創作日記&作品集

作品集は左のブックマークから入って下さい。日記には小説、俳句、映画、舞台、読書、など…。そして、枕草子。

物語のかけら⑩

2006-07-09 08:44:40 | 創作日記
フロアーの左端は緩やかにカーブを描き二階の廊下中央へ続く階段になっていた。部屋のノブが少し見えた。
優が名付けた「時の秤」はフロアーの中央に静止していた。どんな仕掛けなのだろう?フロアーの右端は書架になっており、時間に関する本が並んでいた。「時間泥棒」「果てしない流れの果てに」「時の旅人」「時の終わり」
正面にはささやかな二つの展示品と座り心地の良さそうなゆったりとした椅子があった。
展示品は左側に時計。
柱時計。ニュールンベルヒの卵、水時計の想像図。小さな日時計。
右側に小さな石。「トスカナ石・あばら屋石・風景大理石(澁澤龍彦)」の立て札。
「どうぞ、手にとってご覧下さい」と手書きで添えてある。
「すべすべした灰色の表面に、濃淡のある茶褐色の模様がついていて、その模様が廃墟、塔やピラミッドのある崩れ去った都市のように見えるのだ。トスカナ地方、特にフィレンツェ付近の地層から出る大理石の一種で…。小さな楕円形の石の表面に現れた斑文は、一つとして同じものがなく、千差万別の複雑な形状を示しているのだが、そのいずれもが廃墟を思わせて、塔だの、城砦だの、鐘楼だの、あるいはオべリスクだのを、灰色の地の上に鮮やかに浮かび上がらせているのである」~澁澤龍彦「マルジナリア」より

優は澁澤龍彦を知らない。本など読んだことがなかった。だが、この小さな石に惹かれた。
優はいくつかを手に取ってみた。塔にも城にも見えなかったが、手触りがなぜか懐かしかった。
優はその中の一つをそっとポケットに落とした。