恐懼に堪えない日々

【恐懼】(きょうく)・・・ おそれかしこまること。日々の生活は恐懼に堪えないことばかりですよね。

再会・コンタクトレンズ

2005年10月11日 | 恐懼とか
朝の五時半に起床してバイト先へ参ります。
人手不足のためか本日の8時代のピークは3人で回すということで、
ヤバいんじゃないかと思ってたら、案の定カウンター内はてんやわんやの状況に。
8時代の一番忙しい時間にまずお客の1人がコーヒーをこぼしてしまいます。
その対応のために1人外に出なければならず、カウンター内は2人に。
で、その直後に「豆を挽いてくれ」というお客様。
当然ながらその対応に1人が外に出て接客することに。
そうするとどうなるかというとカウンター内は残された1人で回さねばなりません。
続々とお客の行列が出来ていくものの、普段はそれを4人で捌いているわけで、
1人じゃもうどうしようもない状況に陥ってしまいます。
そりゃ私も焦りに焦ってカップを割ってしまうわけですよ。
いやぁ参った参った。

そんなピークも何とかかんとか乗り切った後で休憩していると、
何となく目に違和感を覚え、目をしばたかせていると左眼の視力が失われました。
まぁいつものように目の中でコンタクトがずれたのだろうと思っていたのですが、
どれだけ眼球を動かしてもコンタクトがフィットしないんですね。
こりゃあひょっとすると、ということで先日のことを思い出しました。
今回は特に風にあたっていたというわけでもないのですが、
二週間使い捨てレンズをケチって、あの時から20日ぐらい使っていたわけで、
何でもない拍子でコンタクトがずれ落ちるということもあるのかなぁ、と思って、
床や自分の服にコンタクトが落ちていないかなぁと探したのですが、
不思議なことにどこにも見当たらず。で、そこで休憩時間が終わってしまったので、
仕方なく片目だけ視力があっても仕方ないので、もう片方のコンタクトを捨て、
あのときの事件の教訓として常に持ち歩いているメガネを装着します。
まぁこれでメガネがなかったらこないだと同じような状況になりますからね。
同じ轍は踏みませんよ。

で、休憩を終えて普通に勤務に戻ったわけなのですが、
どういうわけか左眼にまだまだ違和感を感じているんですね。
ひょっとしてコンタクトは落ちておらず、目のどこかにまだ残っているのでは、
と思って鏡を見て自分の眼球をひたすら探すわけなのですが、どこにも見つからず。
腑に落ちないながらもその後2時間に渡って勤務を続けます。
で、目の違和感にも馴れ始めたと思っていた、その時。
急速に左眼の視力が回復したのです。
当然メガネをしていたので急に左眼がぼやけてしまったわけなのですが、
メガネを外してみると、左眼の視力が回復してたんです。
あれだけ散々目の中を捜しまくったっていうのに、今更になって出てくるとは…。
おそらく一度ずれたレンズは眼球の裏側にでも回ってしまっていたのでしょうか。
そういう風に考えると何となくぞーっとしますがね。

コンタクトが見つかったから喜ぶべきなのでしょうが、
先ほど右目のレンズを捨ててしまっていたためにどうということもなく、
発見したレンズは早々にゴミ箱に放り込んでしまいましたよ。
見つかるのが遅すぎ。どうせ見つかるならもっと早く出てこいって話です。
仕方なくこの日は意味もなくメガネで一日過ごす羽目になってしまいました。
メガネは数年前に室内用として、若干視力を弱めに作ってあるので、
外で仕事したり授業受けたりするのはちょいと不便なんですよ。
裸眼でいるよりは全然マシなんですがね。
まぁそれにしても大本の原因を辿れば期限を過ぎてレンズを使っていたことで、
これは前回の教訓が生かされなかったと見るべきですね。
どうせバイクに乗らないならちょっと期限を過ぎてもいいか、
という甘い判断と観測が今回の面倒事を生んだわけですから。
今度からはしっかりと自分のためにも目のためにも期限はしっかり守ります。

恐懼謹言。
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雨と給料と国分寺

2005年10月10日 | 日記とか
明日は朝からバイトだというのに、ついつい昼まで就寝。
朝の9時ごろに目が覚めたものの、眠気に打ち克つことができず、
うたた寝にうつつを抜かしてしまったのが敗因ですが。
いい加減に目先の欲に目を奪われてしまう生活は改めたいものです。
まぁそんな感じで今日はバイトは休みなのですが、
外は雨ということでどこかにバイクで出掛けることもできず、
起きた後はしばらく溜まった食器や洗い物や洗濯物の処理に従事します。
どうもこういう天気だと洗濯物は部屋干しせねばならず、厄介ですわ。

とりあえず部屋の片付けを一通り行なった後で給料を取りに行くため新宿へ。
私のバイト先は今のご時世に珍しく銀行振込方式ではなく、
手渡し方式なので、毎月10日の給料日は直接バイト先まで赴きます。
やはり振り込まれるよりも手渡しのほうがもらった実感があるので好きなんですがね。
ただ、ちょうど給料日に勤務に入っていれば楽なのですが、
今日のように非番だったりするとわざわざ取りに行くのも面倒です。
なので別に今日取りに行かなくても勤務に行く明日もらえばいいのですが、
どうせ戴けるモノなら早くもらっておきたいというのが人間の心理でありまして、
特にすることもない今日は暇つぶしも兼ねて取り立てに参ります。

そういや今日支払われる給料は9月分の給料でありまして、
9月付けで退職したバイトのスタッフとたまたま駅で鉢合せ。
たった10日ぶりぐらいなのですが、なんとも懐かしい感じがするのは不思議です。
んー、なんとも複雑だ。
最後のほうで辞めることが確定していたこの彼は上層部から完全に干されてしまい、
丸々二週間をフリーでシフト希望を出していたにも関わらず、
わずか2日しか勤務させてもらえなかったこともあり、
彼の給料袋はかなりペラペラという悲惨な状況になっておりました。
辞めたor辞める人間にはことごとく冷淡な仕打ちをするものですね。
あたたかい気持ちで人を送り出すことは出来ないものなのかと暗澹とした気分に。

その彼と少々歓談したのちに私は西武新宿線に乗ってブラブラと放浪に。
目的としては卒論の参考資料を読むためだったんですがね。
自宅にいるとどうしても読書に集中できないので、あてもなく電車に乗り、
電車内だと不思議と集中できるもんで大学受験時代からやっている手なのですが、
未だにこの手を活用させて戴いております。
まぁ結局途中で目的が頓挫し、別の目的へシフト。
なぜか足が国分寺に向いてしまったのでありました。
んー、国分寺にはなにか魔力があるのかもしれん。

恐懼謹言。
コメント (1)
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自分の生活を見直してみる

2005年10月09日 | 日記とか
三時からバイト。人的要因で売上が大したことないにも関わらず、
やたらとバタバタしてしまいましたが、それ以外に特にネタもなし。
そんなわけで、誰からもらったわけでもありませんが、
面白そうだと思ったので、「携帯変換バトン」を拾わせていただきます。
携帯変換バトンとは携帯のメールであ行~わ行まで、
一番最初に変換された文字を書くバトンです。

あ:案内
い:いろいろと
う:嘘です
え:営業
お:俺も

か:活用させていただく
き:機会
く:九時には
け:今朝
こ:構想は

さ:三軒茶屋
し:調べてみます
す:睡魔に
せ:専門店の
そ:揃って

た:大変だな
ち:中途半端に
つ:疲れるから
て:停車
と:取り立て

な:並木
に:荷物
ぬ:盗み
ね:寝られなくなるような
の:飲み過ぎ

は:(;゜∀゜)=3ハァハァ
ひ:久々に
ふ:不良
へ:部屋干し
ほ:本日

ま:参りました
み:三宿
む:武蔵ですかねぇ
め:目なので
も:申し訳ないが

や:休みなんです
ゆ:有効
よ:酔い潰れるなんて

ら:ラーメン
り:リベンジに
る:類推してみました
れ:連絡
ろ:路駐

わ:沸いたような
を:(なし)
ん:んじゃ

意外と大したこと言ってないですね。
やったらやったであんまり面白くなかったわけで。
こんなバトンですが、お好きな方はご自由にお持ちくださいませ。


恐懼謹言。
コメント (2)
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寝起きの記憶

2005年10月08日 | 日記とか
電話の着信で目が覚めました。画面を見ると相手はバイト先。
昨日泥酔してしまったので、まさか出勤時間まで寝てしまい、
呼び出しの電話がかかってきているのか?とヒヤヒヤしつつ時計を見ると朝の9時。
ん、今日は確か12時からだったと思ったのに、実はこれも勘違いしてて、
本当はオープンだったのか?などとえらい不安になってしまいます。
これを考えていたのは電話でいったら3コールぐらいの間なのですが、
人間というのは本当に短時間でいろいろなことを考えてしまうものですね。
結局の所は今日勤務予定のスタッフが体調不良になってしまい、
その代わりに私の勤務時間を変更して欲しいという旨の連絡でした。
まったくビクビクしてしまいました。

本来は12時から7時までという中間シフトで勤務だったのですが、
体調不良になったスタッフがクローズのメンバーだったので、
その穴を埋めるべく10時過ぎの閉店時間まで勤務することに。
で、その連絡を受けて了承した私は昨日の酔いも残っていたため、そのまま二度寝。
うとうとする間もなくあっさりと寝付いてしまったのですが、
その後すぐに再びバイト先からの電話で目を覚まされます。その間約30分。
今度の電話では、さっき了承したシフトでは私の勤務時間が長すぎるのと、
色々な都合もあるので、出勤時間を遅らせるというものでした。
まぁ別にこれも異存はないので、普通に了承しました。
で、電話が切れたあとも先ほどと同様に再び眠りへ。三度寝ですな。

しかしまぁどうにもいけなかったのは、どっちも大事な連絡だったのに、
それを受けた私はどちらも寝起きで頭がボケボケしていたわけで、
朝の11時に本格的に起床した際、さっきの電話で結局私は今日何時から出勤で、
何時まで働くのかよくわからなくなっておりました。
電話が一回だけだったらまだ記憶がしっかりしてるんでしょうが、
話が二転してしまったために記憶がごっちゃになってしまいました。
果たして予定通りの12時入りか、1時入りだったか…。
さっきの電話ではどちらもはっきりとした口調で返事をしていたので、
今さらバイト先にかけなおして時間を問うのも恥ずかしかったので、
12時ごろにはずーっと電話を眺めてヒヤヒヤしていました。
幸いにして1時入りだったんですがね。

上にも述べたように、私は寝起きでも電話対応は頗るよろしいんです。
それもこれも寝ていて電話がかかってきたときでも、
相手に自分が寝ていたことを悟られないようにしようと、
今までの経験から必死で克服してきた結果であるわけなのですけれども。
電話でしっかりした口調で対応したものの、所詮は寝起き。
その後すぐに寝てしまうこともしばしばあり、
それが原因で遅刻してしまったりもします。
「あの時はてっきり起きてると思ったのに、なぜ…?」ってな具合に。
特技としては誇れない、おかしな習性であります。

恐懼謹言。

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久々に酔い潰れる

2005年10月07日 | 日記とか
本当ならバイトのはずだったのですが、長期休暇から復帰する別のスタッフが、
調整のために勤務するということで、お休みになってしまいました。
突如として降って沸いた休日で、しかも外の天気も優れず、
バイクでどこかフラッと出かけることも出来ず。
結局はバイトに向かうスタッフと一緒に昼飯を「ひるがお」で戴き、
別れたあとは特にすることもないので、
帰り際に近所のTSUTAYAで軽くCDを物色してから帰宅します。

家で借りてきたCDを鑑賞しつつ、家事に勤しんでいると、
大学の友人から「授業終わったあとに飲まないか?」とのメールがあり、
特に予定もなかった私は参加快諾します。
彼は他の友人にも参加要請していたのですが、
どのメンバーもバイトだったり予定があったりで、結局はサシで飲むことに。
わざわざ飲みに行くためだけに御茶ノ水まで行くのもだるかったので、
冗談半分で私の地元まで来てくれといったらそのとおりに。
うーむ、そこまでして飲みたいのか…しかもサシでも構わないとは。
なにやらただならぬものを感じました。

午後の九時前に地元の和民にて歓談開始。
まぁなぜ今日あって話がしたかったかといえば、彼の相方にまつわるお話。
世間にはカップルはごまんとおるわけで、その付き合い方も千差万別です。
彼も彼なりにどのような付き合い方をするのがいいのかと模索しつつも、
どうにもうまくいかない昨今の状況を吐露しておりました。
私は基本的にその話を聞く一方でありました。
こういう話を聞いて良いアドバイスをするというようなことは得意ではありませんが、
そういう愚痴を聞くということ、つまり相手がそのことを人に話すということで、
いくらかでも気分が楽になればいいなぁというのはあります。
まぁ実際に彼の役に立ったのかどうかはわかりませんがね。
とはいえそのカップルの成立に一役買ったのが私であるということもあり、
なんとなく放っておけないというのもあるんですけど。

なんだかんだサシで飲んでいるとはいっても酒が入れば、
それなりに話がヒートアップするわけで、そうするとさらに酒も進む、
という悪循環に陥ってしまい、久々に酔いつぶれてしまいました。
やはり冷酒は後になってからダメージがガツンと来るというのも再認識。
ここ最近は飲みにいっても潰れるほど飲むことはなくなったのですが、
どういうわけかこの日だけは自分の限界が見えなくなってしまっていたようです。
いやはや、地元で飲んでいたというのがせめてもの救いです。
雨の降りしきる中を自転車でフラフラになりながら帰ることになりましたが。
これで御茶ノ水とかで飲んでたら確実に帰れなかっただろうな。
帰宅したら何をするでもなくそのまま布団に崩れ落ちてしまいました。
やはり酒は適量が一番です。

恐懼謹言。
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席、譲ります

2005年10月06日 | 日記とか
ありふれた話ではありますが、電車内で席を譲る行為について。
電車内には優先席というものが設けられていますが、その如何に関わらず、
自分が座っている際にご年配の方や体の不自由な方が来たら席を譲る、
という行為はほとんど世間的に常識になっております。
とはいえ、実際にこの席を譲る相手の範囲というのが微妙だったりするんです。
例えば松葉杖をついている人だったり、明らかに妊娠しているような人のように、
外見的な特徴があればすぐに譲る体勢へと移るのですが、
問題なのがこのご年配の方。

一体どこからどこまでが席を譲っても失礼に当たらない範囲なのか、と。
年配の人、つまりお年寄りっていうのは一体何歳からの年齢を指すのか、と。
これに対してはなかなか明確に回答を出すのは難しいと思います。
こちらから見たら明らかに年配の方に見えるのに、
本人にしてみればまだまだ席を譲ってもらうほど老けてない、
などというという自負があると、厄介なんですよね。
席を譲ってくれるっていうのに、本人の変な意地でもってそれを断り、
せっかく善意で席を譲ろうとしてくれた人の気持ちも無にしてしまうわけで、
これはやはり悲しむべき問題だろうと思います。
席を譲ってくれたということは自分もそのように見えるのだな、
ということで相手の気持ちを無にしないためにもそこは妥協して、
大人しく席を譲られれば済むと思うんですがね。
まぁただ単に席を譲られることに恐縮しているだけなのかもしれませんが。

とにもかくにもここまでつらつらと語ってきましたが、
実際に今日私も電車に乗っていた際にこんな機会に出くわしたわけです。
笹塚から始発の電車に乗ったので運よく座れた私は、
そのまま最寄駅まで座っていこうと思っていたのですが、
あと少しで地元駅という所で座っていた私の目の前にご年配の方が現われたんですね。
まぁ当然ながら先に述べたような疑問が浮かぶわけです。
果たしてこの人には席を譲るべきなのかな、と。
で、まぁ、ここは道徳的な観点を優先させて、
よろしかったらどうぞお座りください、ってな感じで申し出たわけですよ。
すると案の定、「いえいえ、すぐ降りるので結構ですよ」と軽く拒絶。
おそらくこれは席を譲られることに恐縮して、ということなのでしょうが、
一度立ち上がってしまった私としてはこれでは格好がつきません。

さらには、もしここでそのお年寄りが着席しないなら、
俺が座ってやる、といった目で虎視眈々と席を狙う中年男性の姿がありました。
私だって出来ることなら座って帰りたいのに、
このお年寄りのために席を立つことを決断したわけです。
決してそんな中年男性のために席を譲るためではないのですよ。
ここは是が非でもこのお年寄りに席についてもらいたい、と、
二度三度、「いえいえ、いいえですよ」『いやいや、そう仰らず、さぁ!』
というようなやり取りを交わして半ば強引に着席させました。
よし、これでいい、と達成感を覚えたのも束の間、
この席を譲ったお年寄りと私が降りる駅が一緒だったわけですよ。
あんなに強引に座らせたのに…。
「すぐに降りますから」っていうのは本当だったわけですね。
ちょいと気まずい雰囲気になってしまいました。
いやはや、やっぱり席を譲るというのは難しいですね。

恐懼謹言。
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時差ボケ解消へ

2005年10月05日 | 日記とか
目覚し時計と携帯アラームをガッチリとセットして就寝したものの、
やはり「絶対に起きなくてはいけない」という緊張感からか、
目覚し時計が一つもならぬうちに目を覚ましました。
朝起きてすることは全てのアラームを解除することでありまして、
騒音が一斉に鳴り響かず、隣人にも迷惑をかけずに済んだのも何よりでした。
パパっと身支度を整えて外に出ると、まだ日が昇りきらない薄暗い空間がありました。
最近は目を覚ますとたいがい太陽が空高く昇っている時間帯だったので、
こうした時間の空気を味わうのは本当に久しぶりで、なんとも新鮮な気分。
昨日泥酔した割にはその酒が残ることもなく、
電車の中で爆睡なんていうこともなく万全の体勢で6時半にバイト入り。

夕方から夜にかけては指導者的な立場にあるものの、
この朝の時間帯に入るというのは稀なほうで、新人気分であります。
来客数においても1時間あたり夕方の倍近い人が訪れるこの時間は、
ひたすらお客を捌いていくということに終始するわけですが、
今日は私にとっては幸いにして雨だったため、そこまで目の回る忙しさもなく、
周囲にもそこまで迷惑をかけずに済んだ気がします。
とはいえ、朝起きて間もない時間に大量の客を一斉に捌く朝ピークと、
オフィス街のランチタイムにドバっと訪れる人たちを捌く昼ピーク。
この二つのピークを毎日乗り切っているオープンのスタッフの方々は、
やっぱりすごいなぁと思ってしまいましたね。
私だったら体が持ちませんわ。

午後三時に勤務を終えて少々休憩した後は、授業のため大学へ。
5時半から8時半までという中途半端に遅い時間ではありますが、
それもこれも私が単位の申請を怠っていたがための結果ですので。
しかしまぁ一仕事終えた後に授業を受けるっていうのはなかなか厳しいですね。
授業中は終始睡魔との闘いでございました。
とはいえ、一日にバイトと大学で授業という二つのことをすると疲労もありますが、
一日を有効に使えたという達成感があるものです。
今度こそこれを機に朝型の生活にしてみたいと思ってみたり。

恐懼謹言。
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騒音倍増化計画

2005年10月04日 | 日記とか
バイトがないとは言え、今日は大学で授業の日です。
12時半から授業ということと、明日がオープンで5時半起きということもあるので、
朝の9時には起きようと目覚ましをセットしていたものの、
どうも疲れている体が正直なのか、私の寝起きが悪すぎるのか、
起きたら時計は11時50分を指しておりました。
授業まであと40分しかないわけで、急いで身支度をして駅までダッシュ。
結局のところ授業には15分遅れで到着しましたが、
気になるのはそれよりもこんな時間に起きたら今日の夜に眠れなくなり、
明日の朝も必然的に起きられなくなるのでは、という危惧です。

どうも最近は疲れがたまっているからか知りませんが、
目覚し時計2個と携帯のアラームだけでは起きられない体になってしまいました。
こうなってくるとますます明日の朝起きられるか心配でたまらなくなり、
背に腹は変えられないと目覚し時計の増備することにしました。
今使っている目覚し時計はどちらもデジタル的なアラーム音なので、
確かにインパクトに欠けるなぁというのは常々思っておりました。
そういうこともあって、今回買ったのはレトロなデザインの、
ベルを打ち鳴らすタイプのものに致しました。
パッケージに「大音響!」と書いてあるのもポイント高いです。
これで朝起きるための装備は目覚し時計×3と携帯のアラームを合わせて計4個。
これで起きられなかったら本当にどうしようもないですね。

今までも朝起きると時々目覚し時計が2つと携帯のアラームが全て同時に鳴っていて、
我ながら部屋の中がとてつもなく喧しかった記憶があります。
それも全て鳴り出した瞬間に私が起きたわけではなく、
しばらく全てのアラームが鳴り続けた後で起きるという状態だったので、
第三者がこの部屋の惨状を見たらおそらく唖然とすることでしょう。
明日からはこれにプラスして大音響の目覚し時計が加わるわけですが、
それらが全て鳴り出したときの喧騒といえば想像に難くありません。
下手したらその騒音で隣人に訴えられてしまうかもしれません。
なんとしてもそんなことになってしまうのは勘弁願いたいところなので、
しっかりと寝起きはよくせねばなりませんな。

ちなみに寝つきを良くするために、授業帰りに友人数名と誘い合わせ、
神保町の土間土間で泥酔するまで飲んだおかげで、
夜はすぐに寝付くことができましたとさ。
それもどうなんだって話ですが。

恐懼謹言。
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御厚意に深謝

2005年10月03日 | 恐懼とか
更新を一回サボってしまうとダメですね。
溜まってしまうとさらにやる気が失せてしまいますから。
ここで心機一転、短くてもいいので毎日更新を目指してまいります。

バイト6連勤最終日でありました。
下手したらラスト→オープンと働く羽目になりそうで、
体が壊れかねないような状況でありましたが、
気を利かせてくれたスタッフのおかげで何とか8連勤回避。
ってかそうすると変わってくれたスタッフもラストオープンになってしまうので、
さすがにそれは忍びない、と申し出を断ろうと思っていたのですが、
なんともあたたかいご配慮を戴きました。
彼女の住まいは埼玉県の奥深くに所在しており、
バイト先の新宿まで出るにはかなりの時間を要するわけです。
したがって夜10時半にバイトを終えて、翌日の朝6時半に出勤するためには、
実質家に滞在する時間は4時間ぐらいのものだったことでしょう。
いやはや、なんとも恐懼に堪えません。

ってかこの日はただでさえ初の店締めを任された日であり、
色々と戸惑うことも多く、1人でバタバタしていた私を見るに見かねて、
ご配慮を戴いたというのが真相かもしれませんな。
学生かつアルバイトという身分とはいえ店の鍵を預けられ、
少なからず人を指導する立場にあるのだからもう少しドッシリ構えたいものですな。
ってか私がそもそもそういう柄じゃないっていうのもあるんですけど。
まぁがんばらなきゃいけませんな。色々と。

恐懼謹言。
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日本バトンに回答する

2005年10月02日 | 所感とか
mixiのみちこさんからバトンを戴きましたので、回答いたします。
その名は「日本バトン」。
ってかかなりいいたいことを先に言われてしまっているので、
内容的に重複する感じの部分もあるかもしれませんのでご了承を。

【1】日本人、日本文化の好きな点or維持するべき点
>やはりなんと言っても思想ではないかと思います。
 特に「水に流す」という発想は大陸の諸国ではまず見られません。
 だからこそ靖国参拝なんかでも見解に差が生じるのでしょう。
 日本では如何に悪者であっても死んでしまえばみな仏ですからね。
 対照的に大陸の彼らの国では、死者の墓まで暴いて恨みを晴らそうとするわけで、
 どうしてもその辺は文化の違いとして分かり合えないものがあると思います。
 まぁそれに代表される日本人の寛容さ、懐の広さというのは維持すべき点かと。

【2】日本人、日本文化で嫌いな点or変えるべき点
>何となく権力に弱いっていうことじゃないでしょうか。
 日本人は戦後、マッカーサーに多くの手紙を送ったようですが、
 その文献によるとそのほとんどがマッカーサーを礼賛するようなものばかりで、
 今までの自分の振る舞いを180度変えて権力に靡いてしまったいました。
 長いものには巻かれろではありませんが、どうもそんな国民性もあるようで、
 自分で物事を考える力を無くしてしまっているような部分が好きになれず。
 まぁ自分もどうなんだ、って話なんでしょうが。

【3】日本文化は恥の文化だと思いますか?なぜ?
>あぁ、そういうこと聞いたことありますね。よくわかりませんが。
 東條英機の戦陣訓でも「生きて虜囚の辱めを受けず」と言っていますが、
 その辺もそういう関係があるのかどうか。
 とはいえ確かに小さい頃は親から「みっともないからやめなさい」
 なんてことを言われた気もしますが、それもおそらく恥の文化の一つなのでしょう。
 公共の場で地べたに座るとか、ところ構わず唾を撒き散らすとか。
 もっともそういった文化も今の戦後民主主義社会に醸成された若者の中からは、
 どんどん失われていっているような気もします。

【4】あなたは日本人に生まれてよかったですか?(あれば理由も)
>良かったと思います。いい部分も悪い部分も含めて。
 なんと言っても日本人であることに私は誇りを覚えています。
 そういった評価を世界各国から受けるというのも、
 全ては先人たちの偉業による賜物だと思っていますが。
 そういった名を汚さぬよう、私も頑張らねばと思う次第です。

【5】日本の教育についてどう思いますか?
>はっきり言ってやばい。もはや崩壊に向かってると思います。
 今の文部科学大臣がいくらかまともな人なのが救いではありますが、
 日教組を始めとする反日団体が教育の中枢に居座っているのはやばいです。
 詰め込み教育がまずいとか言ってますが、経済成長を支えてきたのは、
 そういった教育のもとで育ってきた人々ですからね。
 悪い部分もあるかと思いますが、真っ向から否定するのも如何なものかと。

【6】あなたは今、明確な夢を持って活動していますか?
>これって「日本」に関係あるんでしょうか。
 明確な夢もあります。活動も細々とはいえしてます。はい。

【7】日本のファッションについてどう思いますか?
>新宿なんか歩いてるとみんなお洒落ですよね。
 それぞれが凝りに凝って個性を主張している感じ。
 ただやっぱりファッションのTPOは守らなきゃいけないと思います。
 教員採用試験にボロボロのジーンズをはいてくるのはどうかと思ったわけで。
 
【8】風俗があるのは日本だけですか?
>知りません。
 どの意味の風俗なんでしょうか。質問が曖昧すぎです。
 歌舞伎町関係のことを言っているのであれば、それは別にいいんじゃないかと。
 犯罪抑制のための必要悪ってヤツじゃないでしょうか。
 別に私は無縁に過ごしておりますけど。

【9】日本の「これ」は世界に自慢できること☆
>1とほぼ同様。日本人特有の思想だと思います。
 潔さとかそういった感じのこと。
 切腹が世界で理解されないのもそういう日本人特有の思想あってのこと。
 体裁なんてどうでもいいから何が何でも生き延びようという中国人とは違います。
 
【10】次にバトンを回す人
>日本史つながりで、
 ・中堅
 ・ueta
 御両名よろしくお願いします。

四海に囲まれ独立し、力に満ちた…
その島は間違いなく我々の眼前に存在する…
それが…ジパングだ
(草加拓海・海軍少佐)

恐懼謹言。
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