昨夜、乗り継いだ飛行機が離陸したのは予定時刻より2時間近く遅れ。クルーの不手際とのこと。夏のヨーロッパ、本当に日が長く夜9時までは明るい。暮れなずんできても一向に搭乗案内がされず。待ちくたびれ疲れ果てて、機内の人となった途端に3人とも首を垂れて爆睡。気づけば軽食も頂けず、着陸間際にお水だけ頂戴する。
リスボンに着いたのは再び時計を1時間戻して日付が変わる頃。ここでまたトラブル発生。指定されたターンテーブルから荷物が出てこない。添乗員さんに連れられてバゲージクレーム手続きカウンターへ。大昔、夫とイタリアはローマに出かけた折りにもロストバゲージがあった。そのときはローマに3泊したので、誤って別の国に届いてしまった荷物は2日後にローマのホテルに戻ってきた。最低限の着替えや身の回り品について航空会社が対応してくれたもののとんでもなかった。今回は1泊1泊で場所を移るので、最終泊のリスボンにでも荷物が届いたらと頭を抱えた。ここで地獄に仏、別のレーンで同じグループの方たちのスーツケースが見つかり、結局、全員分の荷物が発掘された。そんなこんなで空港を出たのがすでに早朝1時近く。空港至近のホテルにチェックイン出来たのは15分ほどしてからだったけれど、最低限の荷物を整理して入浴してベッドに入ったのは2時を回っていた。
今朝のモーニングコールは無情に6時。疲れすぎると眠れないというのは真実で、今回夫と息子が1部屋、私は隣のツインをシングルユースにしたが、寝過ごしたら大変と眠れず、少しとろりとしたかと思ったら4時半に目が覚める。その後少しうとうとしたと思ったら、モーニングコールと目覚まし時計がダブルで起こしてくれた。
部屋の外に荷物を出して、朝食レストランへ。さすがに日の入りが早いので日の出は遅い。7時前に朝食を摂りながら、ようやく美しい朝日が上るのを愛でることが出来た。フランクフルトの空港で夫と息子からソーセージをちょっぴり分けてもらったのが最後の食事で、12時間以上の絶食。空腹で、あれもこれもぱくぱくと頂いた。
そして予定通り8時にはホテル出発。滞在時間僅か6時間半、睡眠時間3時間といったところ。稀に見る強行軍である。
雲一つない良いお天気。抜けるような青空。気温は30度を超えるというが、からりと乾燥していて朝の空気はちょっとひんやりするくらい。
今日の最初の目的地は、90Kmほど離れた「谷間の真珠」と呼ばれる城壁に囲まれた人口800人ほどの美しい街、オビドス。普段はホテルから1時間半ほどかかるのだそうだが、夏休みの土曜日ということで驚くほど車が空いており、1時間ちょっとで到着。車窓からは沢山の風力発電機が見え、いつかスペインのアンダルシア地方で見たような田園風景が広がった。赤い屋根の家々がとても可愛らしい。
9時半スタートのツーリストインフォメーションセンターもまだクローズ。他に観光客がいなくて、私たちは貸し切りの第一号訪問客である。オープン準備中のお土産屋さんが連なる一本道を添乗員さんに案内されて、自由散策へ。
箱庭のような街並みで、家の壁は町の旗に使われている青や黄色で塗られている。ブーゲンビリアやゼラニウム等、色とりどりの美しい花々が軒先を彩っている。ちょっと洒落た陶器やコルク製の土産品を並べたお店、どこでシャッターを押しても絵はがきのようになる。
イスラム時代に造られたメインゲート、おとぎの国への入り口のようなポルタ・ダ・ヴィラを抜けて石畳の道を歩く。すぐに城壁へ上る階段がある。ベロリーニョ(罪人のさらし柱)が立つ哀しい物語に秘められたサンタマリア広場、アズレージョ(ポルトガル伝統の装飾タイル)が美しいサンタマリア教会。城壁の上はどこまでも青い空。
夫曰く何でもやりたい病の私は、ちょっと城壁を上ってみたけれど、手すりも柵もないし大人がすれ違うのも厳しいほどの細い道で、かなり怖い。さすがに初日から怪我をしたら目も当てられないと、途中で断念して戻ったが、息子はしっかり行き止まりまで歩いてきた模様。高いところは苦手な夫は最初から見向きもせず、箱庭のような町の景色を楽しんでいた。
ああ、本当にポルトガルに来てしまったのだ、と改めて実感する。このツアーに申し込んだのは息子が鉄道会社から内定が頂けた日。よし、と一気に探してその日のうちに決めてしまったのだから、我ながら遊ぶことにかけて凄い実行力である。
帰路2人はオビドスのお酒ジンジャにトライ。サクランボをつけ込んだ果実酒で、ホワイトチョコと普通のダークチョコで出来た可愛らしいカップに入れて飲ませてくれた。私もちょっぴり舐めさせてもらったけれど甘くてとても美味。
可愛らしい町オビドスに別れを告げて、午後は2時間ほどかけて135Kmの移動。大学を中心に発展した文化都市、コインブラへ向かう。リスボン、ポルトに次ぐポルトガル第3の都市だ。モンデゴ川岸の小高い丘にコインブラの街並が見えてくる。まさに絵に描いたような美しい景観だ。
ランチは旧カテドラルのすぐ横に建つ小洒落たレストランで。2階の半個室のテーブルに11名が並んだ。青色のアズレージョで飾られた店内はとても素敵な雰囲気。カルド・ヴェルデという、ポテトスープをベースに千切りのちりめんキャベツを煮込んだスープ、赤ピーマンのペーストで味付けした豚肉とあさりを炒めて、コリアンダーとレモン汁で仕上げた物がメイン。美味しく優しい味付けに舌鼓。デザート大国ポルトガルは卵黄をベースにしたデザートが数多くある。カステラのルーツであるとされるパン・デ・ローやサンチャゴ名物アーモンドを使ったサンギャゴタルト、この国発祥のエッグタルトは中はしっとり、皮はパリパリ。日本に伝わって金平糖となった砂糖菓子はコンフェィト、である。今日のお昼は春巻きのように卵黄のクリームを巻いて揚げたもの。名前はわからなかったが、これも美味しかった。
お腹を満たした後はポルトガルのガイドさんとともに市内観光に。ポルトガルで最も歴史ある名門コインブラ大学と付属施設がメインになるが、時間指定の観光になるため、まずは旧市街の散策。8学部あるというこの大学の周りでは黒いマントを着た学生の姿がたくさん。立派な建物の数々に圧倒される。
それにしても強烈な坂道である。踏ん張って歩くと爪囲炎が再燃しそうでちょっとハラハラ。どこも石畳だし、下り終わったときには膝が笑っていた。ここで若干の自由散策時間。今ではここでしか作られていないというコンフェイトや、家族3人それぞれの生れた年がプリントしてあるオイルサーディンの缶詰をお土産に買い求めた。
旧市街の入り口にあるポルタジェン広場は花壇が美しい。サンタクララ橋から対岸を望むと修道院の姿も見える。すぐに集合時間になるが、気温が上がってかなりの暑さだ。健脚でないととても大変。添乗員さんは実にタフで、ゆっくり歩きますという最初のお話はどこへやら。皆必死でついて行く。
再びバスにピックアップしてもらって丘の上の大学へ。創立は13世紀。鉄の門をくぐり中庭に出ると、3方を古い建物が取り囲みカブラ(山羊)と呼ばれる時計塔が大学のシンボルになっている。階段を上ってギャラリー・ラテン回廊へ。ここからは、学位授与式などに使われていた帽子の間を見ることが出来る。荘厳の一言に尽きる。壁にはポルトガル歴代国王の肖像が。そして最後は、豪華な装飾が施された必見の1724年に建てられたジョアニア図書館。蔵書は30万冊に及び、華麗なターリャ・ドウラーダ(金泥細工)による内部装飾や調度品が素晴らしい。昨年のディズニー映画「美女と野獣」に登場した書庫のシーンがこの図書館にそっくりだったと聞いていたが、まさにそうだった。大学の礼拝堂もあり、内部は17世紀のアズレージョで覆われており、見事なパイプオルガンに圧倒される。
そして本日の観光はこれにて無事終了。
今宵の宿泊は、憧れの国営ホテル・ポサーダに泊る!という、このツアーの売りとなっているホテル。古城や修道院など、歴史的建造物をホテルに改装したものが多くあるポルトガルの国営ホテルが「ポサーダ」だ。途中一度お手洗い休憩を挟み、到着は予定より早く7時前。3年前ノルウエーで泊まったフィヨルド付近のホテルのような絶景のホテルだ。山小屋風の重厚な作りでプールもある。水着を持ってこなかった息子は残念がっていた。3階の部屋からはその見事な風景がバッチリ楽しめて本当に贅沢。夕食はホテルのレストランでパンプキンスープやチキンソテー、デザートバイキングを楽しんだ。
今日2日目が時差と疲れで身体が一番きついという。バスでは添乗員さんの説明も聞かず毎度眠りこけていたが、それでもかなりお疲れだ。若い息子は元気に昼夜とワインを頂いているが、夫はかなり疲れた様子で夜はガス入りのミネラルウオーター止まり。
胸痛もちょっと気になる。今日こそ早めに寝て、明日からに備えなくては。