土鍋でお米を0.5カップをとぎ汁が透明になるまで洗います(土鍋1つで作ります)。洗い過ぎ!かも知れませんがお粥の透明な食感が好き。水3カップ。はじめは中火で。時々焦げないように穴あきお玉で底を混ぜます。煮立ってきたら、ごく弱火に。アクを取りながら焦げないように穴あきお玉で底を混ぜます。土鍋の蓋は少し開けておきます。アクを取りながら焦げないように穴あきお玉で底を混ぜます。お米が細長ーく、食べて欲しそうな顔になったら、火を止めて、蓋をして。蓋をする前に、卵を一個割り入れ、醤油をたらしても美味しいですよ。卵はかき混ぜずに温泉卵にしましょう。後はお膳を拭いて、鍋敷きを用意して、海苔の佃煮、梅干しを用意して、いただきまーす。何にも凝らない、白粥が最高に美味しいと思います。
今日は5時過ぎに起きて茶がゆを作っています。昨日の反省は少し焦げたこと。炊く時間が長く、さらさら感がなくなったこと。中火でスタートした後ぶくぶく煮立ってきた時、匙で土鍋の底を触ってみると、怪しい感じが。そこで底を(おやじギャグ)軽く掻いてやりました。その時ほうじ茶のティーバック(伊藤園のおーいお茶)を放り込みます。10分ぐらい経っていい色になったのでティーバックを取り出しました。後は出来るのを待つだけです。今日は昼から仕事。それまで時間があるのでドキュメンタリーの企画を少しでも進めようと思っています。昔、夏休みになると奈良の本家によく預けられました。朝ご飯が「茶がゆ」だった。世の中にこれほど不味いものはないと思った。それが今は懐かしく、作ってみたのですが。やっぱり…。ただ一つ発見というか気づいたことがあります。朝の忙しい時間に、お茶を飲む時間も欲しかったのではないか。それと湯飲みを洗う手間もいらない。一人一人のお膳を前に、上座に伯父と祖母、その辺りに私達兄弟(一応客扱い)、女の人たちは土間の上がりかまちに腰をかけて茶がゆを流し込んでいました。四苦八苦して茶がゆを食べいる私。誰も喋らない。蝉は鳴いていたのだろうか。古いセピア色の写真のような記憶だけが残っています。

Bahashishi Live 行ってきました。2006/6/5(月)
兄夫婦と私達夫婦。60歳近い、60歳以上が場違い覚悟でLiveへ。私の甥っ子(作曲とギターの浩一・リーダー)ががんばっています。もちろん全員Liveは初体験。受付で指定席ですかと聞くと、全部立ち席です。…。立っていられるのか不安になる。時間があるので梅田スカイビルのBFでカツサンド一皿を妻と分けて食べる。偶然に兄夫婦と出会う。偶然だね、目的は一緒でも、この広い場所で出会うなんて。そこは昭和初期の大阪の町並みを再現した滝見小路の一角だそうです。カツサンドは美味しかった。兄たちが頼んだハヤシライスもおいそうでした。名前は忘れたけれど一角に大きな天狗面があった。そして、緊張しながら、Liveへ。はじける音は耳をつんざいたけれど、意外と違和感はなかった。私達は異邦人ではなかった。みんな音楽を楽しんでいた。いいなあと思った。Bahashishiはいい音を持っている。ゆらりのボーカルは、とても魅力的だ。何日か経っても、心地よくよみがえってくる。今、「心の世界」を聞きながら、この文章を書いている。音楽は全く無知だが、あの夜のLiveは最高だったと自信を持って言える。うん。
兄夫婦と私達夫婦。60歳近い、60歳以上が場違い覚悟でLiveへ。私の甥っ子(作曲とギターの浩一・リーダー)ががんばっています。もちろん全員Liveは初体験。受付で指定席ですかと聞くと、全部立ち席です。…。立っていられるのか不安になる。時間があるので梅田スカイビルのBFでカツサンド一皿を妻と分けて食べる。偶然に兄夫婦と出会う。偶然だね、目的は一緒でも、この広い場所で出会うなんて。そこは昭和初期の大阪の町並みを再現した滝見小路の一角だそうです。カツサンドは美味しかった。兄たちが頼んだハヤシライスもおいそうでした。名前は忘れたけれど一角に大きな天狗面があった。そして、緊張しながら、Liveへ。はじける音は耳をつんざいたけれど、意外と違和感はなかった。私達は異邦人ではなかった。みんな音楽を楽しんでいた。いいなあと思った。Bahashishiはいい音を持っている。ゆらりのボーカルは、とても魅力的だ。何日か経っても、心地よくよみがえってくる。今、「心の世界」を聞きながら、この文章を書いている。音楽は全く無知だが、あの夜のLiveは最高だったと自信を持って言える。うん。
お粥を炊く。お粥が料理かどうかは別として。
休みの日(2006/6/10)、6時起床。誰も起きていない。お米0.5カップ。とぎ汁が透明なるまで、土鍋の中で洗う。「真夜中の弥次さん喜多さん」に米をとぐシーンがあったなあ。多めの水を土鍋にはる。6時5分、中火でスタート。新聞を読んだり、パソコンの電源を入れたり、色々。
6時12分、鍋の中で米が踊っている。 火を最小にして、焦げつかないように熱湯を土鍋の縁まで加える。
メールを書いたり、ブログを修正したり、新聞を読んだり、色々。
7時15分完成。
せっかくだから卵を入れてやれ。ふたをして5分蒸らす。醤油をたらす。お粥に必需品の磯自慢。梅干し。
いただきまーす。まだ、誰も起きてこない。一人だけの至福の食卓。
休みの日(2006/6/10)、6時起床。誰も起きていない。お米0.5カップ。とぎ汁が透明なるまで、土鍋の中で洗う。「真夜中の弥次さん喜多さん」に米をとぐシーンがあったなあ。多めの水を土鍋にはる。6時5分、中火でスタート。新聞を読んだり、パソコンの電源を入れたり、色々。
6時12分、鍋の中で米が踊っている。 火を最小にして、焦げつかないように熱湯を土鍋の縁まで加える。
メールを書いたり、ブログを修正したり、新聞を読んだり、色々。
7時15分完成。
せっかくだから卵を入れてやれ。ふたをして5分蒸らす。醤油をたらす。お粥に必需品の磯自慢。梅干し。
いただきまーす。まだ、誰も起きてこない。一人だけの至福の食卓。
必死に探していますがまだいない。いない(3)になりました。
「Lost 失われた時間」(二人芝居)の男性キャストを公募します。戯曲は作品をクリックして下さい。左クリックで作品を直接見ることができます。右クリック、ファイルに保存で、ダウンロードができます。応募はikekubo1946@mail.goo.ne.jp で受け付けます。
「Lost 失われた時間」(二人芝居)の男性キャストを公募します。戯曲は作品をクリックして下さい。左クリックで作品を直接見ることができます。右クリック、ファイルに保存で、ダウンロードができます。応募はikekubo1946@mail.goo.ne.jp で受け付けます。
楽しみが一つ終わった。本になったらもう一度読もうと思う。三人家族。母と娘と「わたし」。突然疾走した夫。情人(古めかしいかそれが一番ぴったりとする)。ある日突然、「わたし」は真鶴に出かける。真鶴に何があるのか?海と幻想。現実が幻想となり、幻想が現実となる。最終回は光の中にある。空っぽの箱の中に光が流れ込む。最終章だけが異様に明るい。「わたし」という主語が極端に少ない小説でもある。
文學界5月号(2006年)連載中。
私は車谷長吉の熱心な読者ではない。読んだのは「鹽壺の匙」のみ。途中で止めたのは沢山ある。だが、「世界一周恐怖航海記」は面白い。ドキュメンタリーの面白さだと思う。夫人の高橋順子(詩人)も同行している。このあたりの家庭の事情はよく知らないが、「高橋順子がファンタジー小説「片目の黒猫・マへ」(五十四枚)を書き上げた。との記載がある。題名だけで読んでみたくなる。同じく「世界の果て博物館」という詩もいい。最後の部分を引用しよう。
この博物館でいちばん値打ちがあるのは「世界の果て」という文字である
フィン・デル・ムンド
そこから旅人はふたたび出発することができる
それぞれの世界の果てへと
私は車谷長吉の熱心な読者ではない。読んだのは「鹽壺の匙」のみ。途中で止めたのは沢山ある。だが、「世界一周恐怖航海記」は面白い。ドキュメンタリーの面白さだと思う。夫人の高橋順子(詩人)も同行している。このあたりの家庭の事情はよく知らないが、「高橋順子がファンタジー小説「片目の黒猫・マへ」(五十四枚)を書き上げた。との記載がある。題名だけで読んでみたくなる。同じく「世界の果て博物館」という詩もいい。最後の部分を引用しよう。
この博物館でいちばん値打ちがあるのは「世界の果て」という文字である
フィン・デル・ムンド
そこから旅人はふたたび出発することができる
それぞれの世界の果てへと
「江戸の誘惑」肉筆浮世絵展で葛飾応為の「三曲合奏図」を観た。北斎の娘。北斎に「オーイ」と呼ばれるので画号にしたと言われる。三人の女が合奏している。琴を弾く女は後ろ姿である。三人三様の楽器を奏で服装も身分を表して三人とも異なる。楽曲や女たちの歌う声が聞こえてきそうな見事な構図である。「応為坦坦録」はお栄(葛飾応為)を描いた作品である。「三曲合奏図」に触発されて20年ぶりに読み返した。面白い。面白いというのにぴったりの作品である。作者は江戸ものといわれる作品を次々書いた。中でも「江戸役者異聞」には感服した。その他「映画化された「居酒屋ゆうれい」。三島由紀夫賞受賞「緑色の濁ったお茶あるいは幸福の散歩道」と続く。この作者について思い出すことが二つある。一つは多分二十歳そこそこだったろう。なぜか頭を丸刈りにしていた。雑誌のインタビュー記事だったと思う。「小説なんてもう書きませんよ。世の中には小説以外にも楽しいことがあるんですから」うろ覚えだがそんな意味のことを言っていた。だが、彼女は書き続ける。
もう一つは編集者に「こんなのを書いて下さい」と言われて、宿題を出され生徒のように書く。
とにかく書くものは向こうからやって来る。それを具体化するのは作家の本能のようなものだと思う。無名で40年近く書いてきても同じ。それを置き去りにして、楽しい事へと走れない。そのさがが無性に悲しい時もある。
もう一つは編集者に「こんなのを書いて下さい」と言われて、宿題を出され生徒のように書く。
とにかく書くものは向こうからやって来る。それを具体化するのは作家の本能のようなものだと思う。無名で40年近く書いてきても同じ。それを置き去りにして、楽しい事へと走れない。そのさがが無性に悲しい時もある。
何気なく読み始めたが、文体に惹かれた。しっとりと露の浮くような文章である。一つ一つの言葉とその余韻を大切にしている。だが、文章とは裏腹に心の中には激しい風が吹いている。梅崎春生の小説「幻化」を辿る旅。それは絶えず情人の影を伴う旅でもあった。作者も梅崎春生も知らなかった。今、「幻化」を読み始めた。虚実の縁を二人の作家が時を超え彷徨っている。