事務職員へのこの1冊

市町村立小中学校事務職員のたえまない日常~ちょっとは仕事しろ。

「茜色に焼かれる」(2021 スターサンズ)

2024-06-25 | 邦画

主演尾野真千子、脚本・監督・編集が石井裕也とくれば、なんで見逃していたのか。

夫(オダギリジョー)を高齢ドライバーの運転ミスによって失った良子(尾野真千子)は、謝罪もなかったことに憤り、賠償金の受け取りを拒否する。しかし経営していたカフェはコロナのためにたたまざるをえず、夫の愛人の子への養育費も支払い続けている。

生活のために風俗で働く(けっこうすごい描写)彼女には、息子がいじめられたり、むかしの同級生にだまされたり、理不尽がことばかりが起こる。

しかし彼女は常にこう言って笑っている。

「まあ、がんばりましょう」

あらゆる不幸に苦しめられながら、それでもポジティブな良子の姿をこそ石井監督は描きたかったのだそうだ。コロナに苦しむ観客たちに向けてのメッセージ。彼女が傷ついていないはずはないのに。そのきつさを描く石井脚本がすごい。

尾野真千子はこの作品でその年の主演女優賞を総取りした。彼女のキャリアには驚かされどおし。河瀨直美に中学生のときに靴箱の掃除をしているところをスカウトされ「萌の朱雀」でデビューしたのはすでに伝説。

彼女を初めて見た「リアリズムの宿」ではいきなり全裸で疾走して登場。

原田芳雄と共演した「火の魚」(NHK広島制作)での

「わたくし、もてた気分でございます」

というセリフに泣かされ、この演技が朝ドラ「カーネーション」の主役につながる(のかな?)。以降も「外事警察」「そして父になる」「ヤクザと家族」と名演をつづけている。そんな彼女の、これは代表作になるだろう。

そうか尾野真千子ももう四十代か。いい感じで年齢を重ねているので、これからもわたしたちを楽しませてくれることだろうと思う。

うん、がんばりましょう。

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「ロスト・ケア」(2023 東京テアトル=日活)

2024-06-20 | 邦画

主演が長澤まさみ松山ケンイチ。脇を固めるのが柄本明、峯村リエ(真田丸の大蔵卿ね)など。介護士による42人殺しのお話。人数的には「」の19人を上回る。

老人介護の現実を徹底的に見せつけられる。わたしの父親が元気なのは本当にしあわせなことであると実感。ちょっと元気すぎるけど。

誰もが親が死ぬと罪悪感をいだく。もっとしてあげることがあったのではないかと。これは永遠の課題であり、子であることの宿命なのかも。原作は葉真中顕

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「仮面病棟」(2020 WB)

2024-06-19 | 邦画

劇場で予告編を見たら、ピエロの仮面をかぶった人間が疾走し、主人公たちを病院内で追いかけまわしていた。はあ、これはジェイソンとかフレディのタイプの映画なんだな、と得心。すくなくともそういう客を想定してるんだなあと。

違いました。原作が知念実希人だから、堂々たるミステリ映画なのでした。

むかしは精神科の病院で、いまは療養型となってお年寄り向けの施設になっている田所病院が舞台。原作ではわたしが住んでいた狛江にあることになっている。

その、ピエロの仮面の男(?)がコンビニ強盗をはたらき、逃走中に通りすがりの女子大生の瞳(永野芽郁)の腹部を撃ち、田所病院に彼女を連れて逃げ込む。

当直のアルバイトだった速水(坂口健太郎)に、ピエロ男はすぐに手術しろと迫る。施錠されていた手術室は、驚くほど最新鋭の機器をそろえていた……

監督は「99.9」や「屍人荘の殺人」の木村ひさし。脚本は彼と知念が共同で書いている。知念のことだからどんでん返しがあるだろうと観客に思わせて、それ以上にひっくり返して見せている。

エレベーターの上下動が映画的興奮を呼ぶ。まったく退屈しませんでした。拾いもの。

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「鳩の撃退法」(2021 松竹)

2024-05-11 | 邦画

月の満ち欠け」の時も思ったのだけれど、佐藤正午の作品は映画にするのはしんどいのではないかと想像します。なにしろ、ニュアンスと含羞の人なのだから。

だけれども「永遠の1/2」「リボルバー」「身の上話」などが傑作になっており、この「鳩の撃退法」もまた、しゃれた犯罪映画っぽく仕上がっていて気持ちがいい。役者の選択が意外なことにどんぴしゃで、藤原竜也、豊川悦司、岩松了、リリー・フランキーとくれば……。

月の満ち欠けの映画篇につづく

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「ヤクザと家族 The Family」(2021 スターサンズ=KADOKAWA)

2024-05-07 | 邦画

製作総指揮を担当した河村光庸(みつのぶ)さんはまことにすごい製作者で、配給会社スターサンズをつくった人でもある。かかわった作品がとんでもないのだ。

「牛の鈴音」「息もできない」「かぞくのくに」「あゝ、荒野」「新聞記者」「i-新聞記者ドキュメント」「宮本から君へ」「茜色に焼かれる」「パンケーキを毒見する」「妖怪の孫」そして「」。

キネマ旬報ベストワンや日本アカデミー賞とりまくり。そしてそれ以上に、題材のチョイスが抜群であることに気づく。いったい誰が障がい者を何名も惨殺する映画や、ときの総理をアニメまで使って揶揄する映画、北朝鮮からやってきた兄とその追跡者なんて映画をつくろうと思うだろう。思ったとしても作品として完成させ、ヒットさせたのは河村さんだからこそだ。

監督の藤井直人はそんな河村さんを信頼し、現在のヤクザがどんな状況なのかを描いて見せた。

要するに、反社と呼ばれる彼らに、人権など存在しないのである。それがいいとか悪いとか以前に。銀行に口座も開けない、アパートも借りられない……それを後押ししたのはわたしたち“世間”だ。もう誰も身内のトラブルをやくざに解決してもらおうという人はいない。

捨て鉢な生活をしている山本(綾野剛)は、ヤクザだった男の未亡人である愛子(寺島しのぶ)が営む焼肉屋で、柴咲組の組長、柴咲博(舘ひろし)の命を救う。山本を気に入った柴咲は、組に入らないかと誘うが、山本は断る。しかし、山本が命を落とすところだったのを救ったのは、柴咲の名刺のおかげだった……

漢(おとこ)をみがくのがヤクザだと信じていた山本にとって、懲役を終えてでてきた現在のヤクザのありようは信じられないものだった。組を抜けるものは後を絶たず、残ったものたちもシラスウナギの密漁で生計を立てているのだ。

そして、ヤクザであることをやめようとしない山本に、恋人だった由香(尾野真千子)や子分だった竜太(市原隼人)、そして愛子の息子である翼(磯村勇斗)は影響を受けていく……。

藤井演出は、例によって役者たちからみごとな演技を引き出している。傑作。そしてこれらの傑作を遺して、河村さんは亡くなってしまった。享年72才。早すぎる。

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「月の満ち欠け」(2022 松竹)

2024-05-05 | 邦画

あの佐藤正午の原作なのだから面白くないわけがないのだが、小説と違い、映像としてあのストーリーが眼前に現れると、倫理的にこれだいじょうぶなのかなと疑問も。

生まれ変わりの話だが、東野圭吾の「秘密」が映画化されたときもきわどいなと思ったものでした。まあ、主演が大泉洋なのでそのあたりはうまく中和されてはいるんだけど。

それにしてもいい男が出てきたなあと思ったら目黒蓮でした。知らないのはわたしだけだろう。ある事情をかかえる女性に有村架純。この人、ほんとにいいですわ。

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「クリーピー 偽りの隣人」(2016 松竹=アスミック・エース)

2024-05-03 | 邦画

黒沢清監督、西島秀俊香川照之主演とくれば、観ていないほうが不思議。ただ、予告編では隣家の娘が

「あの人(香川照之)はお父さんじゃない」

と西島秀俊に告げるシーンがあり、ああ、よくあるなりすましパターンの映画なのかと思っていました。

全然違ってた。

予想よりも、はるかに邪悪な作品。さすが、クリーピー(ゾクゾクする)というタイトルだけのことはある。

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マイベスト2023 国内興行成績邦画篇

2024-04-24 | 邦画

世界興収篇はこちら

しまった。いちばん大事なマイベストを忘れてました。国内興行成績篇です。これも実はキネ旬の月刊化が影響していて、ベストテンが増刊号で、業界総決算が4月号にまわっているのでした(前は特大号で一気に特集されていた)。

わたしはこの業界関係のお話が大好きなのです。まあ、知ってるでしょうけど。

それでは日本映画篇。単位は千万円です。

1 THE FIRST SLAM DUNK (東映)1587

2 名探偵コナン 黒鉄の魚影 (東宝)1388

3 君たちはどう生きるか (東宝)896

4 ゴジラ-1.0 (東宝)601

5 キングダム 運命の炎 (東宝=SONY)560

6 ミステリと言う勿れ (東宝)480

7 劇場版TOKYO MER 走る緊急救命室 (東宝)453

8 映画ドラえもん のび太と空の理想郷 (東宝)434

9 「鬼滅の刃」上弦集結、そして刀鍛冶の里へ (東宝=アニプレックス)416

10 劇場版アイドリッシュセブン LIVE 4bit BEYOND THE PERiOD (バンダイナムコ=東映)293

去年のワンピースにつづいて東映の二連覇。まあ、総興収から言えば、去年も東宝が圧倒的に強かったのはランキングに現れている。

2022年はトップテンのなかで「シン・ウルトラマン」一本しか見ていなかったが、2023年もわずかに3本。そのうち2本がアニメなのは、いかにも日本人らしいなわたしは。

驚異的なのは名探偵コナンで、ここに来てなお成績が伸びている。現在公開中の新作もえらい騒ぎだ。見逃してくやしいのはキングダムだな。どう考えても大画面向きの作品だしね。それにしても、山崎賢人はよく働きますねえ。

洋画篇につづく。

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「ある男」(2022 松竹)

2024-04-16 | 邦画

原作が「決壊」「ドーン」の平野啓一郎。監督は「愚行録」「蜜蜂と遠雷」の石川慶、脚本が山下敦弘とのコンビが多い向井康介。キャストは妻夫木聡、安藤サクラ、窪田正孝、清野菜名、柄本明……これだけの作品を、なぜ見逃していたのだろう。ちょっとびっくりするくらいすばらしい映画だった。

離婚して、故郷の宮崎にもどった里枝(安藤サクラ)は、文房具店を営みながらつらい日々をすごしていた。そこへ、画材を求めてある男が訪れ、大祐と名乗ったその青年(窪田正孝)と里枝の距離は次第に縮まり、先夫との子、二人の間の子の四人で穏やかな生活が始まる。

しかし、不幸な事故で大祐は亡くなってしまう。彼の兄(眞島秀和)が訪れ、遺影にお線香をあげるが、兄はいぶかしむ。

「これ、大祐じゃないですけど」

では、彼はいったい何者だったのか。理江は離婚したときに世話になった弁護士、城戸(妻夫木聡)に調査を依頼する。城戸はその調査にのめりこんでいく。彼が在日であることを柄本明に一瞬にして理解されるあたりの仕掛けがうまい。

この、名もなき男の人生こそこの映画の勘所。名を捨てるという選択肢については、そうだろうなとも思いつつ、そうなんだろうかとも。

石川慶は「愚行録」に顕著だったが、エキストラの一人ひとりにまで自然な演技をさせたていねいな監督だ。その特徴はこの作品でも充分に発揮されている。妻夫木、安藤、窪田以外のキャストも、ドラマと有機的にからんですばらしい。

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マイベスト2023 キネ旬ベストテン日本映画篇

2024-03-18 | 邦画

非ミステリ篇はこちら

つづいてはキネマ旬報ベストテン篇。前にもお伝えしたように、今年から増刊号での発表になったので、急いで書店に走る。あ、あった。よかったあ。この雑誌を読み始めた50年ほど前の高校時代のようにドキドキした。

にしても、ネットの時代に紙の映画雑誌が苦しいことは理解できる。北米の封切りとほぼ同時に日本公開ということも増えたので、速報性という意味で圧倒的に不利だからだ。

だからキネ旬が生き残ろうと思えば、原稿の質を高めるしかない。これまで以上に、映画をめぐる深い洞察を感じさせる雑誌となるしかない。期待しています。

それではベストテンを。

【日本映画】

1 「せかいのおきく」(阪本順治)東京テアトル

2 「PERFECT DAYS」(ヴィム・ベンダース)ビターズ・エンド

3 「ほかげ」(塚本晋也)新日本映画社

4 「福田村事件」(森達也)太秦

5 「」(石井裕也)スターサンズ

6 「花腐し」(荒井晴彦)東映ビデオ

7 「怪物」(是枝裕和)東宝=ギャガ

8 「ゴジラ-1.0」(山崎貴)東宝

9 「君たちはどう生きるか」(宮崎駿)東宝

10 「春画先生」(塩田明彦)ハピネットファントム

10本中6本は観ているんだから好成績。もっとも、「せかいのおきく」は鶴岡まちなかキネマで上映してくれていたのに見逃してる。アカデミー賞を受賞した「ゴジラ-1.0」(それにしても秀逸なタイトル)「君たちはどう生きるか」の年として記憶されるのだろうが。

外国映画篇につづく

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