ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2022.4.4 自由人4日目 またしても土砂降り 急遽美術館へ、そして無事帰京

2022-04-04 22:12:39 | 

 昨夜はホテルの最上階にある展望風呂で内風呂、露天風呂、サウナを制覇してさっぱり。時間が早かったせいか三世代家族連れもいて、なかなか賑やかだった。
 部屋に戻ると、夫はワインも効いたのかあっという間に眠ってしまった。私はそれに遅れること小一時間。それでもなんとか日付が変わる前に眠りについた。

 月曜日。5時前に目が覚める。確かお風呂は5時からだったなと思いながら、何となくベッドの中でグズグズ。やはりもう眠れないので5時半過ぎにそっと部屋を出る。夫はまだ気持ちよさそうに眠っている。
 さすがに早かったので、“入浴中”の目印であるスリッパは3足しかなかった。お風呂も洗い場もガラガラでサウナも貸し切り状態だった。
 部屋に戻ると夫が起きていたので、せっかくだから!と渋る夫の背中を押してお風呂に行かせた。

 朝ドラをBSと地上波で2回視てから身支度を整える。相変わらずの雨降り。結局、富士山は欠片も見えずじまい。雨は横殴りに降ってきている。朝食を摂ったら、レイトチェックアウトギリギリまでのんびり部屋にいて、お昼はいつものお寿司屋さんで摂って帰るしかないかなぁ、とため息をつく。

 今回は素泊まりプランで朝食はペンディングだった。ホテルのレストランで朝食ビュッフェをお腹一杯食べて部屋でのんびり過ごしては、お寿司が入る筈がない。ということで、ホテルに近接したカフェで軽く摂ることにした。
 各々別のモーニングセットを取ってシェアし、お土産を物色して部屋に戻る。

 それでも、どこか雨が降っていても行けそうなところがないかなと探してみるが、庭園や美術館は月曜休館が多い。1つ開いていそうなところを見つけたけれど、あいにく今日から点検に重なって閉館だという。
 ここでスマホをいじっていた夫が、こんなところがある、とホテルと反対口の駅出口からシャトルバスサービスがある美術館を見つけた。
 その時既に1時間に1本のバス出発まで15分。慌てて歯磨きをしてフロントで傘を借り、一目散に出かける。あと10分。入場券を買って駅の中を突っ切って反対口へ。バスのロータリーでシャトルバスを探す。

 シャトルバスはかなり大型でびっくり。乗っているのは私達夫婦ともう一組年配のご夫婦、そして男性1人のみ。雨の中、山の方へとバスは進む。20分ほどで到着したのはベルナール・ビュフェ美術館である。私はすぐぴんとこなかったのだけれど(後から、サガン等の文庫の表紙の絵がそうだったのだ、と思い出す。)、夫は好きなのだという。

 1928年生まれだから父と同い年。1999年にパーキンソン病のため71歳で亡くなった線の画家、ベルナール・ビュフェ。パリ出身の具象画家は、19歳の若さで衝撃的なデビューを飾っている。
 「画面を覆うひっかき傷のような線、黒い輪郭線、鋭く突き刺さる垂直線。彼の“線”はいつ生まれ、何を表現しようとしていたのだろう」という触れ込みで、今月から来年3月まで催される企画展である。

 展示されているビュフェ作品は100点を超え、画家の生涯を辿ったもの。地元の銀行家が収集したコレクションだそうだが、リトグラフは全てエディションナンバーが1という贅沢なもの。
 17歳で母を病気で亡くしているが、黒い輪郭線と抑制された色使いで、第二次大戦後の不安や虚無感を描き出したと支持されたというその画風は暗く、重く、胸が苦しくなる。
 母は長生きしないといけない、と改めて思わされた。
 その後、南仏に引っ越した辺りで色彩が生まれた期間があったけれど、最後の絶筆は死を色濃く感じさせるものだった。

 帰りのバスの関係で1時間ほどの滞在で大急ぎでの観覧だったけれど、思い切って出てきて良かったと思う。向かいには井上靖文学館もあったのに、時間切れで訪れることが出来ず、かなり残念。
 ショップで絵葉書を数枚買い求め、帰りのバスへと急ぐ。一瞬雨が小止みになって青空が見えた。満開の山桜が美しく、写真撮影タイム。再び私達夫婦と男性1人の3人しか乗客がいない大型バスに30分弱揺られて駅まで戻ってきた。

 ホテルの部屋に戻り、チェックアウトまで小一時間。荷物をまとめ、支払いを済ませ、予定通り毎回通う駅前のお寿司屋さんへ。あいにく満席で、帰りの電車を思うとちょっとドキドキしたけれど、すぐに奥のテーブル席に案内されてほっとした。
 私はお任せの一番貫数の少ないランチ、夫は近海握りをチョイス。まだそれほどお腹も空いていないし、時間もないしでちょっと慌ただしいお昼になった(夫が乗る電車の時間を5分勘違いして、まだ余裕があったのに土壇場でドタバタしたのが原因だ。)。

 帰路のお供は群ようこさんの「この先には、何がある?」(幻冬舎文庫)。
 帯には「いつも『普通の人』を書いてきた。昭和、平成、バブル、21世紀。どんな時代も変わることなく、全てを正直に」とある。物書きになって40年の自伝的エッセイはそれぞれの時代を彷彿とさせるもの。冒頭、37年間、書き続けてきた、というくだりに、37年働いた職を辞した私と同い年から始まることにも何となくご縁を感じ、一気に読んだ。

 夫は車内でウトウト、私はついつい読書に没頭し、あわや乗換駅で降り損ねそうになる。危機一髪、慌ててドタバタと荷物をまとめて降りた。都内と違って一台乗り間違えると一大事だ。
 往路とは違う経路の方が早く、安いということで、帰路は別ルートを選んだのだが、大慌てでJRから私鉄に乗り換え、がっくりと疲れてしまった。

 一時雨が止んだかに思えたけれど、やはり雨はしつこく降り続けていた。2時間ほど電車に揺られ、喉も乾いたので、乗換駅でお茶をしようか、とカフェを覗いたけれど、満席で諦め、最寄り駅まで戻る。土砂降りである。駅前のカフェに入って、人心地つく。

 夜のT先生のビューティヨガのクラスに参加しようと思っていたけれど、予定より早く帰ってこられたので1度家に帰る時間が十分にある。かといってこの雨降りで一度帰宅したらまた駅まで出て来るのは億劫だ。ということで、夫には先に帰宅してもらい、私はそのままビューティヨガの前の、岩盤浴タイムに参加することでお茶を濁すことにした。

 スタジオには前半20分ほどお一人いらしたが、その後は私一人の完全貸し切りになったので、マスクも外して、いつもの回復期のように寝っ転がってばかりでなく、ストレッチやヨガポーズ等もマイペースで出来てしっかり汗をかけた。
 そして帰宅。母にDuo通話した後は、夫が夕食に煮込みうどんを作ってくれたので有難く頂く。

 というわけで、今日まではなんとなく本当に退職したのかな、という感じの日程だったけれど、明日は夫を送り出したら初めての自由の身。さて、どうやって過ごそうかと思案中である。
 
 
 
コメント
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