癖であるが、人のヒューリスティック思考に内在する構造的な癖とも言えるところがあるので、充分な注意が必要である。 思考の固着をもたらす条件には、外部条件と内部条件とがある。 ・外部条件その1;思考を駆動する手がかりが顕著(手がかり固着) 「工具」があまりに際立っているため、他の可能性に目がいかなくなってしまうようなケースである。 ・外部条件その2;速く答えが求められる(解答固着) 事態が急速に進展してしまう状況では、今どうするが最重要課題になる。時間ストレスが強いとその時思いついた解答にしがみつくことで安心してしまいがちである。 ・内部条件その1;同じ思考方略ばかり使っている(方略固着) 同じ状況での仕事は同じ考え方ばかりを使うことになる。状況が大きく変化したときも、前の状況でうまくいっていた思考方略を使ってしまう。 ・内部条件その2;その時活性化している知識しか使わない(知識固着) 状況がきちんとつかめないとき、ちょっした手がかりに触発されて活性化している知識だけを使って状況を解釈する仮説---メンタルモデルと呼ぶ---を立てて、その枠組の中でしか状況を解釈しない。かくして、思い込みエラーが発生することになる。
●思考の固着から脱却する---思考の固着脱却支援
思考の固着が人の癖であることの認識をきちんと持つことがまずは大切になる。 その上で、思考の固着から抜け出るための具体的な方策を取ることになる。 (1)クリティカル思考をする 時間ストレスがないときには、有効である。 (2)現場を一時的に離脱してみる 手がかり固着から逃れるには、一時的に現場から物理的に離れてみることも有効である。1mの距離では見えなかったものが、5m離れると見えることもある。 (3)一時的に判断停止(エポケ)、行為停止をしてみる 何が何やらわけがわからない状態のときには、思い付きのへたな状況対応をすると、ますます状況が悪くなることがある。そんなときは、ともかく何もしない、何も考えないという方策もあってよい。 (4)人の助けを借りる 思考は自分の頭の中で起こる。だから固着も起こる。そこで、周囲に仲間がいるなら、自分の思考結果を口に出して相談してみる。共同思考である。