お寺のオバサンのひとりごと

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愚禿

2011年06月24日 | 本紹介
 親鸞聖人は、ご自身を「愚禿(ぐとく)」と名のられました。

 愚禿の「禿」は、はげ頭、
愚かな はげ頭・・・つまり、愚かな僧侶という意味です。

 天岸浄圓先生の著書「浄土真宗の生き方」探求社

「愚禿」と名のられたのは、親鸞聖人だけでなく、それ以前、比叡山に天台宗を開かれた最澄 師が、「愚禿」と使われていたそうです。

 天岸先生は、こう書かれています。

 ふり返って考えますに、私たちは自分を顧みて心底から「愚」と思うことができるでしょうか。(略)まことに自らの愚かさを知るというときは、真に愚かでないものにあったとき、はじめて自分を愚かといわざるを得ないことになるのです。
 伝教大師や親鸞聖人が用いられた「愚禿」は、単なる謙遜の言葉ではなかったのです。真実に遇い得た者のみが、用いることのできる名のりだったのです。(略)
 自分の判断が正しいと信じ切っている私たちが、自らの判断が正しくないといわざるを得なくなくのは、「真実」に遇って、それを判断のよりどころとしたときからはじまります。

 


 
コメント (2)
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