来月1日から生食用牛レバーの提供が禁止されることに伴い、反対の声に加勢する論調のマスコミが喧しいように感じる。
この辺りは夫の専門分野なので、言いたいことは山々あるようだ。
昨年、焼き肉店でユッケを食べ、O157の感染で男児等5名もの方が亡くなったことは記憶に新しい。“リスクを承知で美味しいものを食べたい”というのが個人の権利というならば、その権利ばかりがやけに大切にされてはいないだろうか。リスクを承知の上で食べた本人だけが病気になって、それで万事おしまい、というのなら自己責任と言えるかもしれない。だが、腸管出血性大腸菌は二次感染を引き起こすものだから、本人だけでは終わらない。周囲の人にも感染させる危険がある。それに、こうした食中毒が発生することで、病院や行政機関など、その後処理をすることになる人たちのことは全く眼中にはないのだろう。
そもそも私自身は肉食系女子でもなく、もはや草食系中年になってきている。牛肉は殆ど食べないし、いわんや生肉を食べたいとは思わない。夫も息子も焼き肉には目がないが、生肉は食べない。私もこれまで食べた記憶がないから美味しいかどうかもわからない。抵抗力のない小さい子どもに自分が食べたこともない生肉を与えようとは思わなかったから、これまで息子に食べさせたことはなかったし、当然のことながら現に危ないということが分かっている今、あえて食べさせてみようとも思わない。腹痛や下痢で終わらずに命を失うほどの病気を引き起こすということがわかっているものを、ただ美味しいからといって、果たしてそんなに食べたいものだろうか。
「提供禁止は過剰介入である」として食肉業界が反発しているとか、「新鮮だから安全だ」と謳っている飲食店を取り上げる等、正しくない報道もあるようだ。テレビではレバ刺しファンがインタビューされて「美味しいから大好きで、今まで必ず頼んでいたのになくなるとは残念」等と答えているところをクローズアップするのもいかがなものか。
ここまでくると、命を大切にはしたくないのですか、としか思えない。新鮮なものなら安全だという勘違い、つまりは無知から起きることなのではないか。(食べたら死ぬかもしれないけれど)美味しいから子どもにも食べさせたい等と判断する親がいることが、私には到底理解出来ない。
食べたことのない、その美味しさを知らない私が言っては一方的な意見かもしれないが、レバ刺しは美味しい、食文化を守ろう等と、リスクを熟知せずに一方的にコメントすることは果たして・・・と首をかしげるものである。
結局、全てにおいて無知により失うものは大きいのだろう。
転じて、がんという病気も無知からくる誤解が多いのではないかと思う。今や初発の時にきちんと治療をすれば完治する病になってきているし、不運なことに再発しても、薬でコントロールして長期間、ごく普通の生活を送り続けることが出来る。もちろん決して甘くみてはいけない病気であるのは紛れもない事実だけれど、きちんと知った上で共存を図っていこうとすれば、もとは自分の細胞であるわけで、いたずらに恐れる必要はない、と思う。
けれど、“良く知らない”ということが何やらこの病気に即、死を連想させるのだろう。一方、その恐ろしさを“良く知らない”まま新鮮なら安全だと食べたところで、一つしかない命を落としていたら始まらないではないか。
今日は梅雨の中休み。今週で一番良いお天気という予報どおり。久しぶりに青空を見た気分だ。朝から洗濯機を2回回して大洗濯。すっきりしてから出かけることが出来た。
お昼休み、高原のように爽やかな風に誘われて散歩に出た。紫外線はかなり強かったので、日傘とともにではあったが、カラリと晴れた空の下、深呼吸しながら心地よいひと時が過ごせた。有難いことだ。
この辺りは夫の専門分野なので、言いたいことは山々あるようだ。
昨年、焼き肉店でユッケを食べ、O157の感染で男児等5名もの方が亡くなったことは記憶に新しい。“リスクを承知で美味しいものを食べたい”というのが個人の権利というならば、その権利ばかりがやけに大切にされてはいないだろうか。リスクを承知の上で食べた本人だけが病気になって、それで万事おしまい、というのなら自己責任と言えるかもしれない。だが、腸管出血性大腸菌は二次感染を引き起こすものだから、本人だけでは終わらない。周囲の人にも感染させる危険がある。それに、こうした食中毒が発生することで、病院や行政機関など、その後処理をすることになる人たちのことは全く眼中にはないのだろう。
そもそも私自身は肉食系女子でもなく、もはや草食系中年になってきている。牛肉は殆ど食べないし、いわんや生肉を食べたいとは思わない。夫も息子も焼き肉には目がないが、生肉は食べない。私もこれまで食べた記憶がないから美味しいかどうかもわからない。抵抗力のない小さい子どもに自分が食べたこともない生肉を与えようとは思わなかったから、これまで息子に食べさせたことはなかったし、当然のことながら現に危ないということが分かっている今、あえて食べさせてみようとも思わない。腹痛や下痢で終わらずに命を失うほどの病気を引き起こすということがわかっているものを、ただ美味しいからといって、果たしてそんなに食べたいものだろうか。
「提供禁止は過剰介入である」として食肉業界が反発しているとか、「新鮮だから安全だ」と謳っている飲食店を取り上げる等、正しくない報道もあるようだ。テレビではレバ刺しファンがインタビューされて「美味しいから大好きで、今まで必ず頼んでいたのになくなるとは残念」等と答えているところをクローズアップするのもいかがなものか。
ここまでくると、命を大切にはしたくないのですか、としか思えない。新鮮なものなら安全だという勘違い、つまりは無知から起きることなのではないか。(食べたら死ぬかもしれないけれど)美味しいから子どもにも食べさせたい等と判断する親がいることが、私には到底理解出来ない。
食べたことのない、その美味しさを知らない私が言っては一方的な意見かもしれないが、レバ刺しは美味しい、食文化を守ろう等と、リスクを熟知せずに一方的にコメントすることは果たして・・・と首をかしげるものである。
結局、全てにおいて無知により失うものは大きいのだろう。
転じて、がんという病気も無知からくる誤解が多いのではないかと思う。今や初発の時にきちんと治療をすれば完治する病になってきているし、不運なことに再発しても、薬でコントロールして長期間、ごく普通の生活を送り続けることが出来る。もちろん決して甘くみてはいけない病気であるのは紛れもない事実だけれど、きちんと知った上で共存を図っていこうとすれば、もとは自分の細胞であるわけで、いたずらに恐れる必要はない、と思う。
けれど、“良く知らない”ということが何やらこの病気に即、死を連想させるのだろう。一方、その恐ろしさを“良く知らない”まま新鮮なら安全だと食べたところで、一つしかない命を落としていたら始まらないではないか。
今日は梅雨の中休み。今週で一番良いお天気という予報どおり。久しぶりに青空を見た気分だ。朝から洗濯機を2回回して大洗濯。すっきりしてから出かけることが出来た。
お昼休み、高原のように爽やかな風に誘われて散歩に出た。紫外線はかなり強かったので、日傘とともにではあったが、カラリと晴れた空の下、深呼吸しながら心地よいひと時が過ごせた。有難いことだ。