草莽隊日記

混濁の世を憂いて一言

岸田首相の旧統一教会叩きは世論への迎合だ

2023年09月10日 | 旧統一教会
 旧統一教会を解散に追い込むために岸田首相は躍起になっているが、それはマスコミの魔女狩りに加担することではないか。文科省が質問権を行使したにもかかわらず、全てに答えないという理由で、国が裁判所に過料に課すことを求めているのは異常である。微罪であるにもかかわらず、犯罪者としてレッテルを貼り、それを口実にして旧統一教会を追い詰めたいのだろう。
 そんなことが通用するのであれば、旧統一教会に限らず、全ての宗教団体が問題になりかねない。岸田首相はマスコミがつくりあげた世論に便乗し、それで内閣支持率を少しでもアップさせ、解散総選挙の争点にしたい魂胆が見え見えである。
 昨年の段階で成立した被害者救済新法にしても、寄付行為が悪だと決めつけており、それは個人の信仰の自由の侵害にほかならない。
 そしてそれが正しいというのであれば、宗教団体にとどまらず、あらゆる団体に対する個人の寄付行為もチェックされるべきだろう。
 キリスト教のなかには、収入の10分の1の献金を求めたりすることろもある。普通に考えれば、所得の少ない人たちにとっては大変なことである。仏教の戒名にしても、印伝号ともなればとんでもない金額をお寺に払うことになるが、それにも国家権力が口を出すのだろうか。
 旧統一教会を悪者扱いにすると、そこまで波及せざるを得ないのである。共産党の党費や徴収や赤旗の講読にしても、無理矢理という場合もあるのだ。
 寄付そのものが正当であるかそうでないかは、それぞれの個別的事案として司法の場で争えばいい。安倍内閣の時代に取り消しができるような法案が通ったことで、旧統一教会をめぐる裁判は格段に減った。
 旧統一教会を弁護するつもりはないが、それが蟻の一穴となって信仰の自由が奪われることを恐れるのである。宗教は常識では判断できないからだ。
 法を犯さない限り、宗教活動を容認するというのが近代市民社会なのである。多様性を尊重するのであれば、いかなる宗教団体の活動も認められなければならない。それを規制するにあたっては、国家権力の恣意的な介入は断じて避けなければならない。魔女狩りで大騒ぎしてヒステリーになっている方が、カルトそのものなのである。
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