前編からの続き(前編はこちらから)。
前編でも書きましたが、この日記には宮島未奈さんの小説『成瀬は天下を取りにいく』及び『成瀬は信じた道をいく』のネタバレが盛大に盛り込まれています。これから読まれる予定の方はご注意ください。個人的には、この日記のような事前情報は全く入れずに作品を読まれることをおすすめします。
時刻は12時30分。大津港に到着。
琵琶湖汽船の窓口で、数日前に予約しておいた13:00発ミシガンクルーズの乗車券を受け取る。
港の一角にも成瀬コーナーが設置されている。
ミシガン号は琵琶湖を代表する観光遊覧船である。1982年に就航し、滋賀県の友好姉妹都市であるアメリカ・ミシガン州との国際親善を祈念して「ミシガン」と命名された。外観はアメリカ南部ミシシッピー川に就航している外輪船のイメージからデザインされている。
高校2年生の夏、成瀬は膳所高校かるた班の一員として全国高等学校小倉百人一首かるた選手権に出場。予選会場となった滋賀市民センターで、成瀬は広島県代表錦木高校の西浦航一郎と出会う。試合中の成瀬の豪快なフォームから目が離せなくなった西浦の一目惚れだった。同じかるた部で幼馴染みでもある中橋結希人の助けを借りて成瀬に話しかけ、成瀬は大津市民憲章の「あたたかい気持ちで旅の人をむかえましょう」という教えに則り、大会翌日に2人をミシガン観光へ案内する。
乗船した3人は成瀬の案内で3階の部屋へ上がる。ミシガンパーサーの挨拶の後、選ばれた乗客によるドラの合図でミシガンは出航。作中では5歳の男の子、今日はお子さん連れのご家族がドラを鳴らした。
大津港を出ると北へ真っすぐ進む。クルーズには90分と60分の2コースがあり、私は成瀬たちと同じ90コースに乗っている。90分コースは1日2便で、成瀬たちは11時の便に乗ったが、私は行程の関係で13時の便である。
出航してほどなく、成瀬たちは4階のデッキへ上がる。中橋は気を利かせて西浦を成瀬と2人きりにしてくれた。
「ここでぼんやりするのが好きなんだ」。成瀬は椅子に座り、西浦も隣に腰を下ろす。言葉を交わすうちに西浦は成瀬の成瀬らしさに惹き込まれていく。
「成瀬さんは好きな人いるの?」。勇気を振り絞った西浦に、成瀬は「そのような質問をするということは、西浦は私が好きなのか」と返す。「私のどこに惹かれたのか」、「誰にも似ていないところ」、「なるほど」。
沈黙が始まったその時、中橋が戻ってくる。助け舟か、はたまた偶然か。
3人は1階に下りる。湖面がかなり近い。少しでも波が出たら床に流れ込んで来そうだが、そんな心配はいらないのだろう。
海のような湿った潮風ではなく、すっきりと爽快な風が吹いている。湖面は青にも緑にも、時にはエメラルドグリーンのように輝いてもいる。琵琶湖がこんなに素晴らしいとは思っていなかった。来るきっかけをくれた成瀬(と宮島未奈さん)に感謝である。
近い湖面を見て「落ちそうで怖いね」と言う中橋に対し、うきわを指差しながら落ちた時の対処法を具体的に熱弁する成瀬。「200歳まで生きる」を目標にしている成瀬のリスクマネジメントは完璧である。
2階の船尾からは赤い外輪が目の前に見える。豪快に水しぶきが上がっているのは見ていて楽しいが、冬なので一段と冷える。
成瀬は「巻き込まれたら即死だから」という理由でここへは近寄らない。そんな成瀬に対する中橋の印象は「普通じゃない」「だいぶ変わっている」である。普通の人はそうかもしれない。
ミシガンはゆっくりと右に旋回して大津港を目指す。もう半分過ぎてしまったのか。
3階の室内でミシガンパーサーさんの観光案内が始まる。外にも放送されるので、案内に従って景色をじっくり眺める。琵琶湖に流入する河川は460本あるが、自然流出するのは1本(瀬田川)だけしかないという話は衝撃だった。
西岸の奥で雪化粧をしているのは比良山(系)。この雪化粧は「比良の暮雪」として近江八景のひとつとされているそうだ。この時期ならではの景色だが、これだけ綺麗に積もっているのはかなり珍しいとのこと。
西岸一体に広がっているのは比叡山。その全てが延暦寺の敷地(比叡山=延暦寺)である。根本中堂にある本尊(薬師瑠璃光如来)の前には1200年間灯り続けていると言われる「不滅の法灯」があるが、実は根本中堂の灯りは1度だけ、織田信長による比叡山焼き討ちの際に消えてしまったことがあるらしい。しかし、焼き討ちの30年ほど前に山形の立石寺へ分灯したことがあり、復興後の再分灯によって「不滅」は継続された。今も1日2回、僧侶が油を継ぎ足して灯りを守っている。油を断ってしまうと1200年続いた灯りが消えてしまうことから「油断大敵」という四字熟語が生まれたと言われている。
琵琶湖の西岸、比叡山の麓には「坂本」という地域がある。成瀬と共に2025(令和7)年度の「びわ湖大津観光大使」に就任する篠原かれんの住む町である。彼女は祖母・母から続く3世代観光大使という宿命を背負って努力を重ね無事に選ばれるが、成瀬との活動を通して自分の人生を生きる一歩を踏み出すことになる。私自身が鉄道オタクだからということもあるのかもしれないが、この「コンビーフはうまい」(『成瀬は信じた道をいく』第4章)は成瀬シリーズの中でも特に好きな話である。
観光案内の最後には『成瀬は天下を取りにいく』、『成瀬は信じた道をいく』も紹介されていた。「聖地巡礼で訪れる方もたくさんいらっしゃいます」という説明に頷いていたらパーサーさんも気が付いてくださった。
観光案内の後は、ミシガンパーサー・シンガーによる音楽ライブ。クリスマスソングを中心としたステージで、先ほどまで売店にいらっしゃったスタッフさんの乱入もあったりしてとても楽しかった。
音楽と同じくらいトークも魅力的だった。喋るからには笑わしたろうというサービス精神は、さすが関西のパフォーマーである。また、これは私に半分関西人の血が流れているからかもしれないが、やはりプロの話し手さんの関西弁はテンポが良くて耳に心地良い。
90分のクルーズはあっという間だった。ミシガンクルーズは本当におすすめである。今度は娘も連れて来てあげたい。
湖の駅浜大津に併設されているフードコート「おいしや」に入る。クルーズを終えた西浦は中橋に「成瀬さんと二人きりにしてほしい」と頼み、中橋は西浦の健闘を祈りつつ成瀬に「急用ができた」と言って中座する。
2人はここで「近江牛コロッケ御膳」を食べる。成瀬おすすめのメニューである。
作中で描かれていたとおり、お米は滋賀県産キヌヒカリが使用されており、おかわりも無料だ。
もちろん近江牛コロッケ御膳を食べる。ご飯、漬物、味噌汁、コロッケ、だし巻き玉子、きんぴら。小説そのままのラインナップである。しかも、副菜がしっかり美味しい。
メインのコロッケは驚くほど美味しかった。揚げたてでサクサクなのはもちろん、お肉の旨みがじゃがいもにしっかりしみこんでいる。これはご飯が進む。
西浦は4杯、成瀬も2杯のご飯を食べたが、私は1杯に留めておく。
遅めの昼食を終え、湖岸へ戻る。歩き始めてすぐに琵琶湖ホテルが見えてくる。成瀬と篠原のびわこ大津観光大使就任式とその後の昼食会が行われた会場である。この就任式と昼食会の合間に2人は湖岸に出て、篠原が成瀬のインスタカアカウント用の写真を撮ってあげる。
高校時代の成瀬と西浦の話に戻ろう。2人は湖岸の遊歩道を歩く。成瀬は平然と琵琶湖の豆知識を紹介しているが、西浦は告白の返事がまだなことに気が気ではない。
そんな折、琵琶湖に飛び込もうとしている(ように見えた)男性を止めに成瀬が走り出す。西浦もそれに続き、柔道仕込みの力で男性を引き戻す。男性はここでは死ねそうにないと思い留まったところだったが、死を考えていたのは本当だった。手荒なことをされて憤慨する男性に怯むことなく成瀬は「死ぬのはもったいない」と説得を続け、駆けつけた警察官に後を委ねる。
成瀬は「西浦の気持ちには応えられない。恋愛は人生の後半に回そうと思っている」と告白を断る。西浦は吹き出してしまう。200年生きることを目指している成瀬の人生の後半となると、まだ80年以上先だ。そして、西浦は成瀬がきちんと考えて答えてくれたことが嬉しかった。
『俺はますます成瀬さんが好きになったよ』
この後、成瀬は西浦を膳所駅まで送る。「レッツゴーミシガン」ではここまでだが、2人は手紙のやりとりを続け(この時点で成瀬はまだスマホを持っていない)、「成瀬慶彦の憂鬱」(『成瀬は信じた道をいく』第2章)では西浦が京都の大学を受験することがうっすらほのめかされている。
琵琶湖沿いを歩いていくと、今日の宿泊先である「ホテルピアザびわ湖」が見えてきた。
成瀬たちのように膳所駅まで歩くのは大変なので、ひとつ手前の石場駅から京阪線に乗る。この選択は大正解だった。
滞在中に一度は乗りたいと思っていた成瀬のラッピング車両がやってきた。めちゃくちゃ嬉しい。ちなみに、2日間の滞在中に京阪電車には何度も乗ったが、成瀬車両とすれ違うことはあっても乗ることが出来たのはこれが最初で最後である。
私が乗った車両の側面には「ありがとう西武大津店」(『成瀬は天下を取りにいく』第1章)のイラストが描かれている。
膳所本町駅で下りる。わずか3駅、5分足らずの乗車だったが、幸せな時間だった。ちなみに、ラッピング車両の運行期間は来年2月までとのこと。
膳所駅周辺とは少し雰囲気が違う。古き良き風情のある町である。
駅のすぐ近くに成瀬の通う滋賀県立膳所高校がある。滋賀県内で最も偏差値の高い高校だそうだ。成瀬は入学式に坊主頭で登場して新入生代表の挨拶を堂々と務め、その後かるた班に入る。最高峰の高校でも勉強は順調そのもので、最終的にはセンター試験で校内1位(ということは実質的に県内1位)の得点を叩き出し、教師からは「二次試験も普通に受ければ普通に受かる」と太鼓判を押され、実際に第一志望の京都大学に合格することになる。そんな成瀬のことを父・慶彦は「ディープインパクトのようだ」と思っている。確かに、成瀬の京大受験とディープの単勝元返しだった菊花賞は似ているような気がする。
大貫かえでは膳所高校まで徒歩で通っている。入学式に坊主頭で登場した成瀬に驚き、同じクラスになって頭を抱えた。成瀬と同じ中学校から膳所高校に進学した生徒は2人おり、その内の1人が大貫である。彼女は成瀬のことを苦手としているが成瀬はそんなことは全く気にかけておらず、2人は東大のオープンキャンパスのついでに西武池袋本店を見に行ったりもしている。成瀬が髪の伸びるスピードの検証を早々にやめようとした時には「最後までちゃんとやんなよ」と発破をかけ、高3の夏になって髪型がおかしくなってきた時には逆に「さすがに変だから切ったほうがいい」とプラージュを紹介している。島崎の引越しを知って勉強が手に付かなくなった成瀬にペースを取り戻すきっかけを与えてくれたのも大貫だった。脇役ではあるものの、私の中ではとても印象に残っている登場人物である。ちなみに、作中で彼女は東大受験を目指していたが、合否は定かではない。
膳所本町駅へ戻る。ベンチに可愛い座布団が置かれている。膳所高生のためだろうか。
通常塗装の電車が入ってきた。京阪カラーもカッコいい。
膳所駅へ戻り、これまで散策していた駅の北側(琵琶湖側)ではなく南側へ下りる。成瀬、島崎、大貫の母校である大津市立打出中学校(作中では「きらめき中学校」)はこちら側にある。平野小学校(ときめき小学校)とは違って公認されているという情報はないが、大津市教育委員会のHPで学区を確認したところ平野小学校の学区は全て打出中学校の学区に含まれている。
ただ、膳所駅からでも延々と坂を上って20分弱は歩かなければならないから、成瀬たちの住むにおの浜からは30分近く掛かるのではないだろうか。
到着する頃には足がパンパンになっていた。
随分と上ってきたことがわかる。そりゃ足も悲鳴を上げるだろう。そういえば、大貫も「中学まではきつい上り坂だった」と述懐していた。
帰りは駅前を通らず、におの浜方面への最短ルートと思われる道を歩いてみる。通学路として指定されている様子が伺えるから、おそらくこのルートが正解だろう。
平野小学校の児童が考えた交通安全標語(川柳)が掲示されている。成瀬が6年生の時に考えた「信号を守って守る わたしの未来」もこちら側(山側)の通学路に飾られていた。
線路下をくぐって琵琶湖側に出たところに、大津市立平野幼稚園があった。ここが成瀬と島崎の通っていた幼稚園(作中では「あけび幼稚園」)ではないだろうか。確証はないが、大貫が「あけび幼稚園の卒園児がときめき小学校の最大派閥だった」と回想していたので、おそらくそうだと思う。
ときめき坂へ戻ってきた。
せっかくなのでもう少し散策しよう。
平野小学校企画の謎解きウォークラリーも開催中のようである。とても気になるが、1泊2日ではここまで手が回らないので諦める。
来年3月に開催される「びわ湖マラソン」のメインビジュアルに成瀬と島崎が登用されている。そういえば、SNSで公式グッズの成瀬Tシャツが紹介されていた。どこかで見つけたら買ってみよう。そして、どうやら島崎は走らないっぽい。
少し休憩できる場所を探しつつ、膳所駅方面へ歩く。
駅の近くにある喫茶店「ラーゼス」(COFFEE HOUSE RHAZES)に入る。
「ときめき坂ブレンド」というホットコーヒーを頂く。喫茶店というよりも焙煎豆の販売がメインのお店のようだが、居心地は良い。
ときめき坂を下り、再び「Oh! Me 大津テラス」へ。
フレンドマートで夕食やおやつ、飲み物などを購入する。レジで成瀬が働いているかなと思ったが、よく考えたら彼女が大学生になるのは来春である。
日没後の琵琶湖に出てみる。
湖面に映る月の光がきらめいている。まひろ(紫式部)が石山寺から見た月もこんなに綺麗だったのだろうか。
「ホテルピアザびわ湖」にチェックイン。人気の琵琶湖側の部屋も空いていたが、敢えて街側の部屋を選んだ。琵琶湖の景色も魅力的だが、今回は膳所の街を眺めたい。
大浴場で汗を流してから夕食。フレンドマートで今日のおすすめ品としてアナウンスされていた寒ブリが中トロ・赤身とセットになったお寿司を中心に、生春巻き、ポテトサラダを買ってきた。
おすすめされていただけあって、寒ブリのお寿司は脂がよくのっていて美味しかった。中トロ、赤身もしっかりしたものだ。やるじゃんフレンドマート。
成瀬シリーズの2冊を開き、明日訪れる予定の場所に関する章を読みなおす。明日も楽しみである。
まだ時間が早いので、プライムビデオで『NCIS:ハワイ』を観る。新幹線の中でも観ていたのだが、やはりNCISシリーズは面白い。
夜のおやつは「三井寺力餅」と「六方焼」。
三井寺力餅は、青大豆と抹茶で作ったきな粉がふんだんにまぶされている。
夜に和菓子を食べるのもいいものである。
21時に就寝。せっかくの聖地巡礼なので、就寝・起床時間も成瀬を真似てみることにする。
翌日へ続く(翌日はこちらから)。