振替休日。妻以外に誰も家族でそれを知っている人はいない。
「映画、見ようかな」
「いいんじゃないの」
……絶対に見たい作品がフォーラム山形で上映中。西川美和監督の「すばらしき世界」。これなら往復240キロを走る意義もあるだろう。
五十代の三上正夫(役所広司)。彼はその人生のほぼ半分を檻の中ですごしている。最後の罪はつまらないことで起こした殺人だ。シャバに出る日の描写からスタート。彼は刑務所のルールを知悉していて、慣れた様子で外に出る。今度こそカタギになるぞ……しかし世間は彼を歓迎しなかった。
「ゆれる」「ディア・ドクター」「永い言い訳」の西川美和が、ほぼ4年をかけて完成させた新作。すいません反応として間違っているでしょうけど、わたしはボロ泣きしてしまいました。
原作は佐木隆三。テイストとして、だから彼の「復讐するは我にあり」と共通するのは当然。
「鑑別所は、どーんと冷えちょるじゃろうねえ」
という連続殺人犯役の緒形拳のセリフに呼応するかのように、雪の旭川刑務所から物語はスタート。
彼を迎え入れる男優陣は橋爪功、仲野太賀、六角精児、北村有起哉、そして兄弟分が白竜であるなど渋いが、女優は豪華きわまりない。長澤まさみ、安田成美、キムラ緑子、そして梶芽衣子である。電話の声が、えーとあの人だ、名前が出てこないけど(笑)
実在の人物である三上が、狂犬のようだった石川力夫を描いた「仁義の墓場」の引用であることは疑いなく(だからその事実上の続編である「やくざの墓場」のヒロイン梶芽衣子が出演し、あろうことかとんでもない曲を歌ってくれたのには感動)、同時に、世間の常識とどうしても相容れない埒外の人間としてのモデルが車寅次郎だったのも確実。
こんな役を役所広司以外の誰が演じられただろう。
「シャバは我慢の連続ですよ。我慢のわりにたいして面白うもなか。やけど、空が広いち言いますよ」
キムラ緑子のセリフも深い。だからラストで……ああ山形まで行ってよかった。その職業の人はきっとこんな感じなんだろうという正解も盛大にふりまかれています。すごい。
世界興行成績篇はこちら。
それでは国内興行成績篇を。コロナのためにほぼ半減した興行収入のなかで……
1.劇場版「鬼滅の刃」無限列車篇 東宝=アニプレックス 365億(続映中)
2.アナと雪の女王2 ディズニー 133億
3.スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け ディズニー 73億
4.今日から俺は!!劇場版 東宝 53億
5.パラサイト 半地下の家族 ビターズ・エンド 47億
6.コンフィデンスマンJP プリンセス篇 東宝 38億
7.映画ドラえもん のび太の新恐竜 東宝 33億
8.TENET テネット ワーナー 27億
9.事故物件 恐い間取り 松竹 23億
10.糸 東宝 22億
圧倒的な強さを見せたのはまたしても東宝だった。きつい一年だったはずなのに、前年比90%以上の収入は確保したのである。最大の要因が「鬼滅の刃」なのは当然。なにしろ全作品の総収入のうち、20%は「鬼滅の刃」が稼いだのだ。
コロナのために劇場が開かない間隙をぬって、シネコンをフル稼働してイベント化。米メジャーがいないすきに邦画のシェアは8割近かった。
そんな事情がありつつも、「今日から俺は!」の50億越えには驚嘆。いったい二十年以上も前のヤンキー漫画をいまドラマ化し、そして劇場版まで用意するとはどんなセンスなのか……と思ったら客が殺到。福田雄一へのごほうびは「新解釈・三國志」として結実したのだろう。
もっと驚いたのは「事故物件」のヒット。亀梨和也がゲスト出演したTOKYO FMの「スナックラジオ」で、リリー・フランキーは「いやまさかこのタイトルでヒットするわけないと思ってた」と正直に。まったく、興行というのはわからないものなのでした。
次回はさすがにマイベスト2020の最終回です。
第四回「栄一、怒る」はこちら。
この回、渋沢栄一(吉沢亮)は何度も
「子どもは黙ってろ」
とたしなめられる。実際にそういう年齢だったろうから仕方のない話。しかし彼は姉(村川絵梨)の縁談をめぐるあまりにも旧い因習に怒る。狐憑きがどうしたのって。馬鹿馬鹿しいにもほどというものが。
実は徳川斉昭(竹中直人)の、国粋的な姿勢も同じようなものだと脚本の大森美香さんはうっすらと言ってるわけだ。うまい。
徳川家康(北大路欣也)が解説するように、当時の体制は家康がセッティングした。で、大権現様の意向には誰も逆らえないという理屈で突っ走った300年。だけれども、だか、だからこそ、だかの事情で御三家から破壊的な国粋主義は生まれている。
これだけは言っておかなくては。栄一の伯母役の朝加真由美を単なるおばあさん役者だと思ったら大間違い。わたしの世代にはアイドルなのよ。この人が脱いだのはショックでした!
草彅剛の登場シーンには違う気合いが入ってるんじゃないすか。照明も丁寧ですばらしいの(笑)。
安政の大地震をこの回に持ってきたのは計算ずくだろう。藤田東湖(渡辺いっけい)がもしもこの地震で亡くなっていなかったら、という描き方。
あの地震から十年である。事務室で、サッシ窓のふくらみを見て驚愕し、しかもこの揺れがいつまでもおさまらないことに恐怖。
同僚と今日話した。忘れない、って言うけど、忘れられないからしんどい。
今日はよく考えたら壮絶なラブコメの回。いちばん冷静なのが後に栄一の妻になる橋本愛という設定もうまい。
第六回「栄一、胸騒ぎの放課後」じゃなくて「胸騒ぎ」につづく。
キネ旬ベストテン洋画篇はこちら。
2019年篇はこちら。
あ、恒例の世界興行成績篇をやるのを忘れてた。というか、北米の主要都市の映画館が閉鎖されている状況で成績を比較するのにどんな意味があるのかなあと思ったの。
逆だった。ハリウッドの存在が小さくなると、こういうことになるのだ。
1 The Eight Hundred $461,341,525 99.9%
2 Bad Boys for Life $426,505,244 51.6%
3 My People, My Homeland $422,390,820 100%
4 Demon Slayer the Movie: Mugen Train $370,431,218 100%
5 Tenet $363,129,000 84%
6 Sonic the Hedgehog $319,715,683 53.4%
7 Dolittle $245,519,778 68.6%
8 Legend of Deification $240,663,149 99.9%
9 A Little Red Flower $216,000,000 100%
10 Birds of Prey $201,858,461 58.3%
例によっていちばん最後の数字は海外の成績。数字が大きければ大きいほど、北米以外で稼いだということ。
おおお、我らが「鬼滅の刃」が4位に……。日本映画が世界の年間収入のトップファイブに食い込むなんて前代未聞じゃないですか。非常時の成績とはいえ、この記録は歴史に残る。
そして、他の100%近い数字の映画はお察しのように中華系。あの国の興行がすごいことになっているのがよくわかります。しかしそれでもなお、中国映画の日本への本格進出はまだなのだ。まあ、日本兵を悪玉にしていたりする事情があるとしても、まだ日本では商売にならないと判断されているのか。ちょっと見てみたいですけどね。
国内興行成績篇につづく。
黙祷をする。え、と思う。まだきついんだ。内緒だけどまだ泣きそう。
あの瞬間を記録しておいてよかったとは思うけれども、思い出したくないという気持ちもある。
十年たって、わたしたちが何をしているかといえばマスク。想像もしていなかった。
そして原発を再稼働したくて仕方がない連中が相変わらず跋扈。おいおい。
これだけは言える。わたしは東北人であることをこれほど意識したことはなかったし、
これからも意識し続けるだろう。援助をお願いねって意味じゃなくて。
エニグマという第二次世界大戦期のドイツの暗号システムは、戦記物などでおなじみ。邦題にまで使われているし。この、難攻不落とまで言われたエニグマに、果たして連合国側は、どう対応したか。
クロスワードパズルが得意な、尊大な大学教授を中心に、およそ軍事的成果を見込めないような変人たちをかき集めたのである。そして、それは奏功した。しかし……
人間関係をうまく構築できない数学者、アラン・チューリングを演じたのはベネディクト・カンバーバッチ。生意気なシャーロック・ホームズを切れ味鋭く演じた「シャーロック」からのイメージキャストだろうが、もう彼しか思い浮かばないほどの演技。
彼とのちに“婚約”するジョーン・クラークはキーラ・ナイトレイ。新聞にチューリングが載せた超難解なパズルを解き、試験ではチューリング以上の速さで完成する。
ほかに、チャールズ・ダンスやマーク・ストロングなど、わたし好みの役者がいい味を出しています。
チューリングが作成した巨大なマシーンは、現代ではすっかりおなじみになった存在に近い。となれば現代社会の基礎を築いた人間としてアラン・チューリングはもっと賞賛されるべき人間なのに、なぜ知られていないのか。この「秘密」こそが映画の中心。なるほど、コンピュータにはこんな黒歴史が(あ、言っちゃった)。
それにねえ、配給したワインスタイン・カンパニーは、ご存じのようにハーヴェイ・ワインスタインのセクハラ騒ぎでえらいことになっており、なんかそっちも黒歴史なのでした。
邦画篇はこちら。
つづいてキネ旬ベストテンの洋画篇。
1.「パラサイト 半地下の家族」ポン・ジュノ ビターズ・エンド
2.「はちどり」キム・ボラ アニモプロデュース
3.「燃ゆる女の肖像」セリーヌ・シアマ ギャガ
4.「ストーリー・オブ・マイライフ」グレタ・ガーウィグ SONY
5.「死霊魂」ワン・ビン ムヴィオラ
6.「異端の鳥」ヴァーツラフ・マルホウル トランスフォーマー
7.「フォードVSフェラーリ」ジェームズ・マンゴールド ウォルト・ディズニー
8.「ペイン・アンド・グローリー」ペドロ・アルモドバル キノフィルムズ
9.「1917 命をかけた伝令」サム・メンデス 東宝東和
10.「TENET テネット」クリストファー・ノーラン WB
……こちらは4本見ているので格好はついている。にしても邦画篇のトップがヴェネツィア映画祭監督賞受賞作品「スパイの妻」で、洋画のベストワンがアカデミー賞作品賞!の「パラサイト」」なのは、どうも意外性に欠ける気も。
前にも言ったように、パラサイトがポン・ジュノの最良の作品だとはわたしは思わない。「殺人の追憶」の緊張感のほうが確実に上をいっているし、怪獣映画である「グエムル」の恐怖をわたしは選ぶ。しかし、祝祭のような怒涛の展開こそ、外国人を圧倒するのに必要なものだったのかもしれない。
にしても、韓国映画が作品賞ってすごいな。ってことは日本映画だって……アカデミーの会員たちも、カンヌ映画祭パルムドールには抗えなかったということもあるか。あの人たちはお年寄りが多いし。まずはカンヌかヴェネチアかベルリンってことかなあ。
さて、それではわたしはどんな選択をしたかというと……
その前に世界興行成績篇につづく。