先日、岡本左和子さんのコラム、「患者の心が傷つく時」を転載させて頂いた。今日は「医療者の場合」が掲載されていたので、以下転載させて頂く。
※ ※ ※(転載開始)
診察室のワルツ:/22 医療者の心が傷つく時=岡本左和子
患者・家族との関係で、医療者の心が傷つく時を考えます。患者・家族が、ためらわず質問し、気にかかることや不安、不満を医療者に伝えることは大切ですが、言い方には一工夫が必要です。
医療者は、患者のためを思って伝えている内容が受け入れてもらえず治療が進まない、または症状が悪化してしまったときや治療結果への期待が異なるとき、さらに改善に結びつく対話ではないとき、患者・家族の言葉によって心が傷つくことが多いようです。
例えば、はっきりと自覚症状がない段階で病気が見つかり、医師が悪化を防ぐために投薬の大切さを繰り返し伝えても、患者が真剣に受け止めないケース。治療の結果、症状が良くなり、普段の生活ができるようになったが、少し残った身体の不具合に患者が不満を持つケース。患者の苦情に一生懸命耳を傾けている看護師に、「あなたと話しているとイライラしてくる」と突然席を立った患者のケースや、「あなたはパートの看護師だから私に針を刺さないで」と患者に言われたケースなど、例を挙げるときりがありません。
医療者に聞くと、苦情を受けること自体に「心が傷つく」のではないと話します。患者の視点に立てば、「思ったように治療成果が出ない」「病気を受け入れられない」など、闘病による不安や不満が爆発して感情的な表現になった、と考えられます。医療者がこのことを対話によって確認し、プロフェッショナリズムに見合った対応や援助ができれば、心は傷つかないでしょう。たとえ患者の暴言であっても、一時的なことであり、対話の継続によって互いに誤解を解くなど、医療者と患者の関係や病院の改善に結びつけば、心が傷つくことはないはずです。
しかし、前述の例では、医療者は患者の感情のはけ口になっただけで、患者を思う医療者の気持ちや努力は理解されないままです。「医療者の視点を考える」「個を尊重した言い方をする」「病を受け入れて生活を楽しむ工夫をする」など、患者ができることも多くあります。さらに、患者が仕方なく不満や怒りを抑えられなかったとしても、その後に、対話を継続する姿勢は心がけてください。(おかもと・さわこ=医療コミュニケーション研究者):毎日新聞 2012年4月4日 東京朝刊
(転載終了)※ ※ ※
なるほどな、と思った。毎週お世話になっている看護師さんに「(患者さんから)いろいろ言われて嫌な思いをされることも多いでしょう?」と問いかけた時のこと。少し考えて「職業病なのか(嫌だな、というよりも)”どうしてそう思うのかな”と考えてしまうんですよ。」とおっしゃっていた。
つまり、常に患者の視点に立って考えてくださっている、ということなのだ。上に書かれているとおり、プロとして働く医療者を尊重し、決して自分の感情のはけ口にしてはいけない、対話を断ち切ってはいけない、と改めて思う。私たち患者を思ってくれる気持ちや努力をまず、理解し、尊重したい。人間同士だ、お互いにお互いを認め合い、尊重しあい、解り合おうと思って解りあえないはずはない、と信じたい。
突き詰めれば、心が傷つくとは、こういうことなのではないか。お互い対等の立場で、個としてリスペクトしたうえで、相手を思いやっての発言であれば、それが、たとえ厳しい言葉であっても結果として傷つかない。これは医療者だの患者だの、に限らず、人対人の関係全てに通じることのように思う。
さて、昨日の強風はいまだその名残があるが、台風一過のような青空が広がった。今日は休薬日。今週1週間は体調がどんどん上向きになってくる。食欲も旺盛、便秘も解消。いわゆる3週間に1度の躁状態がやってきた。前向きに生活を楽しんでいきたい、と思う。
ようやく学内の桜が咲き始めた。週末は5分咲きまでいくかどうか。無情な雨さえ降らなければ来週末まで楽しめそう。楽しみだ。
帰宅すると今月のお花が届いていた。オレンジ、ピンク、赤のラナンキュラスが2本ずつ、白、赤、紫のアネモネが1本ずつ、そしてマーガレットが3本。花言葉はそれぞれ「輝く魅力」、「はかない恋」、「真実の愛」だそうだ。
※ ※ ※(転載開始)
診察室のワルツ:/22 医療者の心が傷つく時=岡本左和子
患者・家族との関係で、医療者の心が傷つく時を考えます。患者・家族が、ためらわず質問し、気にかかることや不安、不満を医療者に伝えることは大切ですが、言い方には一工夫が必要です。
医療者は、患者のためを思って伝えている内容が受け入れてもらえず治療が進まない、または症状が悪化してしまったときや治療結果への期待が異なるとき、さらに改善に結びつく対話ではないとき、患者・家族の言葉によって心が傷つくことが多いようです。
例えば、はっきりと自覚症状がない段階で病気が見つかり、医師が悪化を防ぐために投薬の大切さを繰り返し伝えても、患者が真剣に受け止めないケース。治療の結果、症状が良くなり、普段の生活ができるようになったが、少し残った身体の不具合に患者が不満を持つケース。患者の苦情に一生懸命耳を傾けている看護師に、「あなたと話しているとイライラしてくる」と突然席を立った患者のケースや、「あなたはパートの看護師だから私に針を刺さないで」と患者に言われたケースなど、例を挙げるときりがありません。
医療者に聞くと、苦情を受けること自体に「心が傷つく」のではないと話します。患者の視点に立てば、「思ったように治療成果が出ない」「病気を受け入れられない」など、闘病による不安や不満が爆発して感情的な表現になった、と考えられます。医療者がこのことを対話によって確認し、プロフェッショナリズムに見合った対応や援助ができれば、心は傷つかないでしょう。たとえ患者の暴言であっても、一時的なことであり、対話の継続によって互いに誤解を解くなど、医療者と患者の関係や病院の改善に結びつけば、心が傷つくことはないはずです。
しかし、前述の例では、医療者は患者の感情のはけ口になっただけで、患者を思う医療者の気持ちや努力は理解されないままです。「医療者の視点を考える」「個を尊重した言い方をする」「病を受け入れて生活を楽しむ工夫をする」など、患者ができることも多くあります。さらに、患者が仕方なく不満や怒りを抑えられなかったとしても、その後に、対話を継続する姿勢は心がけてください。(おかもと・さわこ=医療コミュニケーション研究者):毎日新聞 2012年4月4日 東京朝刊
(転載終了)※ ※ ※
なるほどな、と思った。毎週お世話になっている看護師さんに「(患者さんから)いろいろ言われて嫌な思いをされることも多いでしょう?」と問いかけた時のこと。少し考えて「職業病なのか(嫌だな、というよりも)”どうしてそう思うのかな”と考えてしまうんですよ。」とおっしゃっていた。
つまり、常に患者の視点に立って考えてくださっている、ということなのだ。上に書かれているとおり、プロとして働く医療者を尊重し、決して自分の感情のはけ口にしてはいけない、対話を断ち切ってはいけない、と改めて思う。私たち患者を思ってくれる気持ちや努力をまず、理解し、尊重したい。人間同士だ、お互いにお互いを認め合い、尊重しあい、解り合おうと思って解りあえないはずはない、と信じたい。
突き詰めれば、心が傷つくとは、こういうことなのではないか。お互い対等の立場で、個としてリスペクトしたうえで、相手を思いやっての発言であれば、それが、たとえ厳しい言葉であっても結果として傷つかない。これは医療者だの患者だの、に限らず、人対人の関係全てに通じることのように思う。
さて、昨日の強風はいまだその名残があるが、台風一過のような青空が広がった。今日は休薬日。今週1週間は体調がどんどん上向きになってくる。食欲も旺盛、便秘も解消。いわゆる3週間に1度の躁状態がやってきた。前向きに生活を楽しんでいきたい、と思う。
ようやく学内の桜が咲き始めた。週末は5分咲きまでいくかどうか。無情な雨さえ降らなければ来週末まで楽しめそう。楽しみだ。
帰宅すると今月のお花が届いていた。オレンジ、ピンク、赤のラナンキュラスが2本ずつ、白、赤、紫のアネモネが1本ずつ、そしてマーガレットが3本。花言葉はそれぞれ「輝く魅力」、「はかない恋」、「真実の愛」だそうだ。