初めて入った池袋シネマサンシャインのエレベーターのなかで、女性ふたりがもめている。
「うーん、でもアクションがあるだけ、あれよりは面白かったんじゃない?」
「あれ?」
「そう、ほら、キムタクが出たやつ」
「あーっ、『1941』ね!」
「そうそう、1941」
ちがうぞお姉ちゃんたち。それは「2046」(監督ウォン・カーウァイ)でしょ。
ウォン・カーウァイがカンフー映画を撮る。しかもそれはブルース・リーの師であり、詠春拳の使い手であるイップ・マンの伝記だとか。これは気になる。
しかも演ずるのはトニー・レオン、共演がチャン・ツィイーにチャン・チェンとくれば期待するなという方が無理だ。でも、ウォン・カーウァイのことだから血沸き肉躍る活劇パターンにはならないんだろうなあ……そのとおりでした。
開巻、時代背景がチャート入りでていねいに解説される(日本だけのサービスかもしれない。ナレーターは津嘉山正種)。
1930年代、日中戦争前夜の中国では、北のカンフーと南のカンフーの融合が図られようとしていた。おおひょっとして天下一武道会なお話?
しかしカーウァイは、思想や政治と結びついたカンフーが、日本軍の侵攻によってねじまげられていく経過を冷徹に描く。国民党の刺客だったチャン・チェンと、名家の生まれであるイップ・マンは、よく考えてみればかすりもしていない。それが、人生だとでもいうように。
悲劇のヒロインであるチャン・ツィイーがフィクショナルな存在であるにもかかわらず、劇的興奮を鎮めよう鎮めようとしているかのようだ。ブルース・リーらしき人物も、ラスト近くにちょっと出てくるだけだし。これでは、池袋の女性たちならずとも肩すかしをくった気分になるだろう。
しかし、気が遠くなるほど美しいアクションだけでも金を払う価値はあった。格闘は闇の中で雨や雪に濡れながら、あるいは妓楼の派手なインテリアを破壊しながら行われる(まるでセックスのよう)。
史上もっとも美しいカンフー映画であることは確実。すべてを受け止めてうつむく表情が哀しいトニー・レオンこそ、大いなる師と呼ぶにふさわしい。