昨夜は夕飯のお寿司を駅前で調達したので、汁ものとサラダくらいは用意しようと思っていた。帰宅後、片づけものをしているうちに夫が帰宅した。息子がなかなか帰ってこないので、「じゃあ、俺が作ろうか。」と言ってくれた。申し訳ないが甘えることにした。
その後、お寿司の殆どを息子と夫に分けてちょっぴりの夕食。食後はロキソニンとマグラックスを飲んだ。なんとなくお腹のモタモタ感が始まり、さらには投与後毎度のことだが、ちょっとしたことでイライラしてしまう。お茶も食後のお菓子も全然欲しくないのに、準備する。2人が美味しそうに食べているのを見るとちょっとため息が出る。「美味しいよ~」と勧められても遠慮はこれっぽっちもなく「No,thank you!」なのだから。
昨日は点滴中看護師Kさん(2人の男児のお母さん)から「○○さんは、食事の支度するんですか?」と問われた。一応主婦なので、当然・・・とちょっと答えに窮していると、「あ、抗がん剤治療の後、具合の悪い時にも、という意味です。」と。「そうですね、夫より私の方が帰宅が早いので。でも、気持ち悪くて食欲がなくて、味もよく分からない時は正直、全く作りたくないです。2人で外食してきて、ともなかなか言えず。朝は息子のお弁当もあるし。前回は2人が旅行で不在だったので、自分のペースで、食べたい時に薬を飲める程度少しお腹に入れたのが良かったのか、副作用が軽く感じました。」とお答えした。「そうですか。副作用の出方が軽いというのはそういうことだったのですね。」と。
まあ、抗がん剤治療中はどなただってそういう経験をされているのだろうけれど、最近、とみにこらえ性がなくなったよな、と自分でも思う。このまま、どれだけ今の生活が続けられるであろう。いつだったか新聞の朝刊で「もう食事の、支度は無理、と妻がいう・・・」という句が出ていたのをぼんやり覚えている。やはりこの歌を詠んだ方の奥様はがん患者であった。男性でも自分の食事の支度が出来れば、先に逝かねばならない妻もどんなに心強いことだろう。その点、食べることが好きで、フットワーク軽く台所に立てる夫のことは全く心配していないのだが、カップ麺と冷凍パスタしか作れ(?!)ない高2の息子を“どげんかせんといかん”と焦っている。
思うに、家族と暮らす、ということはそういうことなのだろう。
支えてもらいながら、自分も一員としての役割を果たして支えられる、ということ。やはり家族とはいえ、お互いに努力が必要だということ。都合のよい時だけ支えてもらって、そうでないときはお引き取り下さい、ではあまりに勝手な言い分だろう。
そう、結婚式の誓いの言葉「その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」である。22年前の1月、ロサンゼルスのウィルシャー・メソジスト教会でその問いに「Yes,I do.」と応えたのである。
病んでいる自分だけが辛い・・・となりがちだけれど、健康体でありながら常に病人の気持ちを想像しつつ付き合い、支えてくれることは、きっとこちらが思っているよりもずっと重くて大変なことなのだろう。
さて、体調。昨夜はステロイド・ハイのおかげで12時前にベッドに入ったものの、目がギンギンに冴えて、全く眠れず。1時くらいにトロリとしたかと思ったが、次に目覚めたのは3時前。その後は右を向いても左を向いても気持ちが悪い。鼾がうるさいと夫に八つ当たりしたら、夫は明け方しぶしぶリビングに移動。私は5時くらいから1時間ちょっと眠ることが出来た。合計3時間。やはり寝不足。
今朝の朝食も半分ほど。イメンド80㎎、デカドロン2錠、ロキソニン、マグラックスを飲む。ステロイドのおかげで糖尿病を併発したら、と心配するほどの量ではないにせよ、長期間蓄積することはあまり良くないだろうな、と一人ごちる。
仕事に行けば、気持ち悪いなどと言っている暇もないほど、メール処理、窓口対応であっという間に昼休み。これまた薬を飲むために、ナウゼリンを飲んでちょっとだけ昼食を押し込む。本当に暖かくコートは要らない。「大丈夫、大丈夫」と呪文のように繰り返して、何とかこの辛い時期を乗り越えたい。
午後も会議が長引いてなかなか定時には帰れない。今日は風が強かったが、帰路は桜吹雪の中、まだまだ十分楽しめる桜を愛でることが出来た。日当たりの良い木にはそろそろ葉が出てきている。雪柳の白、レンギョウの黄色のコントラストも美しい。自分の体の不調ばかりに敏感になりすぎて家に引きこもっていると、いい季節をもったいなく過ごしてしまうことだろう。
その後、お寿司の殆どを息子と夫に分けてちょっぴりの夕食。食後はロキソニンとマグラックスを飲んだ。なんとなくお腹のモタモタ感が始まり、さらには投与後毎度のことだが、ちょっとしたことでイライラしてしまう。お茶も食後のお菓子も全然欲しくないのに、準備する。2人が美味しそうに食べているのを見るとちょっとため息が出る。「美味しいよ~」と勧められても遠慮はこれっぽっちもなく「No,thank you!」なのだから。
昨日は点滴中看護師Kさん(2人の男児のお母さん)から「○○さんは、食事の支度するんですか?」と問われた。一応主婦なので、当然・・・とちょっと答えに窮していると、「あ、抗がん剤治療の後、具合の悪い時にも、という意味です。」と。「そうですね、夫より私の方が帰宅が早いので。でも、気持ち悪くて食欲がなくて、味もよく分からない時は正直、全く作りたくないです。2人で外食してきて、ともなかなか言えず。朝は息子のお弁当もあるし。前回は2人が旅行で不在だったので、自分のペースで、食べたい時に薬を飲める程度少しお腹に入れたのが良かったのか、副作用が軽く感じました。」とお答えした。「そうですか。副作用の出方が軽いというのはそういうことだったのですね。」と。
まあ、抗がん剤治療中はどなただってそういう経験をされているのだろうけれど、最近、とみにこらえ性がなくなったよな、と自分でも思う。このまま、どれだけ今の生活が続けられるであろう。いつだったか新聞の朝刊で「もう食事の、支度は無理、と妻がいう・・・」という句が出ていたのをぼんやり覚えている。やはりこの歌を詠んだ方の奥様はがん患者であった。男性でも自分の食事の支度が出来れば、先に逝かねばならない妻もどんなに心強いことだろう。その点、食べることが好きで、フットワーク軽く台所に立てる夫のことは全く心配していないのだが、カップ麺と冷凍パスタしか作れ(?!)ない高2の息子を“どげんかせんといかん”と焦っている。
思うに、家族と暮らす、ということはそういうことなのだろう。
支えてもらいながら、自分も一員としての役割を果たして支えられる、ということ。やはり家族とはいえ、お互いに努力が必要だということ。都合のよい時だけ支えてもらって、そうでないときはお引き取り下さい、ではあまりに勝手な言い分だろう。
そう、結婚式の誓いの言葉「その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」である。22年前の1月、ロサンゼルスのウィルシャー・メソジスト教会でその問いに「Yes,I do.」と応えたのである。
病んでいる自分だけが辛い・・・となりがちだけれど、健康体でありながら常に病人の気持ちを想像しつつ付き合い、支えてくれることは、きっとこちらが思っているよりもずっと重くて大変なことなのだろう。
さて、体調。昨夜はステロイド・ハイのおかげで12時前にベッドに入ったものの、目がギンギンに冴えて、全く眠れず。1時くらいにトロリとしたかと思ったが、次に目覚めたのは3時前。その後は右を向いても左を向いても気持ちが悪い。鼾がうるさいと夫に八つ当たりしたら、夫は明け方しぶしぶリビングに移動。私は5時くらいから1時間ちょっと眠ることが出来た。合計3時間。やはり寝不足。
今朝の朝食も半分ほど。イメンド80㎎、デカドロン2錠、ロキソニン、マグラックスを飲む。ステロイドのおかげで糖尿病を併発したら、と心配するほどの量ではないにせよ、長期間蓄積することはあまり良くないだろうな、と一人ごちる。
仕事に行けば、気持ち悪いなどと言っている暇もないほど、メール処理、窓口対応であっという間に昼休み。これまた薬を飲むために、ナウゼリンを飲んでちょっとだけ昼食を押し込む。本当に暖かくコートは要らない。「大丈夫、大丈夫」と呪文のように繰り返して、何とかこの辛い時期を乗り越えたい。
午後も会議が長引いてなかなか定時には帰れない。今日は風が強かったが、帰路は桜吹雪の中、まだまだ十分楽しめる桜を愛でることが出来た。日当たりの良い木にはそろそろ葉が出てきている。雪柳の白、レンギョウの黄色のコントラストも美しい。自分の体の不調ばかりに敏感になりすぎて家に引きこもっていると、いい季節をもったいなく過ごしてしまうことだろう。