一韶の俳句ブログ

俳句を詠うのは自然・私・家族・夢や希望・社会など。読む時はどんな解釈が浮かぶか読み手の経験や生活によって様々

635  落とし文一つ供えて曾良の墓  敦子

2012年07月06日 | 

 芭蕉を慕い、奥の細道の旅に随行した曽良は、62歳の時に巡検使の随員として九州に旅したが、芭蕉が没して17年後の宝永7年5月22日、壱岐の勝本で病に倒れ客死した。曽良の墓は勝本の能満寺にあるが、没して30年を経た元文5年(1740年)、甥の河西周徳により、故郷諏訪の正願寺にも曽良の墓標が建てられた。
 オトシブミ(落とし文)は、ゾウムシ上科の昆虫でクロモジ(黒文字)の葉などに卵を産み、上手に葉を巻いて、地面に落とす。この揺籃が、江戸時代にわざと落とした巻き手紙に似ているので、付いた名前だそうである。「ホトトギスの落とし文」「落とし文の揺籃」などとも呼ぶ。

上のオトシブミ(落とし文)をクリックすると、映像を見ることができます

アカメガシワの雄花

 


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 634  少年は真面目に蜂... | トップ | 636  黒南風や竜宮城の... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

」カテゴリの最新記事