恐懼に堪えない日々

【恐懼】(きょうく)・・・ おそれかしこまること。日々の生活は恐懼に堪えないことばかりですよね。

「押しがけ」を修得する

2006年03月11日 | 二輪/四輪車とか
暖かく穏やかな一日ですがバイトでございます。
いつもならこんな天気のいい日にバイトなってもったいない、
などと考えてしまうのですが、こちらでの勤務もあとわずかということもあり、
普段とはちがう、感慨深いものを胸に久々にバイクで出勤します。
かつては電車ではなくてもっぱらバイクで出勤していたことを思い出しつつ。

さて、今日バイクに乗ったのも久々で、ここ10日近くは乗っていませんでした。
二輪の試験を受けに行くのも前2回は天気が悪く電車利用。
バイトへいくにも定期券を買っているのでこちらも電車利用。
週に5日程度バイトに入っているとこれだけでなかなかバイクに乗る機会も無く、
しばらくの間放置していたのですが、これが祟ってか、
帰り道にちょっとしたトラブルに見舞われました。
そう、バッテリー上がりです。
ガソリンスタンドで給油し、いざ出発とエンジンをかけようにも、
キュルキュルと情けない音を立てるのみでいつもの猛々しいエンジン音が聞こえません。
ん、おかしいなと思って何度もスターターを押すのですが、一向にエンジンかからず。
原因はすぐにバッテリーだということには気がつきました。
そりゃここ何日も乗らずに野ざらしにしておけばね。
今までこんなに間隔を開けてバイクを放置しておくことがなく、
しかも今の愛機を買ってから一度もバッテリー交換をしていなかったので、
そりゃバッテリーも寿命を迎えてしまいますな。

ガソリンスタンド店員に、「バッテリー見てもらえますか?」
と尋ねたのですが、あいにくその時間に整備できる人がおらず、
望みは絶たれたかに見えました。
ここから家まで3キロ近くバイクを押して歩かなきゃならんのか…と、
途方に暮れかけていたとき、スタンドの兄ちゃんが「押しがけしてみます?」と。
セルに頼らず、押しがけという方法でエンジンをかける方法は知っていましたが、
これまでこういったトラブルに見舞われたことの無い私にとって、
押しがけという行為はまさに言葉だけしか知らない世界。
恥ずかしながら「やったこと無いんですが…」と告げると、
そんなこともしらねーのかよなどという顔は一切せず、
懇切丁寧にやり方を説明していただきました。

バイクに跨り、ギアを一速に落として足で助走をつけて半クラッチ状態を維持、
そのままセルのスターターを押すと、今までかからなかったエンジンが、
物の見事にヴォンと軽快な音を立てて吹け上がりました。
すげー、と素直に感心してしまいました。これが押しがけか…。
今までこういったアクシデントに見舞われなかったから知識としての押しがけでしたが、
人がいるところでこのアクシデントにあったのが不幸中の幸いですよ。
もし峠道に出かけた時にこんなアクシデントにあったらどうしようもないですから。
再びエンジンに火を取り戻したバイクに跨りつつ、
スタンドの店員の兄ちゃんに篤く感謝し、そのまま走り去りました。
これで私のバイク乗りとしての経験値も1つアップいたしました。
サンキュー、ENE○Sスタンドの兄ちゃん。

恐懼再拝。
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意外なご対面

2006年03月10日 | 日記とか
午前中、春からの赴任先である高校へ打ち合わせに向かいます。
考えてみたら教師になるまであと一ヶ月もないんですよね。
そろそろ本格的に準備をしていかないと間に合わないんじゃないかという一抹の不安。
10時ちょうどに学校に到着し、応接室に通されます。
そこには先日面接をした校長と、もう1人の若者。
この若者どこかで見たことあるなぁとしげしげと見ていたのですが、
校長を介してお互いのことを紹介されます。
先にも述べたように、今回この学校での社会科教員採用にあたって、
二人の候補がいたのですが、諸事情あって候補者二人とも採用させてしまったとのこと。
じゃあ何のための面接だったんだと軽く突っ込みたくなりますが、
とにかく同じ教科に同年代の人間がいることは大きなポイントです。

で、その彼なんですが、聞くところによると私と同じ大学。
更に驚くべきことに大学でも私が受けていたのと同じ講義を、
時同じくしていくつか一緒に受けていたことも発覚。
そうか、道理で顔に見覚えがあったんだなぁと。
彼も私と同様に2月後半ギリギリになって連絡を受けて採用、
ということでかなり焦ったようですが、この辺までかなりの共通点があり、
校長を挟んでいろいろとお話させていただきました。
ま、前任者の抜けた穴を埋めるには半人前が二人揃って勘定が合うってことでしょう。

その後は今日のメイン、教科主任の先生と4月以降についての打ち合わせ。
私はてっきり一教科だけを教えればいいと思っていたのですが、
どうもそういうことをしているは都立高校ぐらいのもんで、
ほとんどの高校では一人の先生でいくつも教科を掛け持ちしているようなんですね。
ここも同様に、今日も来年からは日本史と世界史と政経と倫理のうちから3つぐらい…
なんて風にお願いされてしまったわけで、おいおいおいおいといった感じです。
正直、専門の日本史だけでも手一杯になりそうなのに、
新任一年目からそこまでやらねばならないとは…。
しかし、やれといわれたからにはやらざるを得ません。
正確な担当教科は後日正式に発表されるようですが、覚悟はしておけとのこと。
4月の授業が始まるまでの1ヶ月間、受験生のように猛勉強せねばなりませぬ。

その他、部活動について、生活指導について、教育法規について、
はたまた教師とは如何にあるべきか、歴史を学ぶ意義とはなどなど、
ベテラン教師からありがたいことをいろいろとご教授いただき、
約2時間ほどで打ち合わせは終了いたしました。
今後の予定が一応伝えられ、3/25には早くも修了式において、
新任教員としての挨拶をしなければならないようです。
いよいよ、本格的に歯車を回し始めなければならない時にきたようです。

恐懼再拝。
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それが最新型クオリティ

2006年03月09日 | 日記とか
箱根三日目。
メジャーな観光所は昨日のうちに周ってしまったので、
今日は普段はあまり行かない仙石原方面へ向かい、いろいろと観光。
やはり電車が通っておらず、バスしか交通手段がないと人気も自然と少なめです。
平日とはいえ、この時期の箱根は春休みの大学生や、
ツアーで訪れている老年の団体客の方々が多いですからね。
昨日のメジャーな観光地はどこも人でごった返していましたが、
この仙石原方面はどちらかといえば閑散とした雰囲気だったので、
落ち着いた雰囲気で観光することができました。やっぱこっちのほうが性に合うなぁ。

夕方頃までゆるゆると観光を続け、4時ごろに箱根湯本へ到着。
ここから新宿まで帰ることになるのですが、帰りは疲れもあるのでロマンスカー利用。
行きは体力があるので急行で充分なんですけどね。
それに加えて往路の急行を体験していれば、ロマンスカーのありがたみがわかる、と。
時間的なものにしても乗り心地的なものにしてもリッチ感にしても。
帰りのロマンスカーには敢えて昨年デビューしたばかりの最新型車両を狙って乗車。
ロマンスカーといえばかの有名な展望車が売りの観光特急だったりしますが、
最新型の50000系(通称VSE)のゴージャス具合は秀逸。
展望席に乗れなくとも箱根から新宿までの時間を優雅に過ごすことが出来ます。
昨年の夏に乗った九州新幹線並みのクオリティに感動いたしました。
わずか870円を追加しただけでこれに乗れるのはすばらすぃ。
ついつい良い気分になって車内販売でコーヒーを買っちまいました。

気がついてみればあっという間に新宿到着。
急行であれだけ時間かかっても特急ならこんなもんなんですね。
これから先、数少ない休みを使って旅行に行くなら、
おそらくこういう形が主流になりそうな予感がします。
時間が余るほどあれば18きっぷでこれでもかってぐらい時間かけて旅するのですが。
時は金なりという大人たちの言葉が最近になって痛いほど身に染みてきます。
ひとまずこれで卒業旅行第一部は完結、です。

恐懼再拝。
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ふやけるほど湯三昧

2006年03月08日 | 日記とか
箱根2日目。久々に朝の7時などという早朝に起床し、
せっかくだからと寝覚めに風呂へ。粋ですねぃ。
朝8時からレストラン内において朝食。
てっきりバイキング形式だとばかり思っていたのですが、
これがなんとしっかりとコース料理になっておりまして、
給仕のお兄さんが料理を運んできてくれるという朝からセレブな食事。
こんなにしっかりと朝食を取るのは一人暮らしを始めてから数えるほどしかありません。
そのクオリティも素晴らしいものばかりでございました。
朝食前までトーストも食べたいけど、納豆も捨てがたいなぁ、
などと考えていた私がバカでした。

10時にチェックアウト。会計はやはり5000円で一安心。
宿を出た後はケーブルカーの代行バスで早雲山へ行き、
ロープウェイに乗り換えて大涌谷散策しつつ温泉玉子を喰らい、
そのまま芦ノ湖へ下って遊覧船乗船という箱根観光の定番ルートを巡ります。
余談ながら、ちょうどロープウェイで大涌谷上空に差し掛かって、
まさに絶景ポイントというところで不意に私の携帯電話が鳴り、
出てみると内定先の高校から今後の打ち合わせをしたいという旨の内容でした。
こんないいところで、大真面目に話をしなきゃいけないのも滑稽ですが、
狭いロープウェイの籠の中で皆を沈黙させてしまったのは恐懼に堪えず。
ちょうどその間は皆を黙らせてしまったし、私の会話の内容も筒抜け。
恥ずかしいったりゃありゃしません。
電話が終わった後で、「やっぱり営業口調だなー」などと揶揄される始末。
しかし、ああいうところでもしっかりと電波がしっかり入ってたのは恐れ入りますな。

遊覧船の後、箱根関所跡と付属の資料館を見学し、
杉の木がズラーッと居並ぶ杉並木の中を歩いて箱根町のバス乗り場へ向かいます。
今回の4人の中には花粉症の人間がいなかったのでよかったのですが、
花粉症にしてみたら杉並木の中を歩いていくなんて拷問でしょうな。
深々とした杉並木の風情を感じるどころじゃないでしょう。
すぐ横を国道が通っている割には立派な杉の木で、
昼間だったにも関わらず木立に日の光が遮られ、
薄暗くなっている様子を見ると、往時の旅人は旧街道であるここで一休みし、
歩いて目的地を目指したんだろうなぁと感慨にふけるとともに、
江戸時代には花粉症の人はいなかったのかなぁなどと一抹の疑問を覚えたり。

箱根町からそのままバスに乗り、箱根湯本駅へ向かいます。
ueta・こいかほ氏は一泊なのでここでお別れです。お疲れ様でした。
私はもう一泊していく予定だったので、そのまま再び登山電車に乗り、
強羅にある昨日の宿とは別の宿所へチェックイン。
到着後早々に温泉につかり、食後に一回、更に寝る前に一回と、
朝から数えたらこの一日だけで4回も温泉に入ったことになります。
一日にこんなに風呂に入ることもないので、体がふやけたような気がしましたが、
これでこそ温泉地を満喫するというもの。もはや気分はリタイアした老人気分ですが。
やっぱり日本人でよかったとつくづく思いますね。

恐懼再拝。
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卒業旅行という名の慰安旅行

2006年03月07日 | 日記とか
3年のときの教職ゼミメンバーで卒業旅行。
のはずが、皆様思うように時間を割けなかったようで、
参加者は蓋を開けてみたら私と連れ、ueta氏、こいかほ氏の4人だけ。
今や死語となった感のあるダブルデートってやつですか。
実はこのメンバーのほかにもう一人も参加表明していたのですが、
さすがにこのメンバーじゃ気まずいってんで辞退に辞退された経緯もあります。
行き先は卒業旅行にしては近場で手軽すぎる感もある箱根方面でありますが、
大事なのはどこへ行くかじゃなくて誰と行くかってことですよね。
それに箱根は近いとはいってもいろいろと見所もあるので飽きませんから。

朝の11時というゆっくりとした時間帯に私と連れが新宿を出発。
ロマンスカーなど使わずに急行でのんびりと箱根湯本を目指します。
小田急沿線に居を構えるueta氏とこいかほ氏は途中の相模大野で合流。
ロングシート一列に並んで計画を立てつつ世間話に興じます。
これぐらいの人数だと非常に動きやすいのが利点でありまして、
私が何となく思いつきで小田原城へいってみたいというとあっさり許可。
箱根の手前、小田原で途中下車して昼食を取り、小田原城観光へ。
かつてサークルやらなんやらで今まで何度か訪問しているのですが、
何度来ても飽きないんですよね。ちょうど季節的にも梅が綺麗に咲いていて良し。
甲冑の試着をすることが出来るのもなかなかのポイント。
思い鎧を着て刀をさしてガチャガチャ歩くのも風情があってよろしゅうございます。

小田原はそのぐらいで後にし、本日の宿所である強羅へ参ります。
偶然にもこの日は強羅からのケーブルカーがリフレッシュ工事を行なっていて運休。
仕方なく代行バスで二駅先にあるホテルへ向かうのですが、
このホテル、学生が泊まるにはいささか格式が高すぎるご様子。
今回はネットのプランで夕食なし5000円というプランだったのですが、
普通に泊まると1万円台後半はするらしいということで、納得納得。
サービスがよく、設備も豪勢、アメニティも充分すぎるぐらい揃っていて、
本当に5000円でいいのか何度も不安になったり。
夕食も別料金で付けられるということでメニューを見せてもらったら、
コース料理が1万円とあり、これを見たときはえらく不安になりましたが。
これは検討するまでも無くあっさり却下しましたが。

ホテルで夕食が出ないので、強羅まで食事をしにいこうと思ったのですが、
このあたりの終電は早く、代行のバスも7時台で終了しており、
急すぎるほどの坂を下っていかねばならず一苦労。
ケーブルカーもあんな短い距離ながらも、その利便性を痛いほど感じました。
結局は中華料理屋でささっと定食物をいただき、
再び急な坂を必死で登って帰宿。
しっかりと温泉につかって疲れを癒し、夜は4人で粛々と酒盛りをして就寝。
温泉と酒と歓談。いい夜でございます。
卒業旅行というより慰安旅行というようなムードではありますが。

恐懼再拝。
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仕事後はデリバリーカレー

2006年03月06日 | 日記とか
バイト終了後、先輩のK氏の発案により夕食を店にデリバリーしてもらうことに。
普段はバイトが終わった後に自宅に帰って何か作ったり、
はたまた何かを食べて帰るのが常になっていますが、
私が明日から軽く旅行に出かけることになっていたので、
どうせならということで営業時間終了を見計らって近所の高名なカレー屋から、
働いていたスタッフ三人分のカレーを注文することになりました。
この先輩K氏は最近カレーにはまっておられるようで、
毎日毎食のようにカレーを食べ歩いておられるんだとか。
いやー、いかにカレーが国民食とはいえ、よく飽きないものだと感心します。

これで思い出すのは、高校時代の野球部の僚友でカレーが大好きな人物のこと。
高校では基本的にみんな自宅から弁当を持ってきて食べているのですが、
弁当を持ってこない人向けに購買があって、そこでカレーを販売してるんです。
高校時代の僚友は弁当を持参しない家庭の方だったので、
毎日の昼食はその購買でお世話になっていたのですが、
その時の食事というのがほぼ毎日カレーライスでした。
そんな彼はかなりのものぐさ君で、歯を磨くということをあまりせず、
にも関わらず毎日色素の濃いカレーを食べつづけたので、
歯が見る見るうちに黄色へと変色していき、
しまいには黄色を通り越して歯が緑色になってしまったという伝説があります。
さすがにこれじゃまずいと思ったのか、歯医者に行って歯を綺麗にしたものの、
ものぐさは相変らずで、カレーは食べるものの歯は一向に磨こうとせず、
歯が白かったのも束の間、またもや黄色へと変色していました。
カレー好きという人間というとどうしてもこの記憶がよみがえってしまうのです。

余談はこのぐらいにして、閉店後しばらくしてカレー屋さんが到着。
開口一番「最近カレーにハマってるんですか?」と聞くカレー屋店員。
先輩の話によると、実はここ最近で2度もここにデリバリーをお願いしてるんだとか。
そりゃカレー屋の配達の兄ちゃんにも覚えられるわって話で。
そこまで先輩を虜にしてしまうカレーの魔力は恐ろしいものです。
ま、確かにそのカレーはなかなかのものでした。
別にオプションでつけたキャベツサラダもなかなか美味。
それでも毎日食べたらさすがに飽きるんじゃねぇかって感じですよ。
新宿近辺でカレーのデリバリーならもうやんカレーへどうぞ。

恐懼再拝。
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猶予期間の一日

2006年03月05日 | 日記とか
バイト終了後に船橋氏とともに地元・平井で飲み。
一応は私の就職が決定したことへの祝福という名目でしょうか。
知り合いが教員になるという想像をしただけでも面白い、
と彼の口から幾度となく発せられたのが印象的ではありましたが、
とにもかくにも友人たちのほとんどが新しい世界へと入っていくわけですな。
実際のところ、私はつい2週間ぐらい前までフリーターでいる気満々だったので、
就活をしていた人に比べればそういった意識は希薄でしたが、
いざこうやって対談するとますます考えさせられます。

船橋氏とは大学の始め頃から定期的かつ頻繁に杯を交わしてきましたが、
おそらく4月からはそうもいかなくなることでしょう。
彼の場合はテレビ製作会社勤務で、最初の数年はADとして休む間もなく働くそうな。
まだ定期的に休みがもらえるであろう私に比べたらはるかに激務。
こうしてゆっくりと飲む時間もおそらくあと数回とないでしょう。

そんなことを噛み締めつつ、淡々と酒を飲み進め、
お互いの就職先のことや、教育論、現代メディア論、
就職後にどこに住むのがいいかといった話に始まり、
都内の交通事情に関する話、東武線のダイヤ改正について、
高校時代の卒業旅行の思い出などなど談義に花が咲きました。

残された猶予期間を如何に過ごすか。
そして無事に単位が修得できていて無事に免許状を取得できるのか。
そんなことを考えつつ時間は着実に春に向けて進んでおります。

恐懼再拝。
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無駄に恐縮する昼食

2006年03月04日 | 恐懼とか
バイト前に新宿のカレー屋さんで昼食。
この辺ではそこそこの人気店で、昼時は客が絶えることのないこのお店。
値段の割には味もそこそこよく、ボリュームもあるので重宝していますが、
この日のカウンターの中には「研修中」との名札を掲げた新人さんが1名。
この方が主に客からのオーダーを取っていたのですが、
やはり簡単と思われる注文の受け方にもコツがあるようで、
それがうまく出来ずにあたふたとしておりました。
いやー、大変そうだなぁなどと思って見ていたのですが、
どうもミスオーダーをかなり連発しているようで、
「カツカレーお待たせしました!」『俺、チキンカツなんだけど』
なんていうやり取りを三度ぐらいは目撃いたしました。
おかげで、そこまでの混雑具合でもないのに行列になってしまいました。

私は比較的スピードメニューであると思われるチーズカレーを注文したのですが、
それすらもなかなか出てこない有様でした。
カツカレーなんかの揚げ物が乗るものに比べたら、
普通にカレーをよそってチーズ乗っけるだけなのになぁと思いつつ。
とはいえ、そこはスピードメニューはスピードメニュー。
隣にいる私より前から座っていたお客さんより先に出てくることになります。
隣に座ってる人は私のほうが先に出てきたのを見て明らかに不満げ。
いやー、そんな視線送られても私は悪くないっての、などと思いつつも、
恐縮して隣の人の視線に堪えながら一足先にいただくことに。
自分は悪くないのに恐縮しながら食べなきゃならないってんだから意味不明ですが。

ちなみに私がいただいたこのチーズカレー。
「ルーとトロトロのチーズのハーモニー」なんてキャッチコピーでしたが、
カレーの上に乗っていたチーズは明らかに冷蔵庫から出したばかりの、
冷え切ったトッピングチーズ以外の何物でもなく、
「トロトロ」とはかけ離れたものでありました。
混乱したカレー屋の様子が手にとるようにわかる駄作。
これでカツカレーと同額だって言うのだから納得いきません。
しばらくこの店は昼食ローテーションから除外だな。

恐懼再拝。
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一ヵ月後からの羅針盤

2006年03月03日 | 恐懼とか
なんにしても待つ身というのはつらいもの。
特に何かしらの結果を待つというのはなおさらであります。
月曜日に受けた都内某私立高校の採用結果が今週中に出る、
ということで、普通に考えたら金曜日である今日までに可否が出るはずなんです。
昨日あたりから今か今かと電話を待っておりました。
んでもって今日のバイト中。
一度目の休憩(午後5時)の時には携帯電話には連絡なし。
もし実家のほうに連絡が行ってもそちらから電話が来るはずなので、
こちらからの連絡も待っていたのですが、一向に連絡なし。
そして二度目の休憩(午後7時)の時に携帯の画面を見ると、「不在着信」の画面。
ん、これはひょっとすると、と思ってみてみると実家からの電話の形跡。

ドキドキしつつ実家に電話をしてみると、高校から速達の封書が送られてきたそうで。
そうか、電話連絡だとばかり思っていたのですが封書とは思いもよらなかった。
電話口に出た妹にお願いしてその場で封書を開けてもらい、内容を読んでもらいます。
その口から伝えられた文書の内容は、「内定通知書」でありました。
もう一人の候補者がいたのでどうなることかと思いましたが、
どうやらその選考の結果、私が選ばれたということです。
正直、事態が飲み込めずに休憩中の事務所であたふた。
新発売のサンドイッチを試食していたにも関わらず、全く味がわかりませんでした。
わずか一週間前の電話によってここまで運命が変ってしまうことになるとは。
事態を飲み込めず、実感が湧かないというのはこういうことなのでしょう。

しかし、つい先日まで暢気に学生をしていた私を採用しようというのですから、
こいかほさんの言葉を借りるなら、「これほどの博打はない」と思います。
模擬授業も穴だらけで、面接でも答えに窮するような私ですからね。
とはいえ、そんな私を採用してくれた学校側の期待に応えたい、
という気持ちは十二分にあります。
前にも述べましたが、実力が足りないことは痛いほど自覚しており、
今後は勉強の毎日が続くことになるかもしれません。
1か月後からは希望よりも不安のほうが多い生活が始まるでしょうが、
しっかりと頑張っていきたいと思うわけであります。

しかし、本当にこの話は急なものでありまして、
バイト先にはまだ辞意を伝えていないのです。
本来ならば前もって2ヶ月ぐらい前までに伝えるのが筋なのでしょうが、
今回はあまりにも急な話であったために大変なことになりそうです。
自分自身としては望んでいた教職に就けるのだから嬉しさこの上ないのですが、
やはりバイト先で残された人のことを考えてしまいます。
これを読んでいる皆様はたかがバイト、とお思いかもしれませんが、
私にとっては学生生活とイコールになるような、本当にいい職場で、
だからこそ4年間も続けられてきたわけなんです。
もっと前もって辞めることがわかっていれば割り切れるのですが、
さすがに残り1ヵ月をきってしまった今になって・・・という感じではあります。
そんな中で明日、辞意を伝えるのは誠に恐懼に堪えざる思いであります。
これで受理されなかったら笑うしかありませんが。

恐懼再拝。
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立つ鳥跡を濁さず

2006年03月02日 | 恐懼とか
昨日の話ですが、とりあえず。
既に引退しているものの、かつて幹事長を務めた某サークルの追いコン。
追い出されるのは私を含め3人でございます。
下級生諸氏にはいろいろと企画などを催していただきまして、
いい気分のまま卒業していくことが出来そうですよ。
私に絵を書かせるという無謀なことをさせた以外は。
この場を借りて厚く御礼申し上げます。
というわけで今日は追いコンの様子を徒然に箇条書きにしてお送りします。
内輪ネタでスマソ。

・飲み会だけきて一言も挨拶の無い下級生連中が多数
・東京メトロ仕様リカちゃん人形をゲット
・中身の見える300万円溜まる貯金箱
・一番実用的なのは名刺入れ
・やたらとアタックかけてくる後輩
・首筋に疑惑の跡
・なぜかザンギリメガネ君がいない
・それは下ネタとはいえないと思うが
・ビールdeわんこそば
・実は稲田堤と京王稲田堤は結構距離がある
・「ニート」って言うな!
・またまた変な生き物
・横浜市営地下鉄はほとんどわかりません
・ラッシュって脱法ドラッグだと思ってた
・シャネルかと思ったらヴィトン
・なんでスーツじゃないの?

んー、我ながらよくわかりません。
4年間本当にありがとうございました。

恐懼再拝。
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