散日拾遺

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オートファジーに期待 / デニソワ人って知ってる?

2016-10-04 10:10:24 | 日記

2016年10月4日(火)

 大隈良典博士、ノーベル医学生理学賞おめでとうございます!

 「細胞が自分自身の一部を分解し、栄養源としてリサイクルする」という新聞の解説から、タコが自分の脚を食っちゃう話を連想した。疾患治療を含む医学方面への影響が甚大と思われるが、博士自身は東大の教養(基礎科学科?)からずっと基礎生物学の道を歩み、キャリアの仕上げが東工大栄誉教授(名誉教授ではない)というのも興味深い。

 細胞というもののイメージを豊かにするばかりでなく、低成長時代の社会のあり方をめぐっても示唆的なのではないかしらん。オートファジーはきっと流行語になるだろし、大いになってほしい。

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 ともかくその道の専門家の話というのは、カマボコ職人から細胞生物学者に至るまで実に面白いものである。一昨日の日曜日は出勤を余儀なくされたが、おかげで日頃ゆっくり話す機会のない他コースの先生方と歓談し、面白い話を堪能した。座談の中心になったのは文化人類学のQ先生で、マチュピチュあたりの中米の文化と人を専門にしておられるらしい。

 高地調査で高山病が必発という苦労話から、「高山病の急性症状が起きたときは、口をすぼめて呼気することで肺の内圧を高めると良い」という実践的な教訓を経て、高地環境への人の順応メカニズムに話が進む。「赤血球が増える」というのは考えやすいことで、高地トレーニングの眼目はとりあえずそこにあるのだろう。事実Q先生も高地滞在から戻った後は、少々の運動で息も切れずたいへん元気になるという。そして面白いことに、やたらと眠くていくらでも眠れる感じになるのだそうだ。

 時に、高地民族というのは中米だけでなく、世界に数多く存在する。特に注目すべきはチベット人で、この人々は中米人とは違った順応の形式をもっているらしい。難しい理屈は短時間の会話で理解し損ねたが、要は赤血球を増やすのではなく、窒素の活用などまったく別の様式をとるのだそうで、この方が効率が良く洗練されているということらしい。それが可能になったのは、デニソワ人との交雑の結果らしいという。

 デニソワ人って、知ってました?自慢じゃないが、僕はこの時はじめて聞いた。聞いて調べれば、その領域の人々にとっては既に常識なのである。現生人類(クロマニヨン人とはもう呼ばないのかな)と最も近い存在としてネアンデルタール人があり、これは一昔前に誤って言われたように「ネ」から「ク」が進化したのではなく、その前段階の旧人類から違う形で進化したいわば兄弟関係で、両者が長年共存した末に「ネ」が滅び「ク」が生き残ったということまでは僕も知っている。ところが実は、共存関係はこの二者の間だけにあったのではなく、(少なくとも?)もう一つの「人類」が存在した、それがデニソワ人だというのである。(デニソワ人で引けば、ネット情報は沢山出てくる。wikiにもあるし、他にたとえばこれなど詳しい。http://www.geocities.jp/todo_1091/short-story/086.htm)

 つまり、現生人類・ネアンデルタール人・デニソワ人(+α?)が三者共存していた時代が数十万年続いた末、約4万年前に現生人類の一人舞台になったらしいのだ。しかも僕には驚天動地、Q先生が「今ではすっかり常識」とおっしゃるのに、この三者の間に遺伝子の交換が ~ つまり交雑があったというのである。科学はそこまで進んでいたのだ。

 デニソワの名は、この人類の存在を知る証拠を与えたロシアのデニソワ洞窟に由来するという。そのことから分かるとおり、この人類はユーラシア中部を中心に分布していたらしく、つまりチベットとも近いのである。地理的近接性を超えた直接証拠についてQ先生からうかがう時間はなかったが、チベット人の高地順応力はデニソワ人由来の遺伝子によるものらしいというのが落ちなのだ。いっぽうアンデスの高地人たちは、こうした遺伝子をもたないユーラシアの人類がずっと遅れて地続き時代のベーリング海峡を渡ってアメリカに入り、高地に登って順応性を獲得したもので、いわば赤血球を増やすしか方法がなかったのだという。

 チベット人はこのように高地順応におけるエリート的な存在であるが、最近は生活環境の変化(欧米化?)と共にこれがかえって禍し、活動性が落ちて生活習慣病が急増しているという。ヤンチャなX先生が「それで、ちべっとしか働かなくなっちゃったんだ・・・」、皆すぐには反応できませんでしたという落ちと共に散開となった。部屋を出ながら、数十分前に入室するときとは世界の見え方が違っていることをまざまざ感じるのだった。

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 自室で待機しつつネットを見ていたら、こんな記事が出てきた。早速転載。

「ネアンデルタール人とデニソワ人の遺伝子を併せ持つ唯一の現生人類」

 ネアンデルタール人のDNAはアフリカ人を除くすべての現生人類に見られるが、メラネシア人だけはデニソワ人からも多くの遺伝要素を受け継いでいることが新しい研究によって示された。過去には多数の現生人類の祖先がネアンデルタール人やデニソワ人といった他のヒト科の種と異種交配し、その後絶滅した。これらの種およびおそらくその他のヒト科についても、残存する遺伝子配列の遺伝子流動図を作製することで、ヒトの遺伝的特徴のパターンと過去のこの異種交配がヒトの進化に及ぼした影響について解明が進む。

 Benjamin Vernotらはネアンデルタール人とデニソワ人の遺伝的特徴が現生人類に及ぼした影響とその重要性についてより詳しい手掛かりを得るために、世界各地の1,523人のゲノムを解析した。その結果、アフリカ人以外すべてはネアンデルタール人のゲノムの約1.5~4%を持っているが、調査を行った中でメラネシア人だけがデニソワ人のゲノムも1.9~3.4%持ち、デニソワ人も彼らにとっては重要な遺伝的祖先であることが判明した。

 そこでVernotらはネアンデルタール人とデニソワ人の遺伝子配列の遺伝子流動図を作製したところ、ネアンデルタール人との混合が現生人類の歴史の中で少なくとも明らかに3回は起こったことを発見した。対照的に、デニソワ人との混合は一度しか起こっていないと考えられる。さらに詳しく解析した結果、これら古代人は、大脳皮質と成人の線条体の発達に一翼を担う領域など、現生人類のゲノムの特定の領域が特に消耗していることが判明した。

 これらの研究結果はヒトの進化と遺伝子流動の解明にとって新しいヒントとなる。

(https://www.eurekalert.org/pub_releases_ml/2016-03/aaft-j_1031416.php)

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