散日拾遺

日々の雑感、読書記録、自由連想その他いろいろ。
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KMさん達から続報

2014-06-18 23:27:22 | 日記
2014年6月18日(水)

 二人のKMさん、Bさんのほうはイギリスからベルギーまで足を伸ばしているらしい。折しも・・・

 昨日からブリュッセルに来ていますが、ベルギーがワールドカップで一勝したので、街の中は大騒ぎでした。タイガースが日本一になった時の道頓堀付近をはるかに超える怖さがありましたので、早めに宿に戻り、コンビニで購入した地ビールを味わっていました。
 ベルギーも、アルコール問題が蔓延している予感のするような異様さでした。
 今日は、古都ブルージュを散策します。

 Bさんは卒研でもアルコール問題を扱い、この問題に関しては敏感であり鼻も利く。宮城の人なのに、なぜか熱烈なトラキチである。
 あの時の道頓堀は凄かったが、それを「はるかに超える」のか・・・

 ベルギーの現状は知らないが、ヨーロッパで酒害が歴史の表舞台に出てくるのは、雑穀から安価にジンを作る製法が確立し、一般庶民も酒を飲めるようになってからのことだ。時は1600年代、ところはお隣のオランダとされている。
 ブルージュ(ブリュージュ)は高校の同窓生で首都大学東京の教授である河原温(かわはら・あつし)君のこよなく愛するところで、彼に『ブリュージュ』の好著がある。



***

 Aさんは既に帰国済みだが、イギリスを十二分に堪能したと見え、詳しい続報を送ってくれた。そこから抜粋する。

 漱石博物館は、開館時間が合わなくて行かれませんでしたが、ロンドンでも一番大きなセントトーマス病院の中は入りました。SHOPが入っていて、だれが入っても自由でした。大英博物館、ナショナルギャラリー(ゴッホのひまわりやセザンヌ、モネ、イギリスで一番有名なウイリアム・ターナーの絵など)、ロンドン博物館など、入場料はすべて無料でよかったです。
 ⇒ これは僕も覚えがある。1976年の夏に悪友二人と欧州漫遊の途上、大英博物館の入り口で財布を取り出したら、係のおじさんが「ルーブルでは財布が要るだろうが、ここでは要らないよ」と得意気に言った。「そうなの? Great Britain って、ほんとに great だね!」とおべっか使って、あたりの笑いをもらったっけ。

 お勧めは、ロンドン博物館で、ロンドンの歴史が学ぶには、とてもわかりやすかったです。ロンドン塔の処刑場などは、何か出そうでじっといられませんでした。
 ⇒ 誰が出るかな?行列して出そうだよね。

 4日目は、やはりダイアナさんを忍びたくて、葬儀が行われたウエストミンスター大聖堂や住まいのケンジントン宮殿に行きダイアナさんのきれいな衣装をみていました。

 日本人はどこもあまりいなくて、地下鉄の車両の中ではアジア人はめずらしく、視線をいつも感じましたが、日本ではその逆の事を私もしているなと思いました。
 ⇒ へぇ、そうなんだね・・・

 2日目には、もう慣れてしまい、イギリス人にトイレを聞かれるなど。「I am a traveler. 」で万事おわり。
 そうそう、スケート場にも行きましたが、貸し靴のエッジが最悪で、もう怖くて30分で切り上げました。転倒したら、危ない危ない。
 ⇒ Aさんはスケートの達人なのだが、健康上の事情があって今は殊のほか注意が必要なのだ。

 ホテルはスタンダードで着いた日にライトがチカチカ、ツィンクル状態でフロントへ行って、すぐ直してと交渉。
 私の英語も通じる。通じる。帰りの空港までの車も手配して。
 迎えに来たのは、アフガニスタンのお兄さん。同乗したのはドイツ人の親子。英語は便利な言葉ですね。
 ⇒ 同感です。

 前にも書いた気がするが、ヨーロッパのほとんどの言語は名詞に性別があり、冠詞にも性別や格変化があって、動詞の活用はかなり複雑である。いわばとっつきが悪い。英語ばかりがこうした細かい修飾を削ぎ落として極端にシンプルで、それだけに「間口は狭いが奥が深い」などと言われもするが、とりあえず使うには至ってハンディなのである。
 何でこういう奇妙な言葉が生まれたか、その奇妙な言葉を使う人々が地球表面の隅々にまで広がって、この惑星の住みよい場所をあらかた占めるに至ったのはどうしてか、まったくもって不可思議なことだ。

苦難の所在/福島そうそう

2014-06-18 07:35:48 | 日記
2014年6月18日(水)

 各種団体の支援対象を見ると、世界のどこにどんな困難があるかが見渡せる。
 UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)は南スーダンと中央アフリカ共和国への緊急支援に522億円が必要と訴える。
 国境なき医師団は2013年の活動報告の中心にフィリピンを挙げた。2013年の台風30号で1600万人が被災している。加えて、シリアと南スーダンの内戦。さらにチャド、カメルーン、中央アフリカ共和国の難民問題。
 南スーダンと中央アフリカが共通項になっている。

 世界の医療団 Medecins du Mondeは、日本を取り上げた。
 震災後に関して、「福島そうそうプロジェクト」と「川内村こころのケアプロジェクト」、もうひとつは東京におけるホームレス支援である。
 「そうそうプロジェクト」の「そうそう」は「相双」、つまり福島県相双地区(相馬市、南相馬市、双葉郡)である。もしやと思って確認したら、土曜日に会った須藤さんの「メンタルクリニックなごみ」が対象だった。

 世界の医療団のニューズレターを下に貼りつけ、該当箇所を抜き書きしておく。
 支援する立場でもあり、支援される立場でもある。a wounded healer ~ ナウエンの言葉を思い出す。

*****

【福島そうそうプロジェク卜/川内村こころのケアプロジェク卜 ~ 合言葉は「忘れない」「続ける」】
 東日本大震災から3年、被災地での先が見えない不安を抱えながらの暮らしは、時間の経過によって不安が軽減されるものではありません。世代や地域の事情に合わせた、きめ細かな対応が求められています。
 世界の医療団は震災発生直後から、岩手県「こころのケア」派遣チームとして大槌町に入りました。2012年からは、福島県相双地区と呼ばれる相馬市、南相馬市、双葉郡で、「忘れない」「続ける」を合言葉に活動を行っています。
 津波と続いて起こった原発事故により、福島県相双地域は精神科医療の空白地域となりました。福島そうそうプロジェクトでは、この空白を解消するため2012年に福島県相馬市に設立された現地NPO「相双に新しい精神科医療保健福祉システムをつくる会」をパートナーとして、同会が展開する活動に精神科医、臨床心理士、看護師を派遣しています。また、帰村宣言の後もなお過疎•高齡化に直面する福島県川内村では、精神科医と精神保健福祉士を村へ派遣し、認知症予防を地域づくりに取り入れているほか、認知症患者を抱える家族をサボートしています。

  
  
 

この時期にイギリスを訪れる理由?

2014-06-18 07:18:37 | 日記
2014年6月18日(水)

 別の年度に卒業研究を履修した女性二人が、それぞれイギリスに旅行して、様子を知らせてくれた。どちらもKさん、あ、二人ともKMさんだ。
 今年に入ってイギリスへ旅行する知人が妙に多いんだが、別にブームというわけでもなく、それぞれ彼の地に知り合いがいるからとか、イギリスが好きだからとか、何しろ羨ましいことである。特に6月のヨーロッパは、日本と違って快適だろう。

 KMさんAによれば、「日の出が4時、日の入りが夜10時で日照時間が長く、そのせいかこの時期はうつ病が少ないらしい」とのこと。季節性感情障害のことを考えれば頷ける話で、これが本来のうつ病なのである。

 KMさんBが写真を添付してくれたので、拝借して載せる。
 StratfordーUponーAvon(Shakespear!)で一番古いパブだそうで、右の写真は看板だが、縦向きに直せない。
 建物は1594年、人の居住はさらに古く遡ると説明にある。

 どちらさまも、Bon voyage!
  

山亭夏日と猫の墓

2014-06-18 06:07:24 | 日記
2014年6月18日(水)

 四谷のネムノキの下でふと諳んじた詩の全文は下記。

 緑樹陰濃夏日長
 楼台倒影入池塘
 水精簾動微風起
 満架薔薇一院香

 『山亭夏日』晩唐の詩人、高駢(こうべん、821~887)の作とされる。
 作者は武人でもあったが、当末期の混乱の中で部下に謀殺された。
 僕は高校の漢文で上記のように覚えたが、いま調べてみると結句に異説があり、

 一架薔薇満院香

 つまり、「一」と「満」を入れ替えた本文も多く見られる。
 「満架薔薇」の方が、花壇一杯に咲き誇る薔薇の豪奢を思わせて僕は好きだ。
 もっとも「一架薔薇」も、ただ一群の花が院全体を満たすほどの香りを放ち、これはこれ力強い。

 ところで、この詩の何とも憎いのは転句である。
 「水精の簾動いて微風起こり」のところ、物事の順序としては「微風が起こった結果として簾が動く」のに相違ない。
 しかし、庭に遊ぶ人の感じるところは逆なのだ。おや、簾が動いたなと見るところへ、簾を動かした風がそよそよと渡ってくる。ああ、これだったかと吸い込む風に、馥郁たる薔薇の香りを嗅ぐ驚きが結句である。
 見事というほかない。そして写実的である。

***

 少し理屈を言うなら、「物事の道理」から天下るのではなしに、「その時その場の体験」に集中し、体験者の視点から世界を構成するのが詩の精神、殊に写実の要諦ということなのだろう。
 漱石に、類似のことを教えた逸話がある。こちらはとある厳寒の日、誰だったか名のある弟子が、

 猫の墓の手向けの水も凍りけり

 と一句ひねった。
 漱石先生、一字直したという。

 猫の墓の手向けの水の凍りけり

 こうでなくてはならない。
 どこもここも寒い、道理で猫の墓の手向けの水「も」凍るはずだというのでは、俗に流れる。
 手向けの水が凍っている、その気づきから大気の寒さを知る、それでこそ詩というものだ。

 大世界から小世界へ、ではない、小宇宙から大宇宙へ、である。
 風と言い、寒さと言い、基本は同じことと見える。