草莽隊日記

混濁の世を憂いて一言

財務省へのデモは官僚政治への怒りの爆発だ

2025年02月28日 | 経済
 ネット民の多くが財務省への批判を強めている。いつになっても日本経済が回復しない元凶がそこにあるとみているからだ。一部の貧困層の反乱と決めつけるべきではない。
 エリートが国民に説明責任を果たさず、マスコミがまともな解説をしないことで、国民の不安は怒りに移行しつつある。局面を打開するにはリーダーを変えなくてはならない。
 ネット民の主張は間違ってはいない。官僚支配を是正することを望んでいるからだ。財務省の一握りの官僚に、日本が動かされてはならない。政策決定のプロセスに政治が介入し、日本のチカラを発揮する方向に踏み出すべきなのである。
 当面は金融緩和の維持と積極的な財政出動が求められている。にもかかわらず、緊縮に舵を切り、増税を行おうとするのは、かつての過ちを繰り返すだけである。
 財務省に押しかけている人たちの怒りは、国民の多くが抱いている怒りであることを、政治家、とくに自民党の国会議員は肝に銘じるべきだろう。遅くとも参議院選挙前には、石破を退陣させるべきなのである。

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減税をすべきかどうかはその時々の判断だ

2025年02月27日 | 経済
 減税をすべきかどうかは、その時々の経済を見ての判断である。今はそれを断行すべきであると いうことであって、それ自体を絶対視すべきではない。そもそも経済は生き物であって、一筋縄ではいかないのである。
 ようやく目標のインフレ2%は達成されたとしても、個人消費の伸びは見られず、金融緩和の継続が求められている。にもかかわらず、日本銀行は政策金利を引き上げて緊縮に舵を切った。 
 アベノミクスが重視したのは、金融政策で雇用を確保するということであった。それと正反対のことを、日本銀行と石破内閣はやろうとしている。
 今年度の税収は78・4兆円と過去最高が見込まれているにもかかわらず、国民に還元することを微塵も考えていない。円安のおかげで大企業がもうかっているからであり、円高になれば様相は一変してしまうのである。
 だからこそ、減税や積極的な財政出動で消費を喚起し、経済を活性化せねばならないのである。しかしながら、それはあくまでも、現状における判断であって、過度のインフレになった場合には、引き締め政策が取られることはいうまでもない。
 ポピュリズムに毒された日本の政治は、バランス感覚を失っている。極端に走りがちなのである。よく儒教では「節に当たる」という言い方がされるが、減税にしても、適切かどうかで判断されるべきなのである。
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保守が大衆運動の主役になる時代が到来へ

2025年02月26日 | 祖国日本を救う運動
 日本保守党は国政政党にはなったが、大衆運動を組織化するような力はなかった。アジテーションさえうまければ、それなりの政治勢力になったはずなのに、ビジネス保守に徹したことで、熱狂的な支持者も背を向けつつある。
 これに対して、れいわはTikTokを活用し、若い世代に支持者を広げ、30代では自民党を上回る支持を獲得しているようだ。格差社会が広がり、非正規雇用の若者は、未来への展望を失ってしまったからだろう。
 今後どうなるかを考える上では、丸山眞男が指摘した日本人の歴史意識の古層である「なる」や「つづく」、さらには「いきほひ」という観点が大事になってくるだろう。
「なる」ようになって「つづく」ような「いきほひ」がある政治勢力は必ず出てくるはずだ。それはレーニン主義に立脚したれいわなどの左翼ではなく、世界的な潮流である国家への回帰を目指す保守でなければならないし、それは間違いないことだが、もう少し時間がかかるのではないかと思う。
 自民党の保守派が決起できるかどうか、そうでなければ、新たな保守勢力の結集ということになるが、そこに向かうエネルギーは蓄積されており、後は一歩を踏み出す勇気だけなのである。

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西郷や松陰の精神と相容れないのがビジネス保守だ

2025年02月25日 | 日本保守党
 西郷隆盛は「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るもの也。此の始末に困る人ならでは、艱難を取ものして国家の大業は成し得られぬなり」(『南洲遺訓』)と述べています。
 しかし、日本保守党に代表されるビジネス保守と呼ばれる人たちは、金儲けに奔走し、それが正しいことであるかのように勘違いしています。金しか頭になければ、それで言論が左右されてしまいます。さらに、社会的な地位を目の前にぶら下げられると、それに飛び付きたくなってしまうのです。損得勘定で判断するからです。
 もっとも重要なことは、命を捨てる覚悟があるかどうかです。それは極論ではありますが、自分の言葉に責任を持つということです。
 保守が結束して戦後レジームからの脱却を目指すべきときに、ビジネス保守に振り回されてはなりません。犬笛で人々を扇動するような者たちを許してはなりません。
 西郷と同じように、吉田松陰も「僕と所見違ふなり。その分れる所は僕は忠義をする積り、諸友は功業をます積り」との書簡を残しています。ビジネス保守は笑止千万で本来であれば相手にする必要もないのですが、本物の保守でないことを天に示す意味でも、彼らを批判することをためらってはならないと思います。
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言葉に責任を持たないのがビジネス保守だ

2025年02月24日 | 祖国日本を救う運動
 ビジネス保守ということを誇らしげに語ることは間違っている。保守的言論で金儲けをするという根性が嫌らしいからである。日本浪漫派ではないが、保守というのは「淋しい浪人の心」を持ち、世に埋もれながら、いざというときに物申す人たちなのである。目立たず、控え目で、それでいて声なき声を代弁するのである。
 そして、ある意味では「右翼」と呼ばれることすら甘受するのだ。保守の論客とされる葦津珍彦が戦後右翼の思想的バックボーンであったことを、私たちは忘れてはならないだろう。日本浪漫派の保田與重郎と大東塾の影山正治は血盟の同志のような関係であった。
 蜷川正大氏は「確かに現在、保守と呼ばれる人達の言論が活発です。一時期、私たちも左翼全盛時代の反動から、その人達の言論を歓迎したこともありましたが、しかし最近では警戒から、要注意に変わってきています。右翼の機関誌より過激な主張をする本が書店に堂々と並び、自分の言葉に責任を持つことのない学者や評論家と称する『保守派』の人達の意見が多数派となることが、果たして日本にとって好ましいことなんでしょうか」(『右翼・行動の論理』)と述べている。
  今から18年前の時点でも、無責任な保守的言論が氾濫していたのである。知行合一とは無縁な口舌の徒なのである。言葉が軽いビジネス保守であってはならず、言葉には責任が伴うのである。
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死者との絆を否定する風潮を憂う

2025年02月23日 | 日本主義の哲学
 選択的親子別姓にするということは、死者との絆を失うことである。私たちは「家」を通じて、自分たちのアイデンティティを確認してきた。柳田国男の『先祖の話』では、血族としての家が絶えた場合でも、新たな「家」を建てて、死者を先祖として祀ることを主張した。
 それを否定するような風潮は、日本人の国柄を否定することであるからだ。柳田は「少なくとも国のために戦って死んだ若人だけは、何としてもこれを仏徒のいう無縁ぼとけの列に、疎外しておくわけには行くまいと思う」と書いた。
 また、柳田は「家としての新たな責任、そうしてその志を継ぐこと、および後々の祭りを懇(ねんご)ろにすることで、これには必ず直系の子孫が祭るのでなけてば、血食ということができぬという風な、いわゆる一代人の思想に訂正を加えなければならぬであろう」との見解を示した。
 この柳田の論法は、どれだけ「家」が大事であるかを説いている。過去があって現在であり、現在の上に未来は築かれるのだ。選択的親子別姓は、戸籍を抹消し、それによって「家」を断絶させようとする暴論である。
 私たちには、それぞれに生まれ育った故郷があり、先祖が眺めていた光景を目にしている。まさしく「祖型」を反復することで一体感を手にし、死者との結びつきを確認しているのだ。その根本にある「家」を断固守り抜かなければ、日本人としての大切なものを見失ってしまうのである。
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2・26事件と会津人渋川善助 6句

2025年02月22日 | 祖国日本を救う運動
「2・26事件と渋川善助5句」
敗れたる正義の軍に身を投ず
雪を蹴る青年将校の後を追いにけり
夫婦して湯河原探索寒き日々
愛妻の滂沱の涙人知れず
 権力のフレームアップ雪悲し
渋川を裁きし銃口蝉時雨
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高市さんが密室で決める石破政治をXで批判

2025年02月21日 | 経済
 高市早苗さんが覚悟を決めて石破政治のいい加減さを公然とXで「私だけではなく他の自民党所属国会議員達も落胆し、怒っています」と批判した。「年収103万円の壁」の引き上げをめぐる三党協議での自民党案なるものは、党内の議論を経ずに、税制調査会の一部の幹部が決めたことに、高市さんが猛反発をしているのだ。
 高市さんは「そもそもの目的が曖昧になっており、かなり混乱しているように感じます。国民の皆様の手取りを増やして消費も増やすことによる経済成長(結果的に税収増にも繋がる)が目的なら、複雑な年収制限は効果的ではありません。働き控え対策(人手不足対策)が目的なら、税と社会保険を一体で見直さなければ、壁は残ります。物価高対策が目的なら、食料品やガソリン等を安くするための税の議論が必要です」と書いたのである。
 自民党の圧倒的多数の国会議員は、今の石破のままでは、参議院は戦えないとみている。経済政策でも、国民民主党に歩む寄るようなことを言いながら、自己保身のために、裏では立憲民主と妥協案を探っている。
 自民党内の保守派は一致団結し、経済政策で石破に退陣を迫らなくてはならない。高市さんも党内野党の立場を鮮明にしたのであり、いよいよ決戦のときが近づきつつあるのだ。
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日本保守党の暴言はもはや一線を超えた

2025年02月20日 | 日本保守党
 左翼のスターリニズムだけでなく、自分たちの意にそわない人たちをウジ虫やダニ扱いにする者たちも、私たち保守派からすれば、ナチスと同じ極右全体主義者である。
 昨夜のHANADAチャンネルに出演した猫組長、さらに、百田、有本の両氏による花田編集長への暴言は、自由な言論を根本から否定する行為であり、断じて認めることはできない。
 いくら詭弁を弄そうとも、月刊「HANADA」で飯山あかりさんが、日本保守党を批判する文章を掲載することについて容認できないから、有本氏は執筆しないことを担当者に伝えたのではないか。にもかかわらず、自分たちは怒っていないとか、飯山さんの原稿の件を問題にしたわけではないとか、大声を張り上げて花田編集長に食って掛かったのである。
 あの動画を見た人たちの多くは、日本保守党のやり方に嫌悪感を覚えたのではないだろうか。そもそも飯山さんのユーチューブは、誹謗中傷ではない。領収書を出さないことや、ガバナンスがいい加減であること、政策が守られていないことを指摘しており、国政政党であれば真摯に返答すべきである。訴訟をほのめかし、日本刀まで公衆の面前で抜くことを、飯山さんが問題視することがなぜ許されないのだろうか。
 いかに考え方が違っても、議論に応じてくれる人たちの意見は尊重しなければならないが、暴力的に言論を封殺する者たちとは、私たちは一線を画すしかない。
 ここまでされたわけだから、飯山さんやそれに近い人たちも、法的な対抗処置を講じるべきだろう。保守月刊誌も堪忍袋の緒が切れたのではないだろうか。あのような暴言を吐く人たちを、私たちは保守と呼ぶわけにはいかないのである。
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日本保守党の経済政策はれいわ新選組と大差なし

2025年02月19日 | 日本保守党
 日本保守党の主張はれいわ新選組とほぼ同じである。LGBT法案の廃止や憲法改正などについて触れていない。メインは「食料品の消費税ゼロ」である。あくまでもスローガンでしかなく、どのようにすれば実現するかが示されていない。違いは再エネ賦課金の廃止だけである。
 数理経済学者の高橋洋一氏のアドバイスを受けたのだろうか。具体性がないのには驚くばかりである。減税日本と組むためには、この程度の政策で満足するしかないのだろうか。
 政治は合意の形成であり、まずできることは増税を阻止し、国民の負担率を少しでも減らすことだ。そのためにも、日本銀行が行った政策金利の利上げは、アベノミクスの否定であり、インフレを口実にした誤った政策である。それが雇用に悪影響を及ぼすことが危惧されているからだ。
 インフレが悪だという短絡的思考は、とんでもない間違いである。2%から3%の値上がりであれば、経済の成長にはプラスに働くのである。日本保守党のスローガン政治は、あまりにも大衆に媚びている。こんなビラで参議院選挙で勝てるわけはないのである。
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