創作日記&作品集

作品集は左のブックマークから入って下さい。日記には小説、俳句、映画、舞台、読書、など…。そして、枕草子。

物語のかけら⑫

2006-07-17 09:26:29 | 創作日記
会社が休みの日以外は「時の博物館」に寄った。時間は同じように刻まれ、そして、永遠に去って行った。会社は6月の今日、倒産した。退職金代わりに3ヵ月分の給料をもらった。六さんはひらがなの活字を一箱を持って帰った。そして、優は二十歳になった。椅子に腰掛けると、今日は通りに面しているカーテンが開いていた。窓に水滴が流れ、通りを行く人の傘が音もなく流れていた。
「朝から降っているの?」
背後で声がした。振り返ると、小さな老女が立っていた。60歳にも、80歳にも見えた。美しい人だった。
「ええ、一日中」
「雨の見えるところで一日中いるのね」
「ええ、外で仕事をしていました」
窓の外に目を移して優は言った。不思議なほど他人に対する緊張感がなかった。他人対していつも閉ざす心の石がなかった。自然に優は立ち上がり、椅子を譲った。
「私は雨が好き。音もなく降る雨がいいわ」
二人はしばらく黙って雨を見ていた。
「ずいぶん長い間、ここが世界の果てだと思っていた」
優は黙って、「時の秤」を見上げた。秤はゆっくり動いて、右へ傾いだ。
「この博物館でいちばん値打ちがあるのは「世界の果て」という文字である
 フィン・デル・ムンド
 そこから旅人はふたたび出発することができる
 それぞれの世界の果てへと」(高橋順子・「世界の果て博物館」)
老女は目をつむりながら、澄んだ声で語った。
「この頃、ふっと思った。世界の果ては別の場所にあるのかも知れない」
「多分」
優は不意に出た自分の言葉に驚いた。
「多分?そうね、多分」
老女は少し笑った。
「出かけようかなあと思うの。世界の果てへ」
「世界の果てに何があるのですか?」
「多分」
老女はまた少し笑った。
「私が探しているもの」
老女は立ち上がり、窓に近づいた。優も窓に近づいた。雨に煙る路地は、静かな通路だった。傘が流れ、ある人は屈託のない笑顔を浮かべ、ある人は語り合い、ある人は黙々と家路を急いでいた。時々人の間を縫うように傘をさした自転車が通り抜けて行った。
「その間、あなたが私の代わりをする。もし、よかったら」
優は頷いた。
「お願いね、石泥棒さん」
老女は窓を見つめたまま言った

北斎とゴッホ

2006-07-17 07:07:29 | Weblog
北斎の「鳳凰図屏風」、ゴッホの「初夏のオーヴェール」。2枚の絵がASA(朝日新聞サービスアンカー)から届いた。狭い書斎にどう飾るか、考え抜いた末、「鳳凰図屏風」はアートフレームに。針穴を気にしながら「初夏のオーヴェール」はピンで壁に止めた。部屋に深みが増した。好きな時に北斎を、ゴッホを観ることが出来る。その度に、ふっと、幸せを感じる。