渡邉恒雄篇はこちら。
漫画評論家の村上が亡くなっていたことに気づかなかった。不覚。いしいひさいちなどのコミックを出版するチャンネル・ゼロを設立。そしてそして、この会社から出た漫画季刊誌「漫金超」のわたしは大ファンだった。
1980年から81年にわずか5号しか発行されなかったのだが、執筆陣がすごい。いしいひさいち、ひさうちみちお(テレビにもよく出ていたから知っている人も多いと思う)、川崎ゆきお(猟奇の人ね)、宮西計三など、関西のとんがった漫画家たちが集結していたのだ。コラムも激しく充実していた。
しかし季刊とはいえ、とにかくいつ書店に出るのかさっぱり読めない雑誌でもあり、コンプリートしている人は(特に東日本では)少ないのではないだろうか。わたしの漫金超はどこへ行ったかなあ。あの時代に、書店が充実していた東京にいたのはラッキーだった。
オリビア・ハッセー篇につづく。
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