1983年の北海道ツーリングにて。神威岬を遠望する。白い矢印の下が神の岩。
1980年代に神威岬に道が通っていなかったのはご存知だろうか。当時は積丹半島を一周する道路もなく、積丹半島の北側は、神威岬の数キロ手前で道が途切れていた。現在の知床半島のような状態だ。道がなくて不便だったから積丹半島は観光的に人気がなく、神威岬まで行くのは物好きだけだったのである。
そのころ神威岬を見るには、行き止まりの駐車場にバイクをおいて、念仏トンネルという名のトンネルを抜けていったのである。トンネルは手掘りの狭くて真っ暗なもので、入ってしばらく行くと右に直角に曲がる。真っ暗闇なので手探りですすむと、更に左に直角に曲がって出口にいたるのだ。距離は30メートルくらいだったと思う。暗闇の中を行くのは心細いから、念仏を唱えながらいく、という意味でこの名になったと記憶している。暗い中で知らずに行き来する人の手や体がぶつかったりして、互いに悲鳴を上げたことなどもあったようだ。
念仏トンネルをぬけると前方に丘があった。どこが道なのかわからないような茫洋としたところを丘にのぼっていくと、草原が広がっていて、その数キロ先に神威岬と、岬の先の海中にたつ神の岩が見えたのである。
一帯は道がなく立ち入り禁止だった。ずっと草原だけが岬までつづいていた。ここはアイヌの聖地だから進入禁止とあり、女人禁制の土地だった。丘にはロープが張られていて、人が草地に踏み込むことを禁じていた。
そして神威岬の先の海中にたつ岩は、自然物とは思えないほど神秘的な魅力を放っていた。神の岩、と言われるが、たしかに神性を感じる。その神の岩から視線を外せなくなってしまった。まわりにいた2・3人の人たちも、動きを止めて岬を見つめていた。美術品に魅入られたことはこれまでもあったが、自然物に魅了されたのはこれが初めてだった。そして、これ以上神に近づいてはいけないのだと思ったものだ。そうしないと、神性が薄れてしまう、と。
念仏トンネルを知る人は少なくなった。トンネルはまだあるらしいが、崩落の危険のため通行禁止になっていると聞いた。
2001年の北海道ツーリングにて。神威岬まで道路はとおり、アイヌの聖地で女人禁制だった岬は開発されて、見る影もなく俗化してしまった。岬の先まで道ができてしまって観光客が出入りしているが、私は岬にある木の門までしか行かなかった。神に近づくべきではないのだと感じて。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます